読書日和

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「明るい夜に出かけて」佐藤多佳子

2016-10-29 23:59:50 | 小説


今回ご紹介するのは「明るい夜に出かけて」(著:佐藤多佳子)です。

-----内容-----
青くない海の街、コンビニのバイト、ラジオリスナー、一年限定の「逃亡生活」……
夜の中で彼らは出会う、知らないのに知ってる奴、遠いようで近い人。
本屋大賞受賞作『一瞬の風になれ』著者がデビュー前から温めてきたイメージを結晶化させた書下ろし長篇。

-----感想-----
物語の冒頭の舞台は神奈川県の金沢八景駅からは少し遠く、関東学院大学の近くにあるコンビニ。
金沢八景駅は金沢シーサイドラインという海沿いを走る電車路線の駅です。
語り手は富山という20歳の大学生で、そのコンビニで深夜担当としてアルバイトをしています。
語りが口語調なのが特徴的で、口語調の小説を読むのが久しぶりだったのもあり最初は少し戸惑いました。
富山は接触恐怖症という病気で、ミミさんという近所のクラブで働く常連客がふとした拍子に肩に触れた際に突き飛ばしてしまいちょっとした騒ぎになる場面がありました。
副店長が駆けつけるのですが、その際、一緒にアルバイトをしていた鹿沢大介という23歳の男が富山をかばってくれ、さらにミミさんも見逃してくれ、大きな問題にはならずに済みます。

富山は「ある事件」があって大学に行けなくなったとありました。
大学を一年休学することにして、現在は家を出て高校時代からの友人、永川正光の紹介のもと、「ハイツみのだ」というアパートで一人暮らしをしています。
どんな事件があったのかが気になるところでした。

富山は深夜ラジオが好きで、よく聴いています。
特にアルコ&ピース(通称アルピー)というお笑いコンビがパーソナリティーを務める金曜深夜の番組、「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」が好きです。
かつては「職人」としてこのアルピーのオールナイトニッポンを始めとして色々なラジオ番組にネタを投稿していて、富山のラジオネームはリスナーの間でも有名だったことが永川との会話で明らかになります。
そして「ある事件」とはこのラジオの趣味とも関係していて、ネットで炎上事件が起き、富山のラジオネームや本名、学校名が晒されたとありました。
ツイッターもやっているのですがその炎上事件によってアカウントを削除することになり、現在は「#アルピーann」のハッシュタグに寄せられるラジオリスナーからの実況ツイートを見るためだけに作ったアカウントで、自分では何もつぶやかずにひっそりと実況ツイートを見ています。
実は富山は「トーキング・マン」という新たなラジオネームで職人に復帰しています。
ただそれは誰にも言っておらず極秘で、アルピーのラジオにだけネタメールを送る限定的な活動となっています。

6月になります。
富山と一緒に深夜アルバイトをしている鹿沢大介は「歌い手」として活動しています。
歌い手とはニコニコ動画やYoutubeなどのインターネットの動画配信サイトで自身が歌っている動画を投稿する人のことです。
鹿沢大介の歌い手としての名前は「だいちゃ」で、ニコニコ動画で活動しています。

ある日、深夜のコンビニにパジャマみたいなパウダーピンクのジャージの上下にスウェットのリュックを背負った怪しい雰囲気の背の小さな女の子がやってきて週刊少年ジャンプを一時間くらい立ち読みします。
雰囲気は幼く富山は「中学生?まさか小学生?」と思いながらその不審な人物の様子を見ていました。
やがてその不審な女がレジにやってきた時、富山は女のリュックに付いているバッジに目が留まります。
そのバッジは「カンバーバッヂ」という、アルコ&ピースのオールナイトニッポンのノベルティ・グッズでした。
ノベルティ・グッズは番組の投稿ネタからパーソナリティが「最高」と思った人にあげるプレゼントのことで、女のリュックにはカンバーバッヂが2個も付いていました。
つまり女もアルピーANNのリスナーでありしかもカンバーバッヂを二個もゲットする強豪職人だということです。
富山はカンバーバッヂを複数個ゲットした職人は二、三人しかいないことを脳裏に思い浮かべ、さらに神奈川県で該当する人物は一人しかいないことに思い至ります。
女に向けて「虹色ギャランドゥ?」と思い至ったラジオネームを口にする富山。
すると女は豪快な笑い顔になり、「ワタシを知っているおまえは誰だ?」と言ってきました。
富山が中学生か小学生かと予想した女は実際には高校二年生だということが明らかになります。
女はかなり特徴的な話し方をしていて、女が帰った後一部始終を見ていた鹿沢が接触恐怖症の富山に「女の子としゃべれたじゃないか」と声を掛けると、富山は「あれは女の子ではなくサイコ(ぶっ飛んでいる人という意味)だ!」と言っていました。

これを機に富山に親近感を持ったサイコ女は富山と話しに深夜のコンビニにやってくるようになります。
鹿沢ではなく怖い副店長とコンビを組んで業務している時に女が来た際には、喋っていると副店長に何を言われるか分からないため、富山は「すみませんが、お客様、仕事中なので、私的な会話はできません」と応対します。
しかし気を揉む富山をよそに女はとんでもないことを言っていました。
「おーっ、今日は、しゃべってると、あのハゲのオッサンに怒られるのか?」
これは当然副店長にも聞こえていて、富山は胸中でサイコ女に毒づいていました。

サイコって、日常的にもう少し内気な感じじゃねえのか?内向して偏向してヤバくねじ曲るんじゃないの?こんなストレートのアホのあけっぴろげの非常識なのも、アリなのか?

この富山の胸中の毒づきは面白かったです。
この頃には口語調の語りにも慣れ富山とサイコ女のギャグ的なやり取りを楽しく読んでいきました。
そんなアホ扱いされているサイコ女ですが、本名は佐古田愛といい、名門女子高に通う頭の良い子だということが明らかになります。

接触恐怖症、さらには炎上事件の引き金ともなった付き合っていた子との苦い記憶により、女性とほとんどまともに話せない富山ですが、佐古田とだけはまともに話すことができます。
常にパウダーピンクのジャージの上下の格好でさらに髪型もぼさぼさな佐古田を前に、富山はそれを何とかするべく、服屋と美容室に連れて行ったりして世話を焼いていました。

やがて富山は誰にも言っていなかった自身の今現在のラジオネーム「トーキング・マン」を佐古田に教えます。
誰にも言わない極秘での職人活動のはずだったのですが、佐古田とのラジオについての会話が富山の凍っている心を少し溶かしたようです。
ちなみに佐古田の新たなマッシュ・ショートの髪型は学校で好評だったらしく、そのことを富山に話していました。
「髪さあ、ガッコでほめられた。イケてる女が、かわいいじゃんって言ったぜ。イケてない女に、何があったのか小一時間問いつめられたぜ」
「ちょっとした知り合いの兄ちゃんに美容室に連行されて、みたいな話したけど、信じねえんだよ。家でも、オレの話、信じてくれねえの、誰も」
「虚言癖とか言われてるし、オレ。歩くモーソーとか。ないことないこと言うから」

頻繁に深夜のコンビニに来る佐古田に対し、富山は佐古田がなぜ深夜に来るのか、家の人に怒られないのかと気にしていました。
私ももしかすると学校や家で何かあるのかも知れないと思いました。
深夜のコンビニで富山と佐古田が金曜日のラジオ「アルピーANN」についてよく話していることから、鹿沢もこの番組に興味を持ち、「へーえ。一度聴いてみようかな」と言っていました。
番組に送るネタについても「金曜日のラジオで、君のそういうネタが聴けるの?」と興味を示していて、富山は佐古田にラジオネームを教えたことを後悔していました。

俺は佐古田にラジオネームを教えてしまったことを、心の底から後悔していた。真の名前を知られてはいけないのだ。おまけに、俺には過去に封印したもう一つの真の名がある。こっち、永川が知っている。

佐古田の性格では口止めしない限り聞かれたら答えてしまうのが目に見えていて、富山の今のラジオネームはあっさり鹿沢に知られてしまいます。
また永川がコンビニに来た際に佐古田もいて、そこで永川が富山は今は引退しているもののかつては凄い職人だったこと、フルネームは富山一志と言うことなど
、色々なことをペラペラと喋っていました。
富山が絶対に秘密にしておきたかったことがじわりじわりと広まり始めているのが気になるところでした。
富山、鹿沢、佐古田、永川の四人はラインでグループを組み、コンビニを舞台に縁がつながったこの四人で交流していくことになります。

佐古田は高校ではパフォーマンス同好会に入っています。
10月になり、佐古田の高校で文化祭が開催され、女子が苦手な富山は嫌がりながらも何だかんだで来てしまいます。
パフォーマンス同好会が劇の公演をやるので見に来ました。
作、演出、主演は佐古田で劇のタイトルは「明るい夜に出かけて」。
小説のタイトルがここで出てきました。
富山は佐古田の多才ぶりに驚くとともに、劇からどこか胸に迫るものを感じ取っていました。
この文化祭の日はかなり印象的で、劇の後には富山のかつてのラジオネームが明らかになります。
そして炎上事件についての話題にもなり、それについて佐古田が心に響く良いことを言っていました。

高二なのに。年下なのに。サイコ娘なのに。いつもは無茶苦茶なのに。俺より、ずっと大人。なんか悔しい。
序盤でアホ女扱いした時の胸中の毒づきとの対比が印象的でした。

富山は鹿沢から作曲した曲の歌詞を書いてくれないかと頼まれます。
そして歌詞も書け2月になったある日、鹿沢がニコニコ動画の生放送でついに歌います。
曲のタイトルはこちらも劇と同じく「明るい夜に出かけて」。
この生放送の後、富山と佐古田が夜の海辺の景色を眺めながら交わした会話はかなり良かったです。
その後も3月の改編期を迎えて「アルピーANN」は打ち切りにならず生き残ることができるのか、休学中の富山はどうするのかなど物語は続きますが、私的には夜の海辺の景色を眺めながらの二人の会話が最大の名場面だったと思います。

この小説の一つ前に読んだのが素晴らしい文章表現力の高さを持つ綿矢りささんの「手のひらの京」だったため、さすがに純粋な文章表現力では差があるなと思いました。
ただし佐藤多佳子さんは作品全体での物語構成の上手さがあり、さすが本屋大賞受賞作家さんだと思います。
深夜のコンビニと深夜のラジオがきっかけで人と人がつながっていく面白い青春小説でした


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