平成26(受)1434 損害賠償請求事件
平成28年3月1日 最高裁判所第三小法廷 判決 その他 名古屋高等裁判所
線路に立ち入り列車と衝突して鉄道会社に損害を与えた認知症の者の妻と長男の民法714条1項に基づく損害賠償責任が否定された事例
この判決はマスコミによって、かなり歪められて伝わっている傾向があるように見えますので、しつこいくらいに追ってみます。
日経新聞の報道では以下のように概略を説明しています。
愛知県で2007年、徘徊(はいかい)中に電車にはねられ死亡した認知症患者の男性(当時91)の家族にJR東海が損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は10日、当事者双方の意見を聞く弁論を来年2月2日に開くと決めた。認知症患者の家族の監督責任について、最高裁が年度内にも初めての判断を示すとみられる。
上告審では(1)家族に監督責任があるか(2)監督責任がある場合に責任が免除されるケースに当たるか――が争点。一、二審判決は家族の監督責任を認めて賠償を命じた。認知症患者の急増が見込まれる中、判決は介護現場に大きな影響を与える可能性がある。
得てしてTVでの報道を見ると、痴呆老人の徘徊で踏切事故があっ手も、その介護をしている家族には賠償責任はないとも取れるような報道でした。そこまでは踏み込んで表現はしていなくても、日経新聞は慌て者が読むとそう解釈できなくもない文章ですし、民放各社の報道も似たり寄ったりでした。
こういう報道を見ると、重要なものほど一次資料を必ず当たらないと明日込なんぞはあてにならないなと思います。
この点、産経新聞の報道では、かなり丁寧に誤解のないように報道しています。
裁判所の事実認定は次の通りです。
1)踏切事故を起こしたのは91歳で痴呆症を患っている人である。
2)鉄道会社の所有する踏切に入り込んで、死亡事故をおこした。
3)この事故が原因で、鉄道会社は損害を被った。
4)介護者は要介護1の妻と遠距離で別居中の息子である。
法的には残酷ですが、民法714条1項により行為無能力者(重度の精神病患者、未成年者)は多くの場合は、その家族は責任を負うことになります。民法752条では、夫婦は相互扶助の義務を負います。要するに、片方が呆けたらもう片方がしっかり面倒見てやりなさいと言うことでしょう。
しかし裁判官は、この相互扶助の義務があるからと言って第三者に損害賠償をしなければならない理由にはならないと述べています。民法761条では、あくまでも法律行為で家事に係るものであれば連帯責任となっているようです。
従って、保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない、としています。
続いて、扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとして、「精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。」としています。
ここまで来ると、同居の家族であろうが痴呆老人の不法行為については配偶者であろうが責任を取らないでよろしいとも読めます。
しかし次に大どんでん返しが来ます。
法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである(最高裁昭和56年(オ)第1154号同58年2月24日第一小法廷判決・裁判集民事138号217頁参照)。
何だかよく分かりませんね、公序良俗ってことでしょうか?
でこの事件の詳細に入ります。
嫁さんは要介護1で足腰が弱く、何かあっても直ぐには夫の徘徊を止めに行けない状況であると認定して、「精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。」としました。息子は月に3回様子を見に実家に帰っていたので、同居の家族に該当しないとしています。
週6回のデイサービスと見守り付き添いを妻がしていたので、それまでの行為は充分管理していたと評価しています。
要するに、妻は実質体力的に監護できる状態ではなかった、民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったとき」に該当し,その責任を負わないものである。
精神上の障害による責任無能力者について監督義務が法定されていたものとしては,平成11年法律第65号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止監督義務が定められていた保護者や,平成11年法律第149号による改正前の民法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人があります。統合失調や双極性障害の場合、何かやらかした場合は家族が賠償しなければならないのです。
この点大谷裁判官は、付帯意見を述べています。先の論拠で賠償しなくてよいとすると、被害者救済がままならなくなる。特に成人後見人制度を入れた場合、そのまま成人後見人が全ての責任を追わなければならなくなるので、身上監護事務と財産管理事務を分けるようにすべきだと主張します。
その上で
民法714条が,損害賠償の面で,精神上の障害による責任無能力者の保護と,責任無能力者の加害行為による被害者の救済との調整を図る規定であることは,上記2のとおりである。高齢者の認知症による責任無能力者の場合については,対被害者との関係でも,損害賠償義務を負う責任主体はなるべく一義的,客観的に決められてしかるべきであり,一方,その責任の範囲については,責任者が法の要請する責任無能力者の意思を尊重し,かつその心身の状態及び生活の状況に配慮した注意義務をもってその責任を果たしていれば,免責の範囲を拡げて適用されてしかるべきであって,そのことを社会も受け入れることによって,調整が図られるべきものと考える。
ということで結論としては、妻と息子に賠償を負わせるのは酷であるとする判断で一致ですが、そこに至るプロセスは若干違うようです。
今回の裁判官
第三小法廷
裁判長裁判官 岡部喜代子
裁判官 大谷剛彦
裁判官 大橋正春
裁判官 木内道祥
裁判官 山崎敏充
マスコミは、巨大資本を持つ鉄道会社とかわいそうな老人という対立構造を作り上げ、弱い者いじめをするなと言わんばかりの論調が多いようです。しかし、今度は自分が被害者になったことを考えてみてはどうでしょうか。
良くある事件ですが、免許を返納した痴呆老人が自分は若いつもりで車を勝手に運転し、自分の子供をひき殺してしまったと仮定します。痴呆老人の妻は寝たきりとまではいかなくても、足腰が弱く止めるのが難しい状態である。息子娘は遠いところに住んで週に1回だけ様子を見に来る。
この状態で見れは、痴呆老人は心神耗弱で刑事罰なしになった上に、民事でも賠償金(自賠責ぐらい)は事実上無いようなものです。これに納得できますか?
とくに精神障害者の不法行為は体力があるだけに深刻になるでしょう。
私なら、妻からの賠償金は無理としても、息子には賠償金を払わせるべきではないのかなという気がします。
これから痴呆老人が増えますし、精神障害の社会参加を推し進めるならば、場合によっては徘徊癖のある痴呆老人は強制的に介護施設に入れる制度などこの辺りの法整備を直ちにやるべきです。
平成28年3月1日 最高裁判所第三小法廷 判決 その他 名古屋高等裁判所
線路に立ち入り列車と衝突して鉄道会社に損害を与えた認知症の者の妻と長男の民法714条1項に基づく損害賠償責任が否定された事例
この判決はマスコミによって、かなり歪められて伝わっている傾向があるように見えますので、しつこいくらいに追ってみます。
日経新聞の報道では以下のように概略を説明しています。
愛知県で2007年、徘徊(はいかい)中に電車にはねられ死亡した認知症患者の男性(当時91)の家族にJR東海が損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は10日、当事者双方の意見を聞く弁論を来年2月2日に開くと決めた。認知症患者の家族の監督責任について、最高裁が年度内にも初めての判断を示すとみられる。
上告審では(1)家族に監督責任があるか(2)監督責任がある場合に責任が免除されるケースに当たるか――が争点。一、二審判決は家族の監督責任を認めて賠償を命じた。認知症患者の急増が見込まれる中、判決は介護現場に大きな影響を与える可能性がある。
得てしてTVでの報道を見ると、痴呆老人の徘徊で踏切事故があっ手も、その介護をしている家族には賠償責任はないとも取れるような報道でした。そこまでは踏み込んで表現はしていなくても、日経新聞は慌て者が読むとそう解釈できなくもない文章ですし、民放各社の報道も似たり寄ったりでした。
こういう報道を見ると、重要なものほど一次資料を必ず当たらないと明日込なんぞはあてにならないなと思います。
この点、産経新聞の報道では、かなり丁寧に誤解のないように報道しています。
裁判所の事実認定は次の通りです。
1)踏切事故を起こしたのは91歳で痴呆症を患っている人である。
2)鉄道会社の所有する踏切に入り込んで、死亡事故をおこした。
3)この事故が原因で、鉄道会社は損害を被った。
4)介護者は要介護1の妻と遠距離で別居中の息子である。
法的には残酷ですが、民法714条1項により行為無能力者(重度の精神病患者、未成年者)は多くの場合は、その家族は責任を負うことになります。民法752条では、夫婦は相互扶助の義務を負います。要するに、片方が呆けたらもう片方がしっかり面倒見てやりなさいと言うことでしょう。
しかし裁判官は、この相互扶助の義務があるからと言って第三者に損害賠償をしなければならない理由にはならないと述べています。民法761条では、あくまでも法律行為で家事に係るものであれば連帯責任となっているようです。
従って、保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない、としています。
続いて、扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとして、「精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。」としています。
ここまで来ると、同居の家族であろうが痴呆老人の不法行為については配偶者であろうが責任を取らないでよろしいとも読めます。
しかし次に大どんでん返しが来ます。
法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである(最高裁昭和56年(オ)第1154号同58年2月24日第一小法廷判決・裁判集民事138号217頁参照)。
何だかよく分かりませんね、公序良俗ってことでしょうか?
でこの事件の詳細に入ります。
嫁さんは要介護1で足腰が弱く、何かあっても直ぐには夫の徘徊を止めに行けない状況であると認定して、「精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。」としました。息子は月に3回様子を見に実家に帰っていたので、同居の家族に該当しないとしています。
週6回のデイサービスと見守り付き添いを妻がしていたので、それまでの行為は充分管理していたと評価しています。
要するに、妻は実質体力的に監護できる状態ではなかった、民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったとき」に該当し,その責任を負わないものである。
精神上の障害による責任無能力者について監督義務が法定されていたものとしては,平成11年法律第65号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止監督義務が定められていた保護者や,平成11年法律第149号による改正前の民法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人があります。統合失調や双極性障害の場合、何かやらかした場合は家族が賠償しなければならないのです。
この点大谷裁判官は、付帯意見を述べています。先の論拠で賠償しなくてよいとすると、被害者救済がままならなくなる。特に成人後見人制度を入れた場合、そのまま成人後見人が全ての責任を追わなければならなくなるので、身上監護事務と財産管理事務を分けるようにすべきだと主張します。
その上で
民法714条が,損害賠償の面で,精神上の障害による責任無能力者の保護と,責任無能力者の加害行為による被害者の救済との調整を図る規定であることは,上記2のとおりである。高齢者の認知症による責任無能力者の場合については,対被害者との関係でも,損害賠償義務を負う責任主体はなるべく一義的,客観的に決められてしかるべきであり,一方,その責任の範囲については,責任者が法の要請する責任無能力者の意思を尊重し,かつその心身の状態及び生活の状況に配慮した注意義務をもってその責任を果たしていれば,免責の範囲を拡げて適用されてしかるべきであって,そのことを社会も受け入れることによって,調整が図られるべきものと考える。
ということで結論としては、妻と息子に賠償を負わせるのは酷であるとする判断で一致ですが、そこに至るプロセスは若干違うようです。
今回の裁判官
第三小法廷
裁判長裁判官 岡部喜代子
裁判官 大谷剛彦
裁判官 大橋正春
裁判官 木内道祥
裁判官 山崎敏充
マスコミは、巨大資本を持つ鉄道会社とかわいそうな老人という対立構造を作り上げ、弱い者いじめをするなと言わんばかりの論調が多いようです。しかし、今度は自分が被害者になったことを考えてみてはどうでしょうか。
良くある事件ですが、免許を返納した痴呆老人が自分は若いつもりで車を勝手に運転し、自分の子供をひき殺してしまったと仮定します。痴呆老人の妻は寝たきりとまではいかなくても、足腰が弱く止めるのが難しい状態である。息子娘は遠いところに住んで週に1回だけ様子を見に来る。
この状態で見れは、痴呆老人は心神耗弱で刑事罰なしになった上に、民事でも賠償金(自賠責ぐらい)は事実上無いようなものです。これに納得できますか?
とくに精神障害者の不法行為は体力があるだけに深刻になるでしょう。
私なら、妻からの賠償金は無理としても、息子には賠償金を払わせるべきではないのかなという気がします。
これから痴呆老人が増えますし、精神障害の社会参加を推し進めるならば、場合によっては徘徊癖のある痴呆老人は強制的に介護施設に入れる制度などこの辺りの法整備を直ちにやるべきです。