海上撮影家が見た上海2

上海で撮影活動をしている海原修平のBlog。「海上」とは上海の逆で、新しい上海という意味。更新は不定期。

20年以上前の南京路と西藏路の交差点

2021-12-20 | 遠い記憶-上海 オールドレンズ

南京路と西藏路の交差点

 

前世紀の事だが、南京路と西藏路の交差点に円形の陸橋があった。ここは、当時もっとも混雑する交差点で、陸橋の上から街を見下ろすには絶好の場所だった。まだ上海の交通ルールがあるようで無かった時代だが、すでにこんな風景はまったく見る事が出来なくなったのは、ある意味寂しい気もする。

この頃の年末に、日本の原宿のマネをして淮海路の並樹には延々と電球が無数に取り付けられ、昼間のような明るさになった事があったが、評判が悪く翌年にはすべて取りやめた。理由は、20Wクラスの白熱球(透明なクリア球)を無数に点灯させたので、あまりにも眩しく車の事故が多発したからだ。最初から豆電球にしておけば何の問題もなかったのだろうが・・・。

ここ1週間は、ほとんど外出してない。理由は、寒かったのとコロナウイルス問題で日本村の居酒屋に行くのも腰が引けたからだ。もし、外国人の私がコロナに感染したらどうなるかを想像すると、ゾッとせざるを得ない。自宅隔離中の日本人感染者が出たのが1週間前で、そのバカから感染したという情報は入ってこないが、もうしばらく様子見という事で、感染元の日本村付近には近づかない事に。その自宅隔離中に飲み歩いた奴は、エンドレス(ランパブ)に行っていたようだが、そいつより客のチップで食っているランパブネーちゃんが一番可愛そう。

☆私も上海到着後に2回隔離を経験している。このコロナに感染した日本人が、自宅隔離中に呑み歩いてなかったら同情するが、こいつは同情の余地は一切なし。

 


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