平成26(あ)747 業務上過失致死傷被告事件
平成28年7月12日 最高裁判所第三小法廷 決定 棄却 大阪高等裁判所
花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について,警察署副署長に同署地域官との業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立しないとされた事例
westlawでしかまとめられていません。
(1) 平成13年7月21日午後7時45分頃から午後8時30分頃までの間、o海岸公園において、花火大会等が実施されたが、その際、最寄りのJR西日本a駅と同公園とを結ぶ本件歩道橋に多数の参集者が集中して過密な滞留状態となった上、花火大会終了後a駅から同公園へ向かう参集者と同公園からa駅へ向かう参集者が押し合ったことなどにより、強度の群衆圧力が生じ、同日午後8時48分ないし49分頃、同歩道橋上において、多数の参集者が折り重なって転倒し、その結果、11名が全身圧迫による呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡し、183名が傷害を負うという本件事故が発生した。
(2) 当時明石警察署署長であったAは、同警察署管轄区域内における警察の事務を処理し、所属の警察職員を指揮監督するものとされており、同警察署管内で行われる本件夏まつりにおける同警察署の警備計画の策定に関しても最終的な決定権限を有していた。
B地域官は、地域官として、明石警察署の雑踏警備を分掌事務とする係の責任者を務めていたところ、平成13年4月下旬頃、A署長に本件警備計画の策定の責任者となるよう指示され、これを受けて、明石市側との1回目及び2回目の検討会に出席し、配下警察官を指揮して本件警備計画を作成させるなどした。B地域官は、A署長の直接の指揮監督下にあり、本件警備計画についても具体的な指示を受けていた。
Xは、明石警察署副署長として、警察事務全般にわたりA署長を補佐するとともに、その命を受けて同警察署内を調整するため配下警察官を指揮監督する権限を有していた。Xは、本件警備計画の策定に当たっても、A署長の指示に基づき、B地域官の指揮下で本件警備計画を作成していた警察官に助言し、明石市側との3回目の検討会に出席するなどした。また、Xが同警察署の幹部連絡会において、本件警備計画の問題点を指摘し、A署長がこれに賛成したこともあった。
(3) 本件事故当日、A署長は、明石警察署内に設置された署警備本部の警備本部長として、雑踏対策に加え、暴走族対策、事件対策を含めた本件夏まつりの警備全般が適切に実施されるよう、現場に配置された各部隊を指揮監督し、警備実施を統括する権限及び義務を有していた。A署長は、本件事故当日のほとんどの場面において、自ら現場の警察官からの無線報告を聞き、指示命令を出していた。
Xは、本件事故当日、署警備本部の警備副本部長として、本件夏まつりの警備実施全般についてA署長を補佐し、情報を収集してA署長に提供するなどした上、不測の事態が発生した場合やこれが発生するおそれがあると判断した場合には、積極的にA署長に進言するなどして、A署長の指揮権を適正に行使させる義務を負っており、実際に、署警備本部内において、現場の警察官との電話等により情報を収集し、A署長に報告、進言するなどしていた。
なお、署警備本部にいたA署長やXが本件歩道橋付近に関する情報を収集するには、現場の警察官からの無線等による連絡や、テレビモニター(本件歩道橋から約200m離れたホテルの屋上に設置された監視カメラからの映像を映すもので、リモコン操作により本件歩道橋内の人の動き等をある程度認識することはできるもの)によるしかなかった。
一方、B地域官は、本件事故当日、o海岸公園の現場に設けられた現地警備本部の指揮官として、雑踏警戒班指揮官ら配下警察官を指揮し、参集者の安全を確保すべき業務に従事しており、現場の警察官に会って直接報告を受け、また、明石市が契約した警備会社の警備員の統括責任者らと連携して情報収集することができ、現場付近に配置された機動隊の出動についても、自己の判断で、A署長を介する方法又は緊急を要する場合は自ら直接要請する方法により実現できる立場にあった。
この事件は、テレビで何度か検証された 有名な事件でした。当時の検察は不起訴としたため、強制起訴しました。
歩道橋での事故は予見できたかとなると、予見しているから警察が出動しているのですよね。
検察官の職務を行う指定弁護士は,被告人とB地域官は刑訴法254 条2項にいう「共犯」に該当し,被告人に対する関係でも公訴時効が停止している と主張しました。
そこで、被告人とB地域官が刑訴法254条2項にいう「共犯」に該当す るというためには,被告人とB地域官に業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立する 必要があると最高裁は判断しました。
共同正犯とは、構成要件段階における共同正犯の成立には、各人の構成要件的故意または構成要件的過失と「共同して犯罪を実行した」ことが必要である。 「共同して犯罪を実行」とは、共同実行の意思(意思の連絡)及び共同実行の事実があることを意味するとされる(さらに、結果犯では結果と因果関係が、身分犯の共同正犯については身分者が1人以上いることが必要である。)。共同正犯の成立要件は次のようになります。
第60条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
共同実行の事実の具体的意味内容(何を共同するか:共同の対象)については、特に共謀共同正犯の成否と関連して議論がある。刑法の自由主義的見地(罪刑法定主義・謙抑主義)を重視する立場からは、60条の意味を限定的に解し、実行行為を共同することが必要とする(実行行為の共同が必要とする部分的犯罪共同説:共謀共同正犯否定)が、刑法の法益保護機能(処罰の必要性)を重視する立場からは、60条の意味を広く解し、犯罪実現に向けての行為を共同することとし、少なくとも一部の者による実行行為は必要であるが、実行行為の共同は必要ではないとする。(構成要件行為の共同が必要とする部分的犯罪共同説あるいは行為共同説:共謀共同正犯肯定) これは結局、自由主義と法益保護(処罰の必要性)のいずれを重視するかという価値判断に依存する問題である。
共同正犯については、その解釈範囲に差があるようですが、今回はかなり狭まった解釈をしているようです。
これが、反社会的勢力の場合でも同じ結論に至ったのか疑問です。
明石 警察署の職制及び職務執行状況等に照らせば,B地域官が本件警備計画の策定の第 一次的責任者ないし現地警備本部の指揮官という立場にあったのに対し,被告人 は,副署長ないし署警備本部の警備副本部長として,C署長が同警察署の組織全体 を指揮監督するのを補佐する立場にあったもので,B地域官及び被告人がそれぞれ 分担する役割は基本的に異なっていた。本件事故発生の防止のために要求され得る行為も,B地域官については,本件事故当日午後8時頃の時点では,配下警察官を 指揮するとともに,C署長を介し又は自ら直接機動隊の出動を要請して,本件歩道 橋内への流入規制等を実施すること,本件警備計画の策定段階では,自ら又は配下 警察官を指揮して本件警備計画を適切に策定することであったのに対し,被告人に ついては,各時点を通じて,基本的にはC署長に進言することなどにより,B地域 官らに対する指揮監督が適切に行われるよう補佐することであったといえ,本件事 故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったというこ とはできない。被告人につき,B地域官との業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立 する余地はないというべきである。
この個所がどうも納得いきません。「助言」や「通報」ではなく「補佐する」のであれば、注意義務は共同であるのではないでしょうか。しかも警察署長であれば、現場責任者と言ってよいレベルです。県警本部であれば、裁判所の言うことは分かります。
事実認定が争われてこの結果になったのではなく、法文解釈でこの結果になったというのは私も納得できません。付帯意見もなく全員一致です。
第三小法廷
裁判長裁判官 大谷剛彦 納得できない
裁判官 岡部喜代子 納得できない
裁判官 大橋正春 納得できない
裁判官 木内道祥 納得できない
裁判官 山崎敏充 納得できない
これ以降、注意義務違反、監督義務違反で民事でしか戦えないのは残念です。
平成28年7月12日 最高裁判所第三小法廷 決定 棄却 大阪高等裁判所
花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について,警察署副署長に同署地域官との業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立しないとされた事例
westlawでしかまとめられていません。
(1) 平成13年7月21日午後7時45分頃から午後8時30分頃までの間、o海岸公園において、花火大会等が実施されたが、その際、最寄りのJR西日本a駅と同公園とを結ぶ本件歩道橋に多数の参集者が集中して過密な滞留状態となった上、花火大会終了後a駅から同公園へ向かう参集者と同公園からa駅へ向かう参集者が押し合ったことなどにより、強度の群衆圧力が生じ、同日午後8時48分ないし49分頃、同歩道橋上において、多数の参集者が折り重なって転倒し、その結果、11名が全身圧迫による呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡し、183名が傷害を負うという本件事故が発生した。
(2) 当時明石警察署署長であったAは、同警察署管轄区域内における警察の事務を処理し、所属の警察職員を指揮監督するものとされており、同警察署管内で行われる本件夏まつりにおける同警察署の警備計画の策定に関しても最終的な決定権限を有していた。
B地域官は、地域官として、明石警察署の雑踏警備を分掌事務とする係の責任者を務めていたところ、平成13年4月下旬頃、A署長に本件警備計画の策定の責任者となるよう指示され、これを受けて、明石市側との1回目及び2回目の検討会に出席し、配下警察官を指揮して本件警備計画を作成させるなどした。B地域官は、A署長の直接の指揮監督下にあり、本件警備計画についても具体的な指示を受けていた。
Xは、明石警察署副署長として、警察事務全般にわたりA署長を補佐するとともに、その命を受けて同警察署内を調整するため配下警察官を指揮監督する権限を有していた。Xは、本件警備計画の策定に当たっても、A署長の指示に基づき、B地域官の指揮下で本件警備計画を作成していた警察官に助言し、明石市側との3回目の検討会に出席するなどした。また、Xが同警察署の幹部連絡会において、本件警備計画の問題点を指摘し、A署長がこれに賛成したこともあった。
(3) 本件事故当日、A署長は、明石警察署内に設置された署警備本部の警備本部長として、雑踏対策に加え、暴走族対策、事件対策を含めた本件夏まつりの警備全般が適切に実施されるよう、現場に配置された各部隊を指揮監督し、警備実施を統括する権限及び義務を有していた。A署長は、本件事故当日のほとんどの場面において、自ら現場の警察官からの無線報告を聞き、指示命令を出していた。
Xは、本件事故当日、署警備本部の警備副本部長として、本件夏まつりの警備実施全般についてA署長を補佐し、情報を収集してA署長に提供するなどした上、不測の事態が発生した場合やこれが発生するおそれがあると判断した場合には、積極的にA署長に進言するなどして、A署長の指揮権を適正に行使させる義務を負っており、実際に、署警備本部内において、現場の警察官との電話等により情報を収集し、A署長に報告、進言するなどしていた。
なお、署警備本部にいたA署長やXが本件歩道橋付近に関する情報を収集するには、現場の警察官からの無線等による連絡や、テレビモニター(本件歩道橋から約200m離れたホテルの屋上に設置された監視カメラからの映像を映すもので、リモコン操作により本件歩道橋内の人の動き等をある程度認識することはできるもの)によるしかなかった。
一方、B地域官は、本件事故当日、o海岸公園の現場に設けられた現地警備本部の指揮官として、雑踏警戒班指揮官ら配下警察官を指揮し、参集者の安全を確保すべき業務に従事しており、現場の警察官に会って直接報告を受け、また、明石市が契約した警備会社の警備員の統括責任者らと連携して情報収集することができ、現場付近に配置された機動隊の出動についても、自己の判断で、A署長を介する方法又は緊急を要する場合は自ら直接要請する方法により実現できる立場にあった。
この事件は、テレビで何度か検証された 有名な事件でした。当時の検察は不起訴としたため、強制起訴しました。
歩道橋での事故は予見できたかとなると、予見しているから警察が出動しているのですよね。
検察官の職務を行う指定弁護士は,被告人とB地域官は刑訴法254 条2項にいう「共犯」に該当し,被告人に対する関係でも公訴時効が停止している と主張しました。
そこで、被告人とB地域官が刑訴法254条2項にいう「共犯」に該当す るというためには,被告人とB地域官に業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立する 必要があると最高裁は判断しました。
共同正犯とは、構成要件段階における共同正犯の成立には、各人の構成要件的故意または構成要件的過失と「共同して犯罪を実行した」ことが必要である。 「共同して犯罪を実行」とは、共同実行の意思(意思の連絡)及び共同実行の事実があることを意味するとされる(さらに、結果犯では結果と因果関係が、身分犯の共同正犯については身分者が1人以上いることが必要である。)。共同正犯の成立要件は次のようになります。
第60条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
共同実行の事実の具体的意味内容(何を共同するか:共同の対象)については、特に共謀共同正犯の成否と関連して議論がある。刑法の自由主義的見地(罪刑法定主義・謙抑主義)を重視する立場からは、60条の意味を限定的に解し、実行行為を共同することが必要とする(実行行為の共同が必要とする部分的犯罪共同説:共謀共同正犯否定)が、刑法の法益保護機能(処罰の必要性)を重視する立場からは、60条の意味を広く解し、犯罪実現に向けての行為を共同することとし、少なくとも一部の者による実行行為は必要であるが、実行行為の共同は必要ではないとする。(構成要件行為の共同が必要とする部分的犯罪共同説あるいは行為共同説:共謀共同正犯肯定) これは結局、自由主義と法益保護(処罰の必要性)のいずれを重視するかという価値判断に依存する問題である。
共同正犯については、その解釈範囲に差があるようですが、今回はかなり狭まった解釈をしているようです。
これが、反社会的勢力の場合でも同じ結論に至ったのか疑問です。
明石 警察署の職制及び職務執行状況等に照らせば,B地域官が本件警備計画の策定の第 一次的責任者ないし現地警備本部の指揮官という立場にあったのに対し,被告人 は,副署長ないし署警備本部の警備副本部長として,C署長が同警察署の組織全体 を指揮監督するのを補佐する立場にあったもので,B地域官及び被告人がそれぞれ 分担する役割は基本的に異なっていた。本件事故発生の防止のために要求され得る行為も,B地域官については,本件事故当日午後8時頃の時点では,配下警察官を 指揮するとともに,C署長を介し又は自ら直接機動隊の出動を要請して,本件歩道 橋内への流入規制等を実施すること,本件警備計画の策定段階では,自ら又は配下 警察官を指揮して本件警備計画を適切に策定することであったのに対し,被告人に ついては,各時点を通じて,基本的にはC署長に進言することなどにより,B地域 官らに対する指揮監督が適切に行われるよう補佐することであったといえ,本件事 故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったというこ とはできない。被告人につき,B地域官との業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立 する余地はないというべきである。
この個所がどうも納得いきません。「助言」や「通報」ではなく「補佐する」のであれば、注意義務は共同であるのではないでしょうか。しかも警察署長であれば、現場責任者と言ってよいレベルです。県警本部であれば、裁判所の言うことは分かります。
事実認定が争われてこの結果になったのではなく、法文解釈でこの結果になったというのは私も納得できません。付帯意見もなく全員一致です。
第三小法廷
裁判長裁判官 大谷剛彦 納得できない
裁判官 岡部喜代子 納得できない
裁判官 大橋正春 納得できない
裁判官 木内道祥 納得できない
裁判官 山崎敏充 納得できない
これ以降、注意義務違反、監督義務違反で民事でしか戦えないのは残念です。