YBR125 おっさんリターンライダー

60歳代。YAMAHA YBR125とPENTAX K系デジカメと鉄道オタク。 気の向くままに書いてます。

無目的なブラツー 台湾料理店の漢字の謎。

2017-09-27 20:49:42 | 日記

天気が下り坂なので、特に目的も無く。

R367-R477-琵琶湖大橋を渡る。    

草津から湖東側を南下、 瀬田の洗堰。 

琵琶湖から流れる唯一の河川である瀬田川の流量をコントロール。 琵琶湖疏水とともに、「近畿の水がめ」の要衝である。

三川が山崎で合流する淀川流域にとどまらず、神戸の水道事情にも影響があるそうだ。

京都府民は、滋賀県民の悪口を言ってはいけない。 即、琵琶湖の水を止められるw

F3-R307-F62。 いつもの急勾配の狭路を行く。

 和束町へ入る。 F62とF5の交差点にある、しばしば立ち寄るコンビニの隣に台湾料理店がある 【見出し画像】。

郊外の人通りの全く無いところに立地してるが、平日の正午ごろで、クルマでの家族連れの来店客がそこそこあった。

店名の「秋源」であるが、ネット検索してもその語の意味は出てこない。

軒下の提灯?には「發財」とある。 中国語では「お金が儲かる」の意。 店が儲かるのかお客が儲かるのか、意味不明である。

看板の「宣」の字。 「昼」の意であるのは容易に解るが、「宣」の漢字に昼の意味は無い。

日本では「昼」の旧字体は「」(「書」の下に「一」)であり、これまた意味不明である。 似かよっていると言えなくもないが。

店先のメニュー。 会社の会議室にあるような予定表ホワイトボードが無造作に置いてあり、余白に書かれている。

一見して難読で頭がクラクラするが、おそらく日本語を勉強中の台湾人スタッフが懸命に書いたのかな?

それにしては字が下手であるが。 台湾人ではなく、漢字文化圏以外の外国人かも知れない。

以下、上の画像を独断でメニューを解析する。

     お昼のランチメニュー

   本日の一品料理

  Aランチ 750円(レギュラー) ニラモヤシ炒めと読める。

一品料理 揚げ物 漬物 デザート (料理の内容が全くわからんw)

    ライスはお替わり自由

    ラーメン 塩、醤油、豚骨、台湾ラーメン 御自由に

  C/ランチメニュー 980円

一品料理が何なのかわからんが、ニラモヤシ炒めなのか?。

揚げ物? 漬物? デザート? もはやミステリー領域である。

ライスは食べ放題らしいが、ラーメンも選択できるのか?

台湾料理店なのに塩や醤油や豚骨ラーメン? 謎なメニューである。

980円のC/ランチメニューの内容は? さらにBランチはどこへ行った?

以上、突っ込みどころ満載の店である。

入って見たい好奇心もあるが、食ったら胸やけしそうな予感がするのでパス。

F5-F47の岩船寺ルートを周回してR24で帰る。

 

 

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京都府道733号線トレース&ラーツー。

2017-09-24 20:53:57 | 日記

彼岸花(曼珠沙華)の色が映える季節になった。 綺麗だが、アルカロイドを含む有毒草でもある。

今回は未走破区間がある京都府道733号柚原向日線(ゆのはらむこうせん)をトレースすることにした。 

起点は京都府亀岡市西別院町柚原(R423交差点)、終点は京都府向日市寺戸町(向日町競輪場前交差点)。 途中で大阪府高槻市を通過する。

終点から逆走する。 向日町競輪場前。 乙訓郡向日町から市政されて向日市(むこうし)だが、競輪場名は「むこうまち」のまま。 JR駅も「向日町」。

阪急電鉄の駅は東向日町駅・西向日町駅から「町」が取れて、東向日駅・西向日駅に改称。

 

次の交差点を西進。 競輪場の北側にF733のヘキサ標識があるが、ここから大阪府に入るまで同標識は一つも無い。 ナビなしでトレースするのは難度大。

 

余談だが、上の画像にミニストップの看板が見える。 実はここ、4年前のアイスクリームショーケース寝そべり事件現場である。

西山連峰に向かって走る。   灰方(はいがた)交差点。

小塩山の電波中継塔群。 山頂には淳和天皇陵 【大原野西嶺上陵】がある。 昔はクルマで行けたが、現在は一般車は通行止め。

淳和天皇は桓武天皇の子。 薄葬との遺言により火葬後、小塩山から遺灰を散骨して、その灰が降ってきたのが「灰方」の地名の由来。

淳和天皇火葬塚が向日市物集女町(もづめちょう)の住宅地の中にある。 宮内庁管理。 F733は小塩山の南側の峠を越える。

灰方交差点にある石碑だが、下半分が舗装に埋もれている。

薄暗い竹林を抜け、 山中に入っていく。

ヘアピン急勾配の狭路を1速ギアで、あえぎつつ登る。 眺望は一切無い。 只管(ひたすら)登るのみ。

途中に西岩倉山金蔵寺がある。 奈良時代開基の天台宗の寺院。 手前に結界。 不動明王が祀られている。

ピークの逢坂峠。  標高約440m。

麓からここまで標高差は約300m、距離3.5km。 平均9%の急勾配。 

大原野森林公園前を通過。  峠の西側は緩い下り勾配がだらだらと続く。 典型的な片勾配。

外畑地区の集落がある田舎道をチンタラ走る。 

眼前に大規模な施設。 関西電力の西京都変電所。 福井県からの電力を関西へ送電する中継点である。

大阪府高槻市に入る。  間もなく道は広くなる。 久しぶりのヘキサ標識。 

快適に走れるかと思いきや、 また狭路に変貌。  

F6に合流、少し南下して再びF733を西進。 

京都府へ戻る。 九折交差点でF46に合流、北上。 

数km先でまたF733へ分岐。 

ここから先は過去に走破済み。 やがてR423柚原交差点にぶつかる。  ここがF733の起点。

R423を北上。 途中に天王峠のワインディングがあるが、チンタラ走るクルマが先行してストレス鬱積w

亀岡市内を抜け、桂川上流の保津川の河川敷で休憩。  旧亀岡商工会館の前に駐車。 ある意味、いい雰囲気の建屋。

ここで昼飯。 

日清カップヌードルの特別バージョン、【帰ってきた謎肉祭】。 昨年9月に出たモノの第二弾。 過去に記事がある。

   肉がてんこもりゴロゴロ。 ノーマル品のエビや玉子はやはり入ってない。

Esbit(ドイツ製)のアルコールコッヘルを設置。 

極コンパクトなアイテムだが、ゴトクと燃料が納まっている。  

湯を沸かす。  アルコール固形燃料は燃焼時間14分。

湯が沸くのを待つ間に付近を撮影。 

保津川下りの観光船の出発地点。 

 終点の嵐山まで下った船は、トラックに三艘を積んでR9老ノ坂を越えて、ここまで戻ってくる。 

クレーン車で川へ下ろす。 

船頭さんはマイクロバスでここまで戻ってくる。

12分ほどで400mLの水が沸騰。  3分間待つのだw

 謎肉てんこもりの状態w

黒いのは従来のダイスミンチだが、白いのは大豆なんだとか。 食べ応え充分であった。  ごちそうさん。

固形燃料が燃え尽きた後のゴトク。  アルコールは、ほぼ完全燃焼するので煤は少ない。 さっと拭うだけで済む。

さらにアルミニウム製なので、ラーメンを食べてるうちに冷めてしまう。 さっさと撤収できるのが吉である。

初めてのラーツーであった。 R9で早々に帰宅。 

 

 

 

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峠徘徊ツーリング@朽木&芹生。

2017-09-23 18:50:10 | 日記

7:40市内出発-F40-江文峠-層雲のかかる大原(見出し画像)-R367-途中越-一気に朽木の道の駅。

 駅では朝市が開催中。 

今回のお目当てである好物のミョウガをGET。  一袋100円。 今の時期しか買えない旬のモノ。 3つしか残ってなかったw

さらに駅の売店でミョウガとすだちも買い足す。 

ネットで見つけた、朽木の「丸八百貨店」。  昭和8年(1933年)建築。 築84年である。

建築当時は木造2階建て、一階は雑貨店。 現在のコンビニの嚆矢みたいなものか。 だが、国登録の有形文化財である。 

二階は呉服屋さんだったとか。 その後、戦時下に屋上へ防空監視哨(物見櫓?)を設置、戦中期の昭和18年に三階部分を増築。

ネット情報によると、現在は一階は無料休憩所(近所のおばちゃん達の憩いの場所と化しているらしい)&ギャラリー、二階はカフェ&軽食処!? 

三階は畳敷きの地区の集会所となっている。 なんともハイブリッドなスポットである。

 建屋一階の右にあるウィンドウ。  再度来た時には、中に入ってみようか。

R367を少し北上して、K23に分岐。 

       

いきなり道が細くなる。

 

安曇川支流の川沿いを辿る。  ヤマグチアトリエ前を通過。 ネット検索したが詳細不明。 

こんな所にバス停が。 

推定するに、高島市営バスのハイエースワゴン。 R367の分岐点から数kmの距離。 時刻表は無い。 辺りは数軒の民家があるのみ。

先に進むが、すぐに通行止め。 

行き止まりなのはわかっていたので、引き返す。 復路はのんびり走る。  ススキの穂が色づいていて、秋の到来を知らせてくれる。

K23からK781能家地区へ。 

このあたりで、突如サイレン吹鳴で救急車が対向で緊急走行。 慌てて待避する。 この先の集落で何かあったのであろうか、知る由もないが。 

能家分校前バス停。 過去の記事に書いたが、かつて朽木西小学校能家分校があった。  今は建屋は無い。

名も無い峠を越え、古屋地区でしばし一服。  長閑な風景。

簡易郵便局があるが、昨年から業務停止中。  過疎化が進み需要がないので、早晩廃止になるだろう。

平良地区にある朽木西小学校平良分校(廃校)。   こちらも過去の記事で書いた。

本校は中牧地区にあり立派な校舎だが、本年度の在校生は3人。 職員5人で対応・・・。

K781を下り、R367へ出る手前で右手の能見方面F110へ。 

能見峠のピーク。  登って来たのは久多宮ノ町方面、 下りは能見町方面。 

のんびりと坂を下っていく。 

F38にぶつかり京北方面へ、 R477をさらに京北方面へ、 F361を南下。 

これまた最近お気に入りの芹生(せりょう)へ。 春には枝垂桜が美しい掬水庵(きくすいあん)。 今年5月のブログ記事に掲載済み。

桜の庭園ではあるが、手入れが行き届いてるのであろう、今の季節でもこれはこれできれいである。

早くも桜の葉が色づきはじめている。 この時期、山中では一日の寒暖の差(気象用語では日較差)が大きいのであろう。

隣の建屋では、何やら作業中の様子。

  

先に進み、旧花背峠に行く脇道へそれる。 

 住民とおぼしきおばちゃんがいるので遠慮して撮影してたら、声を掛けられた。

やはり小学校だったそうだ。 帰宅後にネット検索したら、何と、つい最近?の1999年(平成11年)に廃校。 

当時の京都府北桑田郡京北町(現在は京都市右京区に併合)にあった、黒田小学校の芹生分校跡。

校舎の左手には新しい堂宇の寺がある。 ネットのマップで見ると、日蓮宗聖福寺とある。

墓碑もあった。 左側に瀬瀧山聖福寺と読める。 蛇足だが、「聖」の字は「耳」の部分が「耳偏」になっている。

校舎の右には超貧素な神社も鎮座。 芹生八幡神社と称する。 第15代応神天皇(仁徳天皇の父)が祀られているとか。 神仏習合の典型である。

今にも倒壊しそうな神社に較べて、右側にある大層ご立派な胸像は齋藤梅治郎とあるが、ネット検索してもヒットしない。 謎の人物である。

洒落た塀があり、立派そうな庭がある建屋。 

寺院かと思いきや、一般住宅のようである。

 由緒ありげな住宅の前で。

 「潺湲亭」。IMEパッドでも認識してくれない難読漢字だが、色々検索の結果、「せんかんてい」と読むらしい。

文豪・谷崎潤一郎が京都下鴨に居住していた邸宅の名前であるが、関連は無さそうである。

F361に戻り、 芹生峠を越える。

荒れた舗装の急勾配ヘアピンコーナーをいくつも抜けると、貴船に出る。 祝日連休の土曜日で、観光客とクルマで大渋滞。

市内に戻り、買ってきたミョウガを母とご近所にデリバリー。 喜んでくれた。 

本日の走行約190km。 峠と廃校を巡った一日であった。

 

 

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Frブレーキパッド交換後の峠徘徊ツーリング@月ヶ瀬。

2017-09-20 17:30:30 | 日記

Frディスクパッド交換後の初ツーリング。 走り出しのFrブレーキはやや甘い。 ブレーキレバーを引いた感触もややスポンジーな感じ。

F/K3宇治川ライン-K/F283経由でR307-茶屋TNを出た所で、先日に行きそびれたF283を南下。  

分岐していきなり、道が細くなる。 

苔むした、滑りそうな一車線道路を登る。

峠のピークは二手に分かれるが、F283は左へ下っていく。

右手は鷲峰山金胎寺(じゅぶせん こんたいじ)への参道を登っていくが、こちらの方が路面状態は良さそうである。

当山は奈良時代の役小角(役行者)の開基とされるが、推測の域を出ない。

堂宇も例にもれず、中世の戦乱による破壊や焼失によって近世に再建されたものであるらしい。

先を進むに連れ、路面には杉の葉や枝が山積しており、路面が見えない箇所もある。 全く整備されてない県道のようだ。

どこでスリップダウンするかわからないので、極低速で前進する。

かと思いきや、ピークを越えたら間もなく、突如広い立派な茶畑が出現したりする。

麓から畑を手入れしに来るのは大変な労力だろうと察する。

R307の裏白TN東側からF5に抜ける市道を先日に南下したが、そちらの道のほうがはるかに快走路。 

長いこと道路整備をした痕跡がない。 F283は府道に非ず、腐道である。

やっとこさF5へ合流、西進してF5-加茂-F47-岩船寺---R369-柳生-K4-月ヶ瀬へ。

月ヶ瀬の茶屋の前で、 巨大カボチャが展示中。 大きいものは100kgくらいありそうだ。 食用にはならぬがw

名張川を渡り、F753を高速ワインディングでR163方面へ。  

南山城村の道の駅。  手前のモノは木製のサイクルラック。 野菜はロクなものがない。

R163旧道からF82を南下、 高山ダム下流。 ここも高速ワインディングロード。 (制限60km/h)

F82を月ヶ瀬へ戻り、F4-R369-F/K47-F5を和束までリターン、F62犬打峠。 

F62はクロスするF5を境に南にR163への木屋(こや)峠、北にR307への犬打峠を控える、いずれも急峻な峡路である。

F62-F3・宇治川ラインで帰京。

Frブレーキパッド&フルードの交換後、約180km走行。 充分にアタリが付いたようで、

ブレーキレバーの手応えも充分。 レバーを引く力と制動力がリニアになった感じ。 遊び・引き残り代も問題なし。

各部ブレーキフルードの漏れ・滲みもなし。 ひと安心である。

 

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台風接近中 YBR号のFrディスクブレーキパッド交換。

2017-09-17 13:55:26 | 日記

台風18号が鹿児島に上陸。 日本を縦断していくようだ。

午前は小康状態なので、YBR号のFrディスクブレーキパッドを交換することにする。

 周辺を清掃して、ブレーキキャリパASSYを外す。 

フィックスピンを外し、ブレーキパッドを取り出す。

 約32,000km走行で残量は2mm弱。 長距離走行主体なので摩耗は遅いと思われる。 新品のパッドは約5mm。

以前に購入しておいた新品のブレーキパッド。 

中国語で、「刹車片組合」の表記=「速度抑制用部品セット」の意味らしいと憶測するw

ブレーキマスタシリンダのリザーブタンクを開ける。  

ブレーキフルードは2年前に交換した以来で、茶褐色に汚れている。

 

ピストンを手で押し戻す。 

ピストンを押し戻す前にマスタシリンダのリザーブタンク内のブレーキフルードを抜いておかないと、オーバーフローするので注意が必要である。

さらにブレーキフルードは塗装面を冒すので、細心の注意を払う。

 パッドの摩耗粉を清掃し、摺動部にブレーキグリスを塗布。  当然だが、ディスクロータに接する面に付着しないよう注意。

 

 新品のブレーキパッドを組み付ける。 パッドの裏金にもグリスを薄く塗布。 いわゆるブレーキ鳴き防止の意味もある。

   

キャリパを車体に組み戻し、ブレーキレバーを何回も引いてピストンがディスクパッドを押すまで十数回往復させる。

 リザーブタンクの液面が低下するので、エアを噛まないように、こまめに新品フルードを補給。 フルードは2500H-A DOT3を使用。 

 レバーに手応えがあったら、ピストンがパッドとロータを押したので、ブレーキシリンダのブリーザプラグを開閉して、ブレーキラインのエア抜きをする。

ブレーキフルードの新旧比較。    

フルードは吸湿性があるので、大気中の水分を吸収し、沸点が下がってベーパーロックを起こす危険性がある。 定期的に交換するのが吉。

レバーの手応えが充分になり、ブレーキラインのエア抜き完了。 リザーブタンクのキャップを締める。

試運転をする。 引き摺りは無いが、新品パッドとディスクロータの当たりがついてないので、ブレーキの効きは少々甘い。 

ディスクロータ表面の摩耗による凹凸と新品パッドが馴染むまで、無理は禁物である。 所要時間は小一時間。

 

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