社会空間研究所 建築・まちづくり通信

社会空間研究所の所員が建築・まちづくりに関する情報等を気ままに綴ったブログです。
2007年6月からスタートしました。

東京都の水道水源林

2024-08-20 17:18:00 | 気になった記事

■2024年8月9日(金)、日経新聞記事(東京・首都圏経済)の抜粋

東京都水道局水源管理事務所の仕事

~ 水源森林保全、枯れぬ熱意/数十年先の安定給水を担う ~

都内で使われる水道水のほとんどは河川から採取する。

河川の源流部の森林がダムのように雨を蓄え、そこから川や水道管を通った水が最終的に家庭の蛇口などにつながる。

水源涵養機能の維持は都水道局の大きな役割の一つ。

水源管理事務所で水源管理にあたる技術課には約50人の職員が所属する。

そのうち8割は林業職で採用された専門技術者。

 

事務所が管理するのは山梨県も含む多摩川上流域の東西30km、南北19km、面積25,000ha。

業務は間伐や害獣対策のほか、土砂崩れへの対応、林道の整備などさまざま。

木材の出荷が目的の集約管理的な林業とは異なり、多種多様な木々が混在する天然林への誘導を目指す。

 

都の水道水源林の歴史は100年以上前に遡る。

森林荒廃の影響で住民への給水が脅かされたことをきっかけに、当時の東京市が水源林経営の考え方を取り入れた。

1本の木が育つには数十年がかかる。

数十年前の水源管理が今の高品質な水道インフラの維持につながっている。

現在の水源林管理は数十年先の都民が使う水道水の安定確保のためだ。

 

いい話だ。こういう人たちを、「情熱大陸」とか「プロフェッショナル」でとりあげてくれないかな~。

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日比谷公園~東京ミッドタウン~赤坂三分坂(さんぷんざか)

2024-08-08 17:43:24 | まち歩き(東京)

■2024年8月6日、火曜日、晴れ

霞が関での打ち合わせの帰り、改修工事が進められている日比谷公園を覗いてきた。

霞門から公園に入る。

改修工事が進んだ第二花壇。全面的に段差がなくなり、広々とした芝生広場に生まれ変わっていた。開放感がある。夏場は緑陰がないのでチョット昼間は無理だ。

東京ミッドタウン日比谷を望む。

 

正面が大噴水。その奥が丸の内のオフィス街。

帝国ホテル。ここも再開発により建て替わる。完成は2036年予定。設計は田根剛氏。2036年だと80歳だから生きていないかもしれない。

噴水の正面が日比谷公会堂。噴水で見えなかったので噴水の前に。

第二花壇。「HIBIYA PARK」の文字は新しく設置されたようだ。なんとも中途半端だ。

第二花壇から見たミッドタウン日比谷。

このゴミ箱、オシャレなデザインのものに早く変えてほしい。ゴミ箱替えるのはすぐにでもできる。

心字池の生垣、雑草が生い茂っていた石垣が見えない。

千代田線で乃木坂へ。乃木坂から東京ミッドタウンにある「21_21 DESIGN SIGHT」に。

『未来のかけら 科学とデザインの実験室』(8/12まで)のチケットをいただいたので観に行きました。

が、な・なんとこの日は休館日。チケットをよく見たら、休館日:火曜日と書いてあった。

やっちまった!!残念!!

ミッドタウン隣りの緑豊かな路地を歩く。以前から、この一角、気に入ってるんです。確かこの建物の2階に「磯崎新アトリエ」が入っていたと思ったが、、、なかった。移転したようだ。

今は坂倉準三事務所になっていた。記憶だと上の階に坂倉事務所が入っていた気がする。磯崎アトリエが移転したので坂倉事務所がこのフロアも借りたのかもしれない。

こちらは隣のカフェレストラン

いつの間にか建っていたタワーマンション「パークコート赤坂檜町ザタワー」。

東京ミッドタウンの裏には港区立赤坂小学校&赤坂中学校があった。区立とは思えない。

さらに裏の方に進入すると、突然現れた急坂。「三分坂」、さんぷんざかと読むようだ。

名前の由来は、荷車を後押しもらうとき、急なので車銀を銀3分(さんぷん)ほど割り増ししたためと言われている。

https://www.city.minato.tokyo.jp/kyouikucenter/kodomo/kids/machinami/saka/62.html

坂の途中にある「報土寺」。築地塀が美しい。ここに江戸時代に活躍した力士「雷電」の墓があった。

お墓詣りでもと思ったが暑かったのでやめてしまったが、行っておけばよかったと後悔。

https://www.kissport.or.jp/spot/tanbou/2101/

このあとお腹が空いたので、近くにあった「ステーキハウス大澤」でランチ。

ステーキは高かったのでビーフカレーを食べた。

大澤さんは歴史を感じさせる、雰囲気のあるいいお店だった。

お金が溜まったら、夜、妻とステーキを食べに来ようと思った(笑)。

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西池袋4丁目、池袋3丁目界隈を散策する // 阿部詩選手初戦で敗れる波乱

2024-08-06 14:02:26 | まち歩き(東京)

■2024年7月28日、日曜日、晴れ

この日は短いまち歩き。西池袋4丁目、池袋3丁目界隈を散策。

有楽町線の要町駅を降りて地上に。

山手通りと要町通りの交差点付近。このあたりを歩くのは初めて。

要町通りを池袋方面に歩くと、右側に緑道(谷端川南緑道)が見えた。灌木がきれいに刈り込まれている。

さらに池袋方面に進み、この路地を入る。

 

ここが「ニシイケバレイ」。緑が豊かだ。下の建物は木造モルタルのアパートをリノベした飲食店。

ニシイケバレイHP https://nishiikevalley.jp/

 

こっちはRCの集合住宅。1階に器屋さん(ガラスの器)が入ってた。写真撮るの忘れた。

木造モルタルの建物とRCの集合住宅の間の路地。自然な感じの緑(植栽)がとてもいい。

この壁面緑化もいい感じ。量感がいいのだろう。

上の建物を過ぎて右に入ると、左に平屋の木造の民家が見え、また緑豊かな路地空間が現われる。ニシイケバレイには樹陰があり、腰かけて話す、休む場がある。

右側の建物が木造平屋をリノベしたカフェ。

木戸門がカフェのエントランス。

要町通りに再び出る。左側の植栽のある集合住宅もニシイケバレイを構成する建物。

立教大学の方に向かう。雰囲気のある古い集合住宅。40年ぐらい前、世田谷の東松原でこんなアパートに住んでいた。

この建物、工場だと思ったら結婚式場のリビエラの建物だった。

立教大学の敷地内には旧江戸川乱歩邸があった

「立教学院内郵便局」なんていう郵便局も発見。

立教大学正門と本館。シンメトリーの美しいエレベーション。そして三角に刈り込まれた2本の高木が風格とやさしさを演出している。

 

立教学院のキャンパスマップ。立教学院は今年創立150周年を迎えるためか正門周辺がきれいになっている気がした。

ここから池袋3丁目。

再び要町通りに戻る。この沿道の集合住宅の開口部のパネルがおもしろい。

「三思館」入口と書いてある。立派な樹木だ。

これが三思館。たぶん建替えられたのだろう。建替え前の三思館を見たかった。上の立派な樹木は三思館の大家さんちのものだろう。

タイレストラン「メコン」

ルーテル東京池袋教会

黄色の看板のもんじゃ焼き屋さんがおいしそうだった。

このへんの街並みは下町っぽい。

谷端川南緑道を歩く

欄干に高松橋と書かれていた。

「要町病院」の看板が目を引いた。

この日歩いたルート。約2.3kmでした。

帰宅後、阿部兄弟の柔道をテレビ観戦。阿部詩選手が初戦で敗れる!!涙、涙でした。

オリンピック観戦は、緊張感があるから、なかなか疲れる。

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