2021年5月25日、火曜日、晴れ
西武線沿線郊外住宅地散策に行ってきました。
散策地は「日高・飯能分譲地」、「ビックヒルズ飯能美杉台」、「所沢・松が丘住宅」、そして、東久留米市と保谷市にまたがる自由学園の「学園町」です。
①基本情報
はじめに、各住宅地の概要を基本情報としてまとめてみました。学園町は整理してません。
【西武日高・飯能分譲地】
・開発面積:約110ha 総区画数:約1,970区画
・開発時期:昭和63年
・最寄り駅:飯能駅
・最寄り駅までの時間:バス12分
・人口:3,632人(2015年国勢調査)
・高齢化率:29.5%
・5歳階級別人口構成比(下のグラフのとおり)
・埼玉県外での従業率:35.8%
・地区計画等:地区計画において、最低敷地規模、壁面の位置、かき又は柵の構造等を規定
・その他:現在も新規分譲中
・関連ホームページ:https://sumai.seibupros.jp/hannou/town.html
【こま武蔵台団地】
ここは予定になかったのですが、飯能・日高分譲地に向かう時に通過。ここの高齢化率がすごいです。43%です。
・開発面積:約93ha、開発時期:昭和52年分譲開始
・最寄り駅:高麗駅
・最寄り駅までの時間:徒歩5分(団地入口)
・総区画数:約2,210区画(戸建て約1,730戸、タウンハウス約480戸)
・人口:5,011人(2015年国勢調査)
・高齢化率:43.0%
・5歳階級別人口構成比(下のグラフのとおり)
・埼玉県外での従業率:29.3%
・地区計画等:なし
・その他:現在、東急不動産は東京大学と連携し、団地再生に取り組んでいる。
【ビックヒルズ飯能美杉台】
・開発面積:約93ha 開発年度:昭和57年
・最寄り駅:飯能駅
・最寄り駅までの時間:徒歩15分(バス5分)
・人口:6,290人(2015年国勢調査)
・高齢化率:19.5%
・5歳階級別人口構成比(下のグラフのとおり)
・埼玉県外での従業率:37.9%
・地区計画等:地区計画において、最低敷地規模、壁面の位置、かき又は柵の構造等を規定
・その他:一部が新しい分譲地のため、子育て世代が入居してきたので年少人口の割合が高い。
・関連ホームページ:
https://sho-wa.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/06/13b611ef59f97111e74dea02994afc90.pdf
【所沢・松が丘住宅】
・開発面積:約57ha 開発年度:昭和56年
・最寄り駅:所沢駅(または西武園駅)
・最寄り駅までの時間:バス15分(西武園駅までは徒歩5分)
・人口:3,361人(2015年国勢調査)
・高齢化率:36.3%
・5歳階級別人口構成比(下のグラフのとおり)
・埼玉県外での従業率:59.1%
・地区計画等:地区計画において、建築物の敷地面積の最低限度、壁面の位置の制限、建築物等の高さの最高限度、容積率の最高限度、建ぺい率に最高限度、及び現に存する樹林地、草地等で良好な居住環境の確保に必要なものの保全を図るための制限等が規定されている。
・その他:林間住宅地と一般住宅地がある。林間住宅地は斜面地環境を活かした、自然環境を極力残した住宅地となっている。宅地面積は平均400㎡。
・関連ホームページ:
https://matsugaoka.jp/page-11/
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/other/chikukeikaku/naiyou13.pdf
②以下西武線沿線郊外住宅地散策です。
10時30分頃飯能駅に到着。
飯能駅からバスで飯能・日高分譲地に向かうつもりで駅前広場に行ったが次のバスまで30分。相変わらず計画性がない。
スマホで地図を見ると高麗駅が近かったので高麗駅まで電車で行き、駅から歩くことにした。
久しぶりの高麗駅。巾着田のある高麗川の方には何度か行ったことがあるが、山側に行くのは初めて。
高麗駅の改札を出ると目の前に赤い柱が2本立っていた。
ネットで調べたら、これは将軍標(しょうぐんひょう)と呼ばれるもので、北朝鮮・韓国の村落に見られる魔除けのための境界標とのこと。 近くに高麗神社があるため駅前に将軍標が設置されている。
将軍標を背にして郊外住宅地散策スタート。
【こま武蔵台団地】
しばらくずっと坂が続いた。道路の両側が「こま武蔵台」という住宅団地。
こま武蔵台は1977年(昭和52年)に分譲が始まり、計画戸数は約2,200戸の住宅団地。
タウンハウスも500戸ほどある。このタウンハウスが気になって後日ストリートビューをのぞいたが建物の様子までわからなかった。ここのタウンハウスってどんなんだろう?やはり気になる。
道路と玄関との高低差がすごい。5mは間違いなくある。
こま武蔵台と飯能・日高分譲地を結ぶ道路。突然、コインランドリーがあらわれた。このコインランドリは住宅併用だがどのような経緯でここに建ったのだろうか?
夜は、この道、怖くて歩けない。
【飯能・日高分譲地】
歩いたら、飯能・日高分譲地は思いのほか遠かった。高麗駅から3km近くあった。
さて、飯能・日高分譲地だが武蔵台団地に比べ10年ほど若い。
教科書通りの開発で住環境水準の高い閑静な住宅地である。
住宅地内への通過交通の侵入の抑制、変化のある街路景観を創出するため、区画街路ではU字型ループやT字型の接続を多用したり、地形に合わせて幹線道路も曲線としている。アメリカの住宅地だとこれにクルドサックが加わる。
また、軸線部分には緑道を通し、公園も計画的に配置され、縁辺分は緑地が多く残されている。
敷地は広く、敷地内の緑も豊かで手入れも行き届いている。周辺の山並みへの眺望もよい。
都心から飯能は正直遠い。しかし、昭和50・60年代~平成のはじめ(いわゆるバブル期まで)は、地価が高騰し中間所得層が取得できる価格の戸建て住宅がどんどん、どんどん都心から離れていった時代である。したがって、長時間通勤のサラリーマンはざらだった。
チバリーヒルズで有名な「あすみが丘」、駅から斜行エレベーターが設けられた「コモアしおつ」、ゴルフフロント住宅「季美の森」等はこの時代に開発されたものである。
飯能・日高分譲地の計画図と航空写真
街並みはこんな感じです。昔の開発は緑は多いが各住戸が外に開かれず閉ざしている。このため道路を介しての隣近所との日常的なコミュニティが形成しにくい。
センター内の建物。美容室、カフェ等?が入っていた。センターにはほかにコンビニ、販売センターがおかれていた。この建物もデザインはいいが歩道側に開かれていない。中が見えない。
メインの緑道。全体に植栽がよく手入れされている。ベンチまでパーゴラでおおわれている。
右下の中央の家のデッキは見晴らしが良さそうだ。
住宅地内のカフェレストラン。今後、住宅がこういう小さなお店に転用されてくると活気が出てくるのだが。
以上、飯能・日高分譲地でした。
バスで飯能駅に戻り、飯能銀座商店街のお蕎麦屋さん「長寿庵」でお昼を食べた。
地元っ子に愛されているこの「長寿庵」さんは量が多くて、美味しい。
地酒を一杯いただいた。久しぶりにお店で飲むお酒だった。やっぱり、お店で飲む、お酒は旨い!!
(※ここは埼玉だったのでお酒も飲めました。)
腹ごしらえを終え、次の目的である美杉台へ。
この建物は商店街で売りに出ていた物件。1,750万円。確か土地は50坪ほどあったかな。
美杉台のある飯能駅南口。
美杉台に向かう途中にあったパチンコ屋さん。この建物の2階に郵便局が入っていた。パチンコ屋さんと郵便局が一緒の建物は珍しい。
この飯能大橋を渡り、坂を上がったところが美杉台。この川は入間川?
【ビックヒルズ飯能美杉台】
美杉台へのアプローチ道路。緑がきれいだ。だけど、飯能・日高分譲地と同様、夜は歩きたくない。
坂を登って少し歩くと美杉台の近隣センターに出た。
大きなスーパーの周辺は住宅と併用のカフェレストラン等が何軒かあった。
センター地区にある「メディカルハーブガーデン・薬香草園」。
美杉台は開発当初からハーブガーデンをセールスポイントにしていた。平日だったがお店の中はハーブ製品を買い求める女性客で賑わっていた。
以上、美杉台でした。美杉台の写真はハーブガーデンばかりだった。
【所沢・松が丘住宅】
飯能駅から電車を乗り継ぎ西武園駅へ。はじめて降りました。駅前には競輪場があります。
「所沢・松が丘住宅」は駅から徒歩5分です。
下の写真は一般住宅地。比較的新しく分譲された街区。一般住宅地でも緑が多い。同じ住宅地でも新しく開発された街区と古い街区では植栽が大きく異なる。新しい街区の方が多様性があり、植栽がいま風です。
下の住宅地は分譲時期が早い。
階段が緑道の景観にアクセントをつけている。
林間型住宅地。敷地規模は平均400㎡。敷地全体が鬱蒼とした緑に覆われている。古い住宅地はつつじとかさつきが多い。
以上、所沢・松が丘住宅でした。なかなかの邸宅街でしたね。
今回訪ねた「こま武蔵台」、「飯能・日高分譲地」、「ビックヒルズ飯能美杉台」、「所沢・松が丘住宅」、いずれも住環境水準の高い、良好な住宅地であった。しかし、高齢化が確実に進んでいく中で、上手に住み替えが行われ、次の世代に継承されていかないと、せっかくの良質な住宅地も、あっという間にゴーストタウン化する危険性を秘めている。
【学園町】
バスで所沢に出て西武線に乗り換え、「ひばりが丘駅」の南に位置する学園町へ。ひばりが丘駅は学園町が開発された当時は「田無町駅」という駅名でした。
学園町は「婦人之友」の創立者、羽仁吉一・もと子が自由学園の付属施設建設を契機に誕生した郊外住宅地。
学園町は自由学園の土地の購入資金、運営資金を創出するために分譲された住宅地(安く手に入れた土地を区画整理して分譲)。学園関係者のほか政治家、医師、学者・教育者等が土地を購入したようである。成城学園や玉川学園と同じである。
※詳しくは「近代日本の郊外住宅地」(鹿島出版会/片木篤+藤谷陽悦+角野幸博編)を読んでください。
自由学園初等部南側の区画整理された街区が学園町。
いまはかなり細分化されているが分譲当時は1区画が平均で250坪あったらしい。
松の木が多いのがこの住宅地の景観上の特徴。
学園町の場合は都心からも近く公共交通の便もよいので、ブランド住宅地としていつまでも住み継がれる街だろうと思う。
以上、駆け足での『西武線沿線郊外住宅地散策』でした。今回は時間がなくて自由学園に行けなかったのが心残りですが、これは次回以降の楽しみにします。
【郊外住宅散策のオマケ】
ピザを買うために石神井公園駅で下車。
石神井公園駅がきれいになってから初めて降りた。意外におしゃれな街になっていたのでおどろいた。