2月10日付 産経新聞より
国民の「いのち」への背信 桜井よしこ氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100211/plc1002110255005-n1.htm
鳩山由紀夫首相の保護者的存在である小沢一郎幹事長は『日本改造論』(講談社)でこう書いた。
「国民の豊かで安定した生活の前提になるのは、国家の安全である」
首相が施政方針演説で連呼した「いのち」を守るにも、国家の安全が担保されていなければならない。日本の安全保障の基盤が現在、日米安保体制にあることは両氏とも認める点だ。だが、日米安保体制を揺るがしている普天間飛行場移設問題での言動は、両氏ともに自らの言説に反している。
小沢氏は名護市辺野古への移転について、「あの美しい海を埋めるのか」と、反対ととれるコメントをしたとされる。首相は国外、県外、県内と迷走して、過去13年の日米折衝を水泡に帰さしめた。民主党の方針転換が1月24日の名護市長選に反映され、移転反対を公約した稲嶺進氏が当選したのは周知のとおりだ。
私は丁度(ちょうど)、その日、与那国島の取材を終えて石垣島にいた。そこでの取材で、昨年4月、石垣島で「非常事態」が宣言されていたという驚くべきことを知った。
発端は在日米海軍が昨年4月1日から3日まで、掃海艦2隻を石垣港に寄港させたいと通知したことだった。米艦船の寄港は日米地位協定で認められているのだが、「八重山地区労働組合協議会」「九条の会やえやま」「いしがき女性九条の会」など8団体を先頭に反対の声が起きた。
大浜長照(ながてる)市長も「子供たちに強い恐怖を与える」「寄港は平和行政と相いれず、内政干渉」だとして強く反対、拒否回答をした。
地元紙の「八重山毎日」は3月18日付の社説、「米艦船は来ないで!」で、米艦船を「招かざる迷惑な客」と位置づけ、米艦船の寄港を「果たして台湾や中国などがどう受け止めるか」と問うた。
石垣島の鼻先の日本の領海を中国の潜水艦が侵犯したのは平成16年11月だった。当時、石垣市もしくは大浜市長が、中国に抗議したとは、私は寡聞にして知らない。彼らは沖縄(日本)への軍事的脅威をもたらし続ける中国に的外れの配慮をし、同盟国の掃海艦入港の「危険」を煽(あお)りたてたのだ。
さらに、寄港予定日が近づいた4月1日、市長は「非常事態宣言をして対応せざるを得ない」と述べ、3日に延期された寄港に際して本当に非常事態を宣言した。その法的根拠は不明だが、非常事態宣言は地元紙とラジオを通じ大々的に報道された。反対派の組織した「約300人のデモ隊」が港を封鎖しケビン・メア総領事らを7時間半にわたって封じ込めたのだ。
驚くべき倒錯である。日本の安全保障に、米中両国が持つ意味も、両者の違いはなにかも見えていない。八重山諸島のなかでも革新勢力が強いといわれる石垣島の、これが実態である。それにしても、同島にこの異常反応をひき起こした体質と鳩山政権の安保政策には、共通点がある。
首相は、日本にはかり知れない影響を及ぼす米中のどちらに関しても、実像を把握していない。物事を自身の甘い夢想という眼鏡を通してみるために、如何(いか)なる国の実態も見極められないのだ。
たとえば、首相がいたく感心した核なき世界の構築へ向けてのオバマ米大統領の努力の表明である。
大統領は、核のない世界は自分が生きている間に実現されるとは考えていないことを明らかにしており、それは米国における常識である。むしろウイリアム・ペリー、ジェームス・シュレジンジャーといった元国防長官らを筆頭とする国防戦略の専門家が指摘するのは、「世界が、核拡散が一気に進むティッピング・ポイントに達する危険」である。
人類がコントロール不能の核拡散に向かうのか、危うく踏みとどまって核をコントロールできるのか、岐路となるのがイランに核保有を思いとどまらせられるか否かだともみられている。
折しもイランは2月8日、従来製造してきた3・5%の低濃縮ウランを濃縮度20%に上げて自力製造すると発表した。イランはこれまで、ウラン採掘から濃縮まで、一連の施設を、複数個所で整備してきた。
イランの動きをオバマ大統領は「核兵器追求の表れ」として非難し、新たな制裁に入る構えである。フランス、ロシアが米国と共同歩調をとろうとしているのに対し、中国は消極的だ。イランだけでなく、北朝鮮の核開発に対する制裁にも、中国は常に消極的である。
中国自身、オバマ大統領の核なき世界への希望表明には一言もふれることなく、核兵器の近代化と拡大に邁進(まいしん)するばかりだ。台湾を睨(にら)んだ核弾頭搭載可能な短距離ミサイルが1400基余りも配備され、年ごとに100基ずつ増えているのは周知で、これらはいつでも沖縄に向けることができる。沖縄こそ、日米安保体制の物理的中心地であれば、その脅威は日本にとって極めて切実だ。
ロシアも、通常戦力の劣化ゆえにむしろ核への依存度を高めている。米国でも、「核戦略態勢の見直し」によって「信頼できる核弾頭の入れ替え」計画へのステルス技術の応用の議論が見込まれる(「核の無秩序体制」グラハム・アリソン、「フォーリンアフェアーズ」2010年1~2月号)。
オバマ大統領の非核世界に向けての努力宣言とは正反対に、現実世界では核の近代化と拡大化が猛烈に進みつつあるのだ。
北朝鮮が核保有国となり、イランが9番目の核保有国となるとき、まず中東諸国を中心に核拡散が起きる可能性は否定できない。核は一気に拡散する危険性がある。
そうした危険な潮流へと世界を誘い込みかねないのが、中国の、北朝鮮、イランに対する支援政策である。
国民のいのちと安定した生活を守るには、したがって中国にきちんと物を言うことが必要である。同時に、当面日本が切実に必要とする日米安保体制の緊密化のために、普天間飛行場移設問題をどのように解決するのか、首相はいたずらに5月末まで待つのでなく、国民に説明する責任がある。中国に物を言えず、日米安保体制の重要事に関する説明責任は不履行というのでは、国民の「いのち」への背信であろう。
国民の「いのち」への背信 桜井よしこ氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100211/plc1002110255005-n1.htm
鳩山由紀夫首相の保護者的存在である小沢一郎幹事長は『日本改造論』(講談社)でこう書いた。
「国民の豊かで安定した生活の前提になるのは、国家の安全である」
首相が施政方針演説で連呼した「いのち」を守るにも、国家の安全が担保されていなければならない。日本の安全保障の基盤が現在、日米安保体制にあることは両氏とも認める点だ。だが、日米安保体制を揺るがしている普天間飛行場移設問題での言動は、両氏ともに自らの言説に反している。
小沢氏は名護市辺野古への移転について、「あの美しい海を埋めるのか」と、反対ととれるコメントをしたとされる。首相は国外、県外、県内と迷走して、過去13年の日米折衝を水泡に帰さしめた。民主党の方針転換が1月24日の名護市長選に反映され、移転反対を公約した稲嶺進氏が当選したのは周知のとおりだ。
私は丁度(ちょうど)、その日、与那国島の取材を終えて石垣島にいた。そこでの取材で、昨年4月、石垣島で「非常事態」が宣言されていたという驚くべきことを知った。
発端は在日米海軍が昨年4月1日から3日まで、掃海艦2隻を石垣港に寄港させたいと通知したことだった。米艦船の寄港は日米地位協定で認められているのだが、「八重山地区労働組合協議会」「九条の会やえやま」「いしがき女性九条の会」など8団体を先頭に反対の声が起きた。
大浜長照(ながてる)市長も「子供たちに強い恐怖を与える」「寄港は平和行政と相いれず、内政干渉」だとして強く反対、拒否回答をした。
地元紙の「八重山毎日」は3月18日付の社説、「米艦船は来ないで!」で、米艦船を「招かざる迷惑な客」と位置づけ、米艦船の寄港を「果たして台湾や中国などがどう受け止めるか」と問うた。
石垣島の鼻先の日本の領海を中国の潜水艦が侵犯したのは平成16年11月だった。当時、石垣市もしくは大浜市長が、中国に抗議したとは、私は寡聞にして知らない。彼らは沖縄(日本)への軍事的脅威をもたらし続ける中国に的外れの配慮をし、同盟国の掃海艦入港の「危険」を煽(あお)りたてたのだ。
さらに、寄港予定日が近づいた4月1日、市長は「非常事態宣言をして対応せざるを得ない」と述べ、3日に延期された寄港に際して本当に非常事態を宣言した。その法的根拠は不明だが、非常事態宣言は地元紙とラジオを通じ大々的に報道された。反対派の組織した「約300人のデモ隊」が港を封鎖しケビン・メア総領事らを7時間半にわたって封じ込めたのだ。
驚くべき倒錯である。日本の安全保障に、米中両国が持つ意味も、両者の違いはなにかも見えていない。八重山諸島のなかでも革新勢力が強いといわれる石垣島の、これが実態である。それにしても、同島にこの異常反応をひき起こした体質と鳩山政権の安保政策には、共通点がある。
首相は、日本にはかり知れない影響を及ぼす米中のどちらに関しても、実像を把握していない。物事を自身の甘い夢想という眼鏡を通してみるために、如何(いか)なる国の実態も見極められないのだ。
たとえば、首相がいたく感心した核なき世界の構築へ向けてのオバマ米大統領の努力の表明である。
大統領は、核のない世界は自分が生きている間に実現されるとは考えていないことを明らかにしており、それは米国における常識である。むしろウイリアム・ペリー、ジェームス・シュレジンジャーといった元国防長官らを筆頭とする国防戦略の専門家が指摘するのは、「世界が、核拡散が一気に進むティッピング・ポイントに達する危険」である。
人類がコントロール不能の核拡散に向かうのか、危うく踏みとどまって核をコントロールできるのか、岐路となるのがイランに核保有を思いとどまらせられるか否かだともみられている。
折しもイランは2月8日、従来製造してきた3・5%の低濃縮ウランを濃縮度20%に上げて自力製造すると発表した。イランはこれまで、ウラン採掘から濃縮まで、一連の施設を、複数個所で整備してきた。
イランの動きをオバマ大統領は「核兵器追求の表れ」として非難し、新たな制裁に入る構えである。フランス、ロシアが米国と共同歩調をとろうとしているのに対し、中国は消極的だ。イランだけでなく、北朝鮮の核開発に対する制裁にも、中国は常に消極的である。
中国自身、オバマ大統領の核なき世界への希望表明には一言もふれることなく、核兵器の近代化と拡大に邁進(まいしん)するばかりだ。台湾を睨(にら)んだ核弾頭搭載可能な短距離ミサイルが1400基余りも配備され、年ごとに100基ずつ増えているのは周知で、これらはいつでも沖縄に向けることができる。沖縄こそ、日米安保体制の物理的中心地であれば、その脅威は日本にとって極めて切実だ。
ロシアも、通常戦力の劣化ゆえにむしろ核への依存度を高めている。米国でも、「核戦略態勢の見直し」によって「信頼できる核弾頭の入れ替え」計画へのステルス技術の応用の議論が見込まれる(「核の無秩序体制」グラハム・アリソン、「フォーリンアフェアーズ」2010年1~2月号)。
オバマ大統領の非核世界に向けての努力宣言とは正反対に、現実世界では核の近代化と拡大化が猛烈に進みつつあるのだ。
北朝鮮が核保有国となり、イランが9番目の核保有国となるとき、まず中東諸国を中心に核拡散が起きる可能性は否定できない。核は一気に拡散する危険性がある。
そうした危険な潮流へと世界を誘い込みかねないのが、中国の、北朝鮮、イランに対する支援政策である。
国民のいのちと安定した生活を守るには、したがって中国にきちんと物を言うことが必要である。同時に、当面日本が切実に必要とする日米安保体制の緊密化のために、普天間飛行場移設問題をどのように解決するのか、首相はいたずらに5月末まで待つのでなく、国民に説明する責任がある。中国に物を言えず、日米安保体制の重要事に関する説明責任は不履行というのでは、国民の「いのち」への背信であろう。