前に次男に電話して近況を聞いたことがある。その中でこの春に大学に入った孫息子のことを尋ねると、まあ大学にはちゃんと行っているけれど、今日は言いつけた用事をしてなかったので叱ったと言った。洗濯物をたたんでおくように言いつけたのにしておらず、結局は自分がしたようだが、あいつの分はたたんでやらなかったと笑っていた。叱ったら神妙にしていたかと聞くと、何やら偉そうなことを言っていたとまた笑った。それでも家のことをさせるのはいいことだと言ったら、だいたい教師になりたいと思っているのだから、集団に奉仕することを知っておくべきだと言う。孫は小学校の教師志望で教育学部に行っている。家族も社会集団の最小の単位だからもっともだと思った。
小学校の教師をしている次男は結婚当初から共働きで、家事は分担していた。分担と言っても何曜日はどちらがするというような機械的なものではなく、どちらかが出張や会合などで遅くなる時は一方が夕食の支度をする、子どもがむずかったら手が空いている方がオムツを換えてやる、洗濯物の始末をするというような臨機応変のやり方でうまくチームワークをしていた。共働きの場合は夫が家事で妻を助けるということではなく、一緒にやることだというのが持論だったし、職場でもお茶を入れるのは女性という考え方を嫌っていた。教師には共働きが少なくないが、職場では「民主的」なことを言っていても、家では家事一切を妻に任せている、と言うよりも押し付けているのはおかしいとかねがね言っていた。その点では息子を子どもの頃から殊更にしつけたわけではないが、よくやっていると評価している。
教師をしているから、集団に奉仕するということが大切だと日頃感じているのだろうが、息子にそれを実践で教えようとしていることは良いことだと思う。
小学校の教師をしている次男は結婚当初から共働きで、家事は分担していた。分担と言っても何曜日はどちらがするというような機械的なものではなく、どちらかが出張や会合などで遅くなる時は一方が夕食の支度をする、子どもがむずかったら手が空いている方がオムツを換えてやる、洗濯物の始末をするというような臨機応変のやり方でうまくチームワークをしていた。共働きの場合は夫が家事で妻を助けるということではなく、一緒にやることだというのが持論だったし、職場でもお茶を入れるのは女性という考え方を嫌っていた。教師には共働きが少なくないが、職場では「民主的」なことを言っていても、家では家事一切を妻に任せている、と言うよりも押し付けているのはおかしいとかねがね言っていた。その点では息子を子どもの頃から殊更にしつけたわけではないが、よくやっていると評価している。
教師をしているから、集団に奉仕するということが大切だと日頃感じているのだろうが、息子にそれを実践で教えようとしていることは良いことだと思う。