人間にとって最終的な到達点は死である。到達点と言っても死は生に連続しているものではなく、生と死の間には大きな断絶があるように思う。
人は死んだらどうなるのか、どこに行くかはおそらくは原始時代からの人間の大きな疑問だったのだろう。そのことを扱わない宗教はおそらくないのではないか。宗教ではなくても、あの世や死後のことに関する議論も盛んなようだ。霊界とか何とかは私の理解を超えるもので、あたかも見てきたように詳しく語られるほど興味は失せる。あの世のことや生まれ変わりのことなどは、結局は今認識できている自分の生が終わり、未知の死を迎えることへの恐怖を、それをを考えることで避けようとしているのかも知れない。
私はあの世の存在も前世も信じていない。人は無から生まれてきて無へ帰るとずっと考えてきた。もっとも生まれる前の無は完全な無ではなく、代々伝えられてきたいのちの連続の結果だが、それでも私という個を考えれば、それは存在しなかったことは確かだ。だが若い頃は、無に帰るということが怖かった。やはり生への執着が強かったのだろう、それが今頃では、達観とまでは行かないが、死というもの、それほど遠くではない最終の無というものを受け入れる気持ちになってきた。もちろん犯罪など暴力的なものはお断りだが、そうでなくてたとえ重い病であっても、死を告げられたら受け入れる心の用意は次第にできてきている。
高校2年生のときに、少し心の病を経験した。当時は神経衰弱と言ったが、今で言う神経症だろう。母の弟が京都大学の医学部にいたので、その紹介で母と大学病院に行った。その頃は神経科などと言うものはなく、連れて行かれたのは精神科で、診察室の窓には鉄格子があったし、診察してくれた先生もなんとなく変わり者という印象で、そこに座って問診を受けるときは落ち着かなかった。どういう診察結果になったのかは知らないが、どうやら頭に電気をかけるらしいことが分かった。私は電気が苦手だから渋ると、では注射しましょうと若い医師が優しそうに言った。注射ならいいと思って承諾したのだが、実は麻酔薬を注射して眠らせてから脳に電気ショックを与えるのだということが後で分かった。
ベッドに仰向けになると、看護師が腕の静脈に注射針を刺した。すると鼻からエーテルの臭いがすると体が冷たくなった感じがして、私の名前を呼ぶ看護師の声が聞こえなくなり、ザーッという耳鳴りがしたかと思うと、それっきり暗黒の中に落ち込んだ。どれくらい時間がたったのかは分からないが突然意識が戻ると別の部屋にいて、ベッドのそばには母が座っていたので呼びかけたが舌がもつれていた。その後も2、3回このような処置をしたが、あの暗黒の中に沈み込んでいくことがどうにも恐ろしくてたまらず、母に頼んで行くことを止めにしてもらった。今から思うと、たかが軽い神経症なのに精神病の患者にするような処置をするのは乱暴だと思うが、それは当時普通のことだったのだろう。患者の中には電気をかけると気分が良くなると言って、麻酔もしないで処置をしてもらう人もあると聞いた。
思うに、あの暗黒の中に落ち込むことが死のようなものなのだろう。もちろん意識がないだけのことなのだが、まったくの空白、無の状態だった。医学的な処置だから後で覚醒するが、死とはあのような自覚されない暗黒状態が永遠に続くことなのだろう。あの時は覚醒した後で思い出すことのできない空白の状態だから、それが怖かったが、死んでしまえば振り返ることはできないのだから怖いこともない。無理に自分が消滅すると考えないで、夢も見ない永遠の眠りだと思うのも悪くはないのではないか。臨死体験と言って死んでから、美しいものもあるらしいいくつかの段階を体験したと、「死後生き返った」人から聴き取りをした記録があるが、それは本当の死ではなく、まだ活動を続けていた脳が生み出した幻覚のようなものではないか。それでも本当に死に入る前に、そのような美しいものもある幻覚を見ることができるならば、麻酔薬を打たれて暗黒の中に沈む無機的な瞬間よりもはるかに良いと期待したい気もする。
人は死んだらどうなるのか、どこに行くかはおそらくは原始時代からの人間の大きな疑問だったのだろう。そのことを扱わない宗教はおそらくないのではないか。宗教ではなくても、あの世や死後のことに関する議論も盛んなようだ。霊界とか何とかは私の理解を超えるもので、あたかも見てきたように詳しく語られるほど興味は失せる。あの世のことや生まれ変わりのことなどは、結局は今認識できている自分の生が終わり、未知の死を迎えることへの恐怖を、それをを考えることで避けようとしているのかも知れない。
私はあの世の存在も前世も信じていない。人は無から生まれてきて無へ帰るとずっと考えてきた。もっとも生まれる前の無は完全な無ではなく、代々伝えられてきたいのちの連続の結果だが、それでも私という個を考えれば、それは存在しなかったことは確かだ。だが若い頃は、無に帰るということが怖かった。やはり生への執着が強かったのだろう、それが今頃では、達観とまでは行かないが、死というもの、それほど遠くではない最終の無というものを受け入れる気持ちになってきた。もちろん犯罪など暴力的なものはお断りだが、そうでなくてたとえ重い病であっても、死を告げられたら受け入れる心の用意は次第にできてきている。
高校2年生のときに、少し心の病を経験した。当時は神経衰弱と言ったが、今で言う神経症だろう。母の弟が京都大学の医学部にいたので、その紹介で母と大学病院に行った。その頃は神経科などと言うものはなく、連れて行かれたのは精神科で、診察室の窓には鉄格子があったし、診察してくれた先生もなんとなく変わり者という印象で、そこに座って問診を受けるときは落ち着かなかった。どういう診察結果になったのかは知らないが、どうやら頭に電気をかけるらしいことが分かった。私は電気が苦手だから渋ると、では注射しましょうと若い医師が優しそうに言った。注射ならいいと思って承諾したのだが、実は麻酔薬を注射して眠らせてから脳に電気ショックを与えるのだということが後で分かった。
ベッドに仰向けになると、看護師が腕の静脈に注射針を刺した。すると鼻からエーテルの臭いがすると体が冷たくなった感じがして、私の名前を呼ぶ看護師の声が聞こえなくなり、ザーッという耳鳴りがしたかと思うと、それっきり暗黒の中に落ち込んだ。どれくらい時間がたったのかは分からないが突然意識が戻ると別の部屋にいて、ベッドのそばには母が座っていたので呼びかけたが舌がもつれていた。その後も2、3回このような処置をしたが、あの暗黒の中に沈み込んでいくことがどうにも恐ろしくてたまらず、母に頼んで行くことを止めにしてもらった。今から思うと、たかが軽い神経症なのに精神病の患者にするような処置をするのは乱暴だと思うが、それは当時普通のことだったのだろう。患者の中には電気をかけると気分が良くなると言って、麻酔もしないで処置をしてもらう人もあると聞いた。
思うに、あの暗黒の中に落ち込むことが死のようなものなのだろう。もちろん意識がないだけのことなのだが、まったくの空白、無の状態だった。医学的な処置だから後で覚醒するが、死とはあのような自覚されない暗黒状態が永遠に続くことなのだろう。あの時は覚醒した後で思い出すことのできない空白の状態だから、それが怖かったが、死んでしまえば振り返ることはできないのだから怖いこともない。無理に自分が消滅すると考えないで、夢も見ない永遠の眠りだと思うのも悪くはないのではないか。臨死体験と言って死んでから、美しいものもあるらしいいくつかの段階を体験したと、「死後生き返った」人から聴き取りをした記録があるが、それは本当の死ではなく、まだ活動を続けていた脳が生み出した幻覚のようなものではないか。それでも本当に死に入る前に、そのような美しいものもある幻覚を見ることができるならば、麻酔薬を打たれて暗黒の中に沈む無機的な瞬間よりもはるかに良いと期待したい気もする。