海上撮影家が見た上海2

上海で撮影活動をしている海原修平のBlog。「海上」とは上海の逆で、新しい上海という意味。更新は不定期。

打ち合わせで登戸駅から町田駅へ

2025-02-17 | 写真日記

創造力を掻き立てないポスター

 

小田急線の登戸駅は初めて利用。ここ数年日本でポスターをあえて見る事が激減したのは、創造力を掻き立てるポスターが激減したのかもね。画像がデジタルになって、良くなった事もあればレベルが下がった事も多い。

この日、昨年から進めている案件の打ち合わせで町田へ。いつもの喫茶店で、日本の担当者を引き合わせ具体的な話を。資料などを見せて説明している最中から、海外へチャットで画像を送り通話機能で連絡。このスピード感に、日本の担当者もびっくり。私はこんな事は慣れているが、日本だと一度会社に持ち帰ってとなるのが普通の進め方だもんね。

新型コロナからさらに数年前、新しいストロボ企画を提案し上海から新幹線で向かった工場の話。まず、製造会社の老板(社長)と会い中国茶を飲みながら企画を提案。その提案を技術部長に見せ可能かどうか確認。その場で可能という事で、5人で2時間ほど昼飯を食って工場へ戻ると、簡単な3D画像が出来ていた。その後、3Dプリンターのモックを上海に届けると言う。でも、お互いにモックを見ながら話す方が確実で早いので、再度訪問。まぁ、これは極端な例だが、これに近い事は中国では良くある話。

☆ホンダとニッサンが交渉決裂したが、ホンダの言っている事はよくわかる。今後どうなるのか知らんけど、上海でも日本車が激減したのは街を歩いていればよくわかるが、日本車のレクサスはよく見るけどね。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

扉の内側ロック

2025-02-14 | 写真日記

中国の昔ながらのロック方法

 

最近中国では見かけなくなったドアの内側のロック。このロック方法は、中国の地方へ行けばまだ残っているのだろうが、久しぶりに見たのは昨年の事。9年ほど前に広東省の潮州で見た古い民家の門は極端に狭く、門の中に入ると目の前の正面に壁があり直進出来ない造りになっていた。これは、家が造られた当時は、海賊や倭寇(後期倭寇なので日本人倭寇ではない)の侵略に備えて正面突破されない工夫の名残。建築物を見る時に外観だけでなく、細部まで良く見ていると、その地域の時代によって様々な工夫が見て取れるのが面白い。

☆ハンガリーで、日本人女性が殺害されたニュース。その日本人女性は、現地の警察と日本大使館に二度も助けを求めていたようだが、結局最悪な結果に。このハンガリーの日本大使館の対応は、ハーグ条約の規約に沿った対応だと思うが、あまりにも杓子定規な対応だった事はよくあり過ぎる話。まぁ、全ての日本大使館や領事館のスタッフが同じだと思わないが、その担当者がどんな奴だったのかが問題だ。もちろん国際法を守るのは大事だが、臨機応変という対応が相当欠如しているのと、前例があるなしで決める奴が多く、何事も保身第一で波風を立てない予定調和な狭い世界しか知らない日本の役人の生き方は、ある意味日本の役人のスタンダードだと思って接した方がイイね。そんな奴は、「面倒を起こしたくないんだよ脳」が出来上がっているんだよ、アイツらは。

では、こんなケースに遭遇したらどうするか。日本大使館に何度か通ってダメだったら、次に夫(犯人)の国籍のアイルランド大使館へ駆け込む方法もある。その後、アイルランド大使館から日本大使館に要請してもらう方法もあると私は思う。それでもダメなら、アメリカかフランス大使館に駆け込み全てを話す方法もある。こんな事をしたら、日本の大使館はメンツ丸潰れだが、このぐらいの事をしないと日本の役人は動かないよ。

☆昨年中国で起きた事件の時に掲載した同様の話→コレ。 この中国での件に関して、日本ではマスコミが延々と大騒ぎしたが、こんな事は世界中で起きているし日本も似たようなもの。そんな事を思うと、銃社会が当たり前のアメリカが一番怖い。今のマスコミは、日本に住んでいるお茶の間の日本人が興味を引くように報道されているからね。事件とは関係なく実際に自分で行ってみたら、全然違うなんて事はいっぱいあるんだよ。私の親しい友人は、それを理解している人がほとんどだが、そうでない人と会うと分かりやすく話しても理解されず誤解曲解が生まれるのでなるべく避けている。マスコミにもそんな奴が結構多いが、そんな奴を私はマスゴミに指定している。付き合う人を間違えると、ドツボに落ちるのは自分なので、私は嫌われて結構。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

成都の公園で

2025-02-12 | 写真日記

成都の市場横の公園で

 

中国の公園へ行けば今も見る事だ出来る風景だが、お勧めは早朝。日本に事務所があった頃に日本のカメラ雑誌で、カメラやレンズメーカーの作例を上海で撮っていた頃は、朝の魯迅公園で出会う人達には大変お世話になった。前世紀から一番通ったのは、虹口区の定宿から歩いて数分の場所に今もある魯迅公園だった。この公園の横には、旧内山書店跡地もあり周辺は日本の過去の痕跡が多く残っている場所。

こんな風景を撮る時は、撮りたいアングルを決めたらカメラを首から下げ最低でも10分ほど佇み傍観者になる事が大事。つまり周囲の人に溶け込む事ね。そして、何度か通い地元の人と話をして信頼されるようになれば、様々な人や普通では入れない特別な場所などを紹介してくれる。これって、世界中何処でも同じ何だけどね。何事も、ブレない個と信頼とコネ。

☆2004年に、上海の新聞記事で撮影した租界時代の古い建物は旧医療品製造会社だった。そのオーナーは、上海の屠畜場(19参Ⅲ老場坊)だった建物のオーナーでもあった。当時本来は入れない場所だが、この建物を今後どう活用したいかオーナーが知恵を貸してくれという事で、特別にスタッフ全員を中へ入れてくれた。この屠畜場は、先の大戦で一時期日本軍が摂取し一階にはトーチカもあったが、その後撤去。現在の19参Ⅲ老場坊の過去はこのサイトが詳しい。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こんな立派な鯛を初めて見た

2025-02-10 | 写真日記

横綱昇進伝達式で

 

相撲でおめでたい時に必ず出てくるのが鯛だが、今回はそれを初めて間近で見た。鯛の肉の盛り上がり方を見ると天然物に間違いないが、何だか今の豊昇龍を見ているようだ。

以前日本で、鯛の刺身を中国人に食わせた事があるが、彼らには淡白すぎる味が分からないようで、醤油をどっぷりとかけて食っていたのを思い出す。これは、ふぐ刺しも同じ反応だった。で、私は上海で一度と紹興で一度ふぐを食った事があるが、紹興で食ったフグはグラグラ煮立った土鍋に様々な香辛料が入っていたフグ鍋だった。でもね、彼らは美味いと言って食っていたが、私にとってはただの香辛料ごった煮鍋。美味いかと聞かれたので、日本とは違う食べ方だねと答えた。

多くの中国人の味覚は、日本の淡白な味を理解する人は今でも極少数だと思った方が良い。そんな事もあり、中国人を接待する時は脂身の多い魚や和牛が良い。マグロであれば、中トロや大トロで赤身好きは私が知る限り極少数。中国人が一番好きな魚はサーモンというのはよく分かる。で、刺身であれば醤油べったりが彼らの食い方。私が知る限り中国料理で一番あっさりとした味は、広東省の潮州料理かな。

☆昨年の12月に行った四川省の成都市に住む若い人が私に言ったのは、広東料理は甘過ぎて食えないと言っていたのを思い出す。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明治神宮の鳥居をくぐると

2025-02-08 | 写真日記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一月三十一日の午後一時過ぎに明治神宮の鳥居をくぐると、樹々から発するフィトンチットの香りで神聖な気持ちに。鳥居の前でカメラを構えているとインド人から話しかけられ、"この明治神宮を回るにはどのくらい時間がかかるの"と聞かれたので、あなたに興味があれば何時間でもいられるよと答えた。このインド人は、短時間で様々な日本を動画で記録したいタイプの訪日外国人だったようだ。今の時期の午後1時過ぎは季節的に太陽の位置が低く、樹々から漏れる木漏れ日がとても美しい。あの酒樽を右手に見ながらプレス受付の西神門へ向かい、21番目のプレスパスを受け取った。

明治神宮の鳥居を最後にくぐったのは前世紀の事なので、何だか新鮮。この日は土俵入りの撮影が目的だったが、今度ゆっくりと訪れたいなと思った。今の時期だと午後の晴れた日が良さそう。木漏れ日の美は、日本美とも言える。

 

☆ニュースを観ていると、ラーメンや餃子の消費量で各都道府県が日本一を競って一喜一憂しているようだね。まぁ、頑張ってくださいね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする