今回ご紹介するのは「バッテリーⅢ」(著:あさのあつこ)です。
-----内容-----
「おれが、おまえにとってたったひとりの最高のキャッチャーだって心底わからせてやる」
3年部員が引き起こした事件によって活動停止になっていた野球部。
その処分明け、紅白戦が行われるが、未だ残る校長の部に対する不信感を拭うため、監督の戸村は強豪校、横手との試合を組もうとする。
一方、巧と豪の堅かった絆に亀裂が入って!?
青波の視点から描かれた文庫だけの書き下ろし短編「樹下の少年」収録。
-----感想-----
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「バッテリーⅢ」の物語の始りは夏の終わり。
「バッテリーⅡ」の終盤で事件が起きたのは4月の終わりなので、そこから4ヶ月経っていました。
野球部は部活停止されたままです。
冒頭、原田巧と永倉豪は青波が出ている少年野球の試合を見に来ていました。
そこで巧は豪について色々考えていました。
どうやら豪の考えることがよく分からないようで、胸中で次のように述懐していました。
「豪という男はなかなかにやっかいな相手でもあった。どうもよくわからない。巧が考えもしないことを考え、心にちらっとも引っ掛からないことに悩む。そのくせ、誰もが眉をひそめる、巧の激しい気性をさらりと受け止めて、呑み込み、平然としている」
巧は常に不遜な態度ですが豪については内心驚かされているのだなと思いました。
また、この試合を一人で投げ抜いた新田スターズの関谷というピッチャーについて次のような感想を持っていました。
「その試合の間中、巧はフェンスにもたれていただけだ。どんな試合であろうと、戦っていたのは新田スターズのナインであり、巧はただの見物人にすぎなかった。本気で戦っている者を、戦いもせず傍観者でいた者が批判できるわけがない」
この「本気で戦っている者を、戦いもせず傍観者でいた者が批判できるわけがない」という巧の考えは印象的でした。
常に不遜な態度ではあっても、関谷を自分より格下のピッチャーだと馬鹿にしたりはせず、本気で戦っている人に敬意を表しています。
真紀子と洋三が話していて、二人とも巧に不安を感じている場面がありました。
真紀子は洋三に次のように語っていました。
「わたしね、自分の子にはごく普通の生き方をしてほしいの。ささやかな穏やかな生活って、大事じゃない。なのに、なんか巧は、わかんないのよ。あの子、なんでもないことに笑ったり、泣いたりして、それでもまあ楽しいなんて生き方、できるのかしら。なんか、あの子……普通じゃないでしょ」
真紀子は巧の傲岸不遜な性格では周りと上手くやっていけないのではないかと常に心配していて、以前も似たことを語っていたことがあります。
一方の洋三は胸中で次のように語っていました。
「あの子は、危ないーーふっと思い、震えるほど不安になることがある。あまりに早熟な才能は、枯れるのも早いかもしれない。自分に対する絶対的な自信は、それが傷つけられたら案外、脆いかもしれない。均されることのない突出した力は、潰そうとする圧力をも、また強く受けるはずだ」
洋三が巧の心配をしているとは意外でした。
また、洋三の場合は巧の絶対的な自信と突出した力が災いを招くのではと懸念していて、真紀子と視点は異なりながらも、巧が周りと上手くいかないのではと考えている点は同じです。
巧の性格は「バッテリー」のシリーズで常に問題点として浮かび上がっています。
野球部監督の戸村は校長から校長室に呼ばれ、9月から野球部の活動を再会して良いと許可を貰います。
そして戸村は活動停止の影響で夏の大会にも出られず引退していく三年生へのはなむけに全国大会ベスト4の強豪・横手ニ中との練習試合を熱望します。
事件を起こした三年生達の、聞くに堪えない本当の言葉を聞いた校長が絶句して野球部の活動再開を考え直さないといけないと言った時の巧の反応は印象的でした。
「なんで、そんなこと、あんたが決めるんだよ」
「俺達のやることを、なんで、勝手に決めるんだよ」
もう、いいかげんにしてほしい。許可だの禁止だの、そんな言葉ひとつで野球をいじくりまわされて、たまるもんか。グラウンドに立ってもいない者が、あそこでの風も匂いも時間も、緊張も歓喜も落胆も、何ひとつ知らない者が、おれたちから野球を取り上げることができるのか。そんなこと許されるわけがない。
巧はかなり怒っていました。
巧の怒りはもっともですが、これに対する校長の言葉は印象的でした。
「学校内にある部というのは、文化部、運動部を問わず、全て学校活動に組み入れられている。新田東中の野球部は、新田東中という中学校のものなんだよ。むろん、きみたちのものだ。けれど、きみたちだけのものじゃない。わかるね?きみらが他校と試合をする。そのとき、きみらは新田東中の名前を背負うわけだ。新田東の野球部は強い、新田東の野球部はりっぱだ、きちんとしている、礼儀を知っている……そういうふうにいつも、校名がついてまわるんだ。いいか、誤解してはいけないよ。きみらは野球部員だが、野球部を好きなようにできるわけじゃないんだ。学校の教育活動に属している。つまり、学校側の決定には、従わないとだめなんだ」
これは的を射た意見であり、巧よりも校長の言っていることのほうに分があります。
現実世界でもPL学園のように不祥事を起こした野球部が活動停止になっています。
強引に活動を続けたとしても周囲から「不祥事を起こしたのになぜ平然と活動を続けているんだ」という批判の声が上がるのは避けられないです。
「グラウンドに立ってもいない者が、あそこでの風も匂いも時間も、緊張も歓喜も落胆も、何ひとつ知らない者が、おれたちから野球を取り上げることができるのか。」という熱さだけでは越えられない壁があります。
ただしこの件では野球部キャプテンの三年生・海音寺や小町先生、監督の戸村が巧に加勢して校長に対抗します。
「今日、試合見てて、わたし、ほんとうに感激したんです」と言う小町先生に対し、「あなたは、感激屋なんですなあ」と校長が皮肉的に言った時の小町先生の返しは印象的でした。
「教師が、感激屋でなくなったら、おしまいやないですか」
また別の場面では、「教師が生徒に、ときめかなくなったらあきません」と言っていました。
たしかに生徒の成長を見守る教師は生徒が見せる勇姿に感激し、その成長に胸をときめかせてこその教師なのかも知れません。
やがて海音寺の秘策により全国大会ベスト4の強豪・横手ニ中の4番にして高校野球界も注目する三年生、門脇秀吾と対決する機会を得ます。
投げるのは巧で、この対決で門脇秀吾を倒せば中学野球界一の打者としてのプライドもある門脇が一年生ピッチャーにやられて黙っているはずはなく、リベンジに燃えて新田東中に対し正式に試合を申し込んでくるというのが海音寺の狙いでした。
しかしこの対決で巧は自身の本気の球を豪が捕れないのではと思って力を抑えて投げてしまい、豪はそれにショックを受けます。
そして同時に巧に対し物凄く怒っていました。
巧と豪のバッテリーに亀裂が入ってしまいます。
亀裂が入った状態でバッテリーとして100%の力が出せるのか、その先にある横手二中との試合の行方が気になるところでした。
どんな試合になるのか、四巻を楽しみにしています。
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