自民党の総務会長が、大分市での党県連の講演で、「学校の先生で、うつ病で休業している人が多い。国会議員では1人もいませんよ。気が弱かったら勤まりませんから」と発言したそうだ。「知識と知恵が両方ないと、苦しい時に我慢できない。ばたっと突き当たるともう駄目になっちゃう」と言って、うつ病発言を続けたようだ。
教師の状況についても、うつ病についても無理解な粗雑な発言だ。知識と知恵の両方がなく、気の弱い教師はうつ病になるとでも言うのか。近頃なぜ教師のうつ病が増加しているのか、その原因を分析した上での発言か。気が弱いことがうつ病の原因とでも言いたいのか。それが当人にとってはどれほど辛い状態なのかを想像もできないようだ。国会議員には1人もいないと言うが、議員は強い意思を持った優れた資質の人間とでも言いたいのかも知れないが、重要な国際会議の後での記者会見で、泥酔状態と見まがうような醜態を晒しても、なお議員職を辞そうともしない厚顔無恥なのがタフとでも言うのだろうか。また行き詰って総理の席を突然投げ出すような行為はどう説明できるのか。なるほど議員はうつ病とは無関係のはずだと言いたくなる。
この御仁には失言癖があると言うか、軽率と言うか、これまでにも何度も問題発言をして話題になり、批判もされてきた。昨年9月には米下院の緊急経済安定化法案否決に関して、「下院議長は女性で、男性とはリードがひと味違う感じがする。それで破裂した」と言って、あたかも女性議長だったことが否決の一因との認識を強調し、女性蔑視ではないかと批判された。また、3月には「国会議員もどんどん女性が出て来ると、いいんだけどね。やっぱり、ちょっとあまり上品ではないと思います」。自分も含めて男の議員は上品なのか。あの議場での騒がしい野次は何か。昨年12月には自民党島根県連パーティーで、「小渕優子大臣は少子化担当大臣。なぜなれたか。子供を産んだからだ」と発言し、さらに「人口というのは努力しなきゃ増えない。近ごろの若い人はどうも努力が足らん。辛抱が足らない」とも言ったが、よく分からない発言だ。
2月には自民党参院議員のパーティーの席上で「森内閣で閣僚に任命されて嬉しかったが、運悪く潜水艦が日本の生徒を乗せた船の上にドーンと上がって、やむなく沈没しました」と発言した。森内閣の退陣を、宇和島水産高校生ら9人が犠牲になった米原潜による実習船えひめ丸の事故に例えたとも受け取れる発言と言われている。昨年の2月には海上自衛隊のイージス艦衝突事故で行方不明中となった漁船乗組員2人の捜索が行われている最中に、「残念ながら、もう恐らく生存している可能性はありません。なぜないかと言えば、救命胴衣を着けていないから」と、家族の心情を逆なでするような発言もあった。
政治家の言葉の軽さは今に始まったことではなく、とりわけ古手の政治家で、党内でそれなりの地位にある者の中には、えてして言葉が軽い者があるようだ。同じ党の議員達の集まりとか、県連の会合とか、後援会の場とかの、いわば身内だけの場では気が緩むのか、とくに迂闊なこと、それも口からでまかせの、自らの無知をさらけ出すようなことを言う。どうも若いうちからちやほやされて自大になるのではないか。
どのような場であれ政治家であるならば、発言には十二分に配慮し、質の高いスピーチをするように心がけるべきだ。しかし今時の多くの政治家に、本来の政治家としてあるべき資質や品格を求めるのは、しょせん無い物ねだりかも知れない。
教師の状況についても、うつ病についても無理解な粗雑な発言だ。知識と知恵の両方がなく、気の弱い教師はうつ病になるとでも言うのか。近頃なぜ教師のうつ病が増加しているのか、その原因を分析した上での発言か。気が弱いことがうつ病の原因とでも言いたいのか。それが当人にとってはどれほど辛い状態なのかを想像もできないようだ。国会議員には1人もいないと言うが、議員は強い意思を持った優れた資質の人間とでも言いたいのかも知れないが、重要な国際会議の後での記者会見で、泥酔状態と見まがうような醜態を晒しても、なお議員職を辞そうともしない厚顔無恥なのがタフとでも言うのだろうか。また行き詰って総理の席を突然投げ出すような行為はどう説明できるのか。なるほど議員はうつ病とは無関係のはずだと言いたくなる。
この御仁には失言癖があると言うか、軽率と言うか、これまでにも何度も問題発言をして話題になり、批判もされてきた。昨年9月には米下院の緊急経済安定化法案否決に関して、「下院議長は女性で、男性とはリードがひと味違う感じがする。それで破裂した」と言って、あたかも女性議長だったことが否決の一因との認識を強調し、女性蔑視ではないかと批判された。また、3月には「国会議員もどんどん女性が出て来ると、いいんだけどね。やっぱり、ちょっとあまり上品ではないと思います」。自分も含めて男の議員は上品なのか。あの議場での騒がしい野次は何か。昨年12月には自民党島根県連パーティーで、「小渕優子大臣は少子化担当大臣。なぜなれたか。子供を産んだからだ」と発言し、さらに「人口というのは努力しなきゃ増えない。近ごろの若い人はどうも努力が足らん。辛抱が足らない」とも言ったが、よく分からない発言だ。
2月には自民党参院議員のパーティーの席上で「森内閣で閣僚に任命されて嬉しかったが、運悪く潜水艦が日本の生徒を乗せた船の上にドーンと上がって、やむなく沈没しました」と発言した。森内閣の退陣を、宇和島水産高校生ら9人が犠牲になった米原潜による実習船えひめ丸の事故に例えたとも受け取れる発言と言われている。昨年の2月には海上自衛隊のイージス艦衝突事故で行方不明中となった漁船乗組員2人の捜索が行われている最中に、「残念ながら、もう恐らく生存している可能性はありません。なぜないかと言えば、救命胴衣を着けていないから」と、家族の心情を逆なでするような発言もあった。
政治家の言葉の軽さは今に始まったことではなく、とりわけ古手の政治家で、党内でそれなりの地位にある者の中には、えてして言葉が軽い者があるようだ。同じ党の議員達の集まりとか、県連の会合とか、後援会の場とかの、いわば身内だけの場では気が緩むのか、とくに迂闊なこと、それも口からでまかせの、自らの無知をさらけ出すようなことを言う。どうも若いうちからちやほやされて自大になるのではないか。
どのような場であれ政治家であるならば、発言には十二分に配慮し、質の高いスピーチをするように心がけるべきだ。しかし今時の多くの政治家に、本来の政治家としてあるべき資質や品格を求めるのは、しょせん無い物ねだりかも知れない。