コネリンのイージーライフ”テキサス”編

テキサス州は最南端ロックポートで、今度は色んなフィッシングにチャレンジな日々を綴ります🎵

テキサスに住んでいる我々

2019-05-30 03:02:36 | ライフスタイル
今の我々テキサスに住み移ってすでに4年目になる

このテキサス州でリタイア定住しようと決めたのは20年近くも前のこと(コネリン50歳位だったと思う) 当時は好き嫌いは別にして我々のような普通の人がサザンカリフォルニアでリタイアできるとは考えていなかった

カリフォルニアはハウジングも特に高い リビングコストもステートタックスまでもが高い 気候だけは最高であるのはわかっていたが 寒さ暑さはお金で買えると思ってもいた

そんな中 数年をかけてユタ州からアリゾナ 北はオレゴン ワシントン州まで見て回ったがすでにワシントン オレゴンはハウジングのブームであったためとても購入して何年も空き家にしておくのはもったいない気もして それだけではない まだコネリン若かったせいもあり無意識に寒いところを避けていたようにも思う かと言って夏になると110度から120度になるようなアリゾナ ネバダはとんでもない

こんな中 WEBで出てきたのがテキサス州 州のインカムタックスもないし65歳になればプロパティタックスもフリーズされ40%ほどカットされると聞いた ハウジングはカリフォルニアの3分の一ほど リビングコストもしかり とても安い

気候は激しいとは聞いていたが日本に似た四季もあり まぁ〜 ここが良いだろうと家を購入しておいた

この北テキサス 年に4〜5回は訪れていた 当時はカリフォルニアには無い暑さ寒さも楽しんでいた ただサンダーストームやトロネード警報は恐怖を感じたが隣近所に聞けば ”ティピカルな初夏の気候” なんてあまり気にしてもいないようでもあった

そして最終的にサザンカリフォルニアの家を手放しテキサスに移り住んだのが4年前 まったくの無収入でも計画どおりに蓄えだけで充分な生活ができた

その後は眼の手術などがありコネリンに少しの生活の変化 それに3エーカーあった大きな庭のメインテナンスにもしんどさがでてきた 

でも これって ”やってみたかったこと” なのである 広い庭でニワトリの放し飼い 家庭菜園などーーーーー

それに近所の人びとの”人の良さ” 最初はすべてが新鮮であったのを覚えている

しかし数年も経てばテキサス州 テキサス人間も少しずつわかるようになってきた まっ 言ってみれば日本でも東京人 大阪人 九州に住む人々とそれぞれ良い人なんだろうがそこに住む人々の”気質”みたいなものがある

コネリン 最初はテキサス人に溶け込もうと努力もしたがどうも馴染めない どうもテキサス人は裕福な人もそうでない人も都会人では無いような気がする

最近ではコネリン 開き直り ”カリフォルニアン リビング イン テキサス” と周りに平気で言えるようになってきた

  (これって スティングの歌の題名 イングリッシュマン リビング イン ニューヨークからもじっている)



長くなった 結論を言えばテキサスがわかってくればくるほどテキサスが嫌いになってきている

しかし 我々にとってこのテキサス以上 快適にリタイア生活できるところが無いのも知っている 

リタイアとは ”好き嫌い” で選ぶべきでないのも知っている 

今の我々 好きでなくなったこの南テキサスで快適に楽しく生活している 向こう何年もここで楽しく過ごすつもりである

   矛盾しているようであるが ”好き嫌い” で物事を判断しない 何が”ベスト”なのかで考え行動をする



このカクテル ”オーシャンブリーズ” メモリアルデーのパーティーに近所の人びとに振る舞い

かなり評判が良かった ブルークラカオの色がきれい


      





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我が家 最近のカクテル

2019-05-23 03:49:37 | ライフスタイル
以前からとも子が ”モヒート” なるカクテルを試してみたいと言っていた

モヒートのベースはラムに”ミント”である ミントの香りはコネリンにとって”歯磨き粉”以外になにものでもない
正直言って食い物やドリンクにミントの香りのあるものはとんでもないと思っていたし思っている

毎回サンアントニオのリカーストア(トータルワイン)にコネリンのスコッチやウォッカなど買いに行ってもとも子の言うモヒートミックスなどは聞いているふりをして何気なく無視していた

先週もトータルワインで店内を見て他のカクテルミックス(クラカオ アップルマティー二 ブルーベリーなど)は購入したがさり気なくモヒートを無視してキャッシャーに向かっていた 

ところが再度 ”モヒート” と言う 仕方なくまぁ〜いいかっと思ってそのコーナーに戻り一本掴んで買うことにーーーーーー


その夕方自宅に戻りさっそく試そうということになり 白ラムこそないがバカーディのゴールドはある

ミントは庭から摘んできた ライムはある さっそく割合通りにカクテルができた

一口 飲んで見る これが意外にも口の中でミントの香りとライムが調和 なんとも爽やかである あまりにも美味しいのである

横を見るととも子の顔が ”やった!!” ってな表情


  



いくら頑固なコネリンでも これだけはほんとにウマイと思ったし苦笑いをしながらこれからはこのカクテル我家の定番になることは間違いないと思った


その他 昔からアップルマティーニは定番


     

これからは夏も本番 蒸し暑い日のハッピーアワーの最初の一盃はいろんなカクテルでスタートする

ただ美味しいカクテルにはシロップとかシュガーが入る 美味しいからっと言って二杯目はいけない 一つだけにしとく


このところありがたいことに魚がよく釣れている ヒラメやトラウト それに稀にレッドドラム
これらをなんとか飽きないように大事に食うわけだがなんとも魚 毎回刺し身ばかりではレシピに乏しい

数日前にはWEBで”白身魚の南蛮漬け”にとも子が挑戦

トラウトを片栗粉でまぶし揚げて写真のようにオニオンスライスを一緒に入れ南蛮酢を作り冷たくして食った
これまたなんともさっぱりして美味かった!!!


 




いやぁ〜 なんですね〜〜 我々 毎日食うことしか頭にないかのように生活している それも海からのギフトで楽しんでいる

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ヒラメのギギング

2019-05-19 03:48:00 | フィッシング
この南テキサスのもう一つのフィッシングは何と言っても日が暮れてからの”Gigging"

ギギングとは水中ライト片手に”ヤス”で浅瀬を歩いて砂や泥の中に隠れているヒラメを見つけ”突く”って言う


 





このギギング 水面から見るわけだから気象条件が揃わないとまずヒラメを見つけることができない
水面に波があれば揺れて?底が見えないし水に濁りがあればこれまた見えない っとまぁ〜 限られた条件の中でのフィッシングである それによほど慣れてこないとヒラメのシェイプを見つけることができない

数日前からコネリンは昼間 ヒラメが釣れている それに数匹を手元にリールインしていたのにも関わらず逃してもいた ヒラメがいるのは明らかであった

そこで2日前にギギングを計画 当日の天気予報では風は5〜6ノット 浅瀬であれば見えるだろうと早朝3時に家から2マイルほどのポイントに出かけた 
到着すると予報とはぜんぜん違う10ノットの風 それも沖から岸に吹くSWの風 少し沖ではホワイトキャップまで見られる

諦め気味でライトだけ持って水に入ってみる 2フィートの深さになるとまったく底が見えなかったが1フィートのところであればなんとか見えた そこで散歩がてらと思い準備をしてギギング開始

最初の30分ほどは何も見つけることができなかったが帰り際に少し入江になっているところに入り最初の一匹を見つけ突く それを取り入れ2〜3歩進んだところでもう一匹が目だけだして隠れていた っとまたこれまたブスリ

最終的には45分ほどで3匹 大きさも18インチが二匹17インチが一匹と まぁ〜 こんな条件では最高と自己満足

PS: コツとしてはヒラメの顔のすぐ後ろを突く ここにはナーヴがあり一瞬であるとペラノイズさせることができる 胴体をついてしまうと身が柔らかいせいもありヤスが抜けることが多い 傷つけて逃してしまうことになる 写真でわかると思うが身には一切傷がなくエラの後ろに小さく突いたあとがあるだけである そこがヒラメの急所







実は次の明け方も”二匹目のドジョウ”を狙ってみたが更に強風14〜15ノットということもあり一匹のヒラメを見つけることができなかった

そしてさっそく”ヒラメの煮付け” このレシピーはとも子が日本から持ってきた40数年前弱の料理本から
なんともシンプルで美味かった

    
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普通(日常)が楽しい

2019-05-15 01:59:21 | ライフスタイル
よくあるケースだがリタイアすると同時に あたかも待ってましたがごとく旅行 クルーズなどの計画をしたり新車などの購入を計画する

これはたぶん惡いことではないと思うが ”時間ができること” は ”収入が増えること” ではない 収入は良くして働いていたときと同等 もしくは多少の減少であろう

時間的余裕ができれば何かをしたくなるのも当然であろう それが今までできなかった旅行などでもある 当然楽しむべきだと思う

しかし周りを見ているとリタイア後 遊び慣れていないと数年で”退屈”に見舞われる 更にエキサイティングなことを求めればそれなりの費用もかかるだろうし それに流動性インカムがなければリタイア当時の計算されたフィックスインカムではインフレーションについていけないためジリ貧を味わうことになる まっ 特別裕福層はまったく別問題であるがーーーー

このコミュニティーに引っ越してきたのは昨年の8月 特に親しくしている10件ほどのリタイアご夫婦 もしくはセミリタイアご夫婦 60歳から70歳ほどの人びと ほとんど毎日の親睦ハッピーアワーなど楽しんでいる

それに何かのイベントでもあればすぐにパーティー ほんと 楽しんでいる っというより最近では 今しかない 先が無いかのごとく”はしゃいでいる” かのように見え始めた

確かにこの8ヶ月で3〜4回ほどのアンビュランスがここにきた 聞くところによると殆どの人が何らかの病気持ちとも言う

人生残り少ないと思っている人びとが楽しむのも当然のことであろう


しかし我々は少しシチュエーションが違う 我々二人共ありがたいことにこの先はわからないとは言うものの今のところ健康そのもの 彼らと一緒になってはしゃぐわけにはいかないことにこの最近気がついた

 我々には 年老いていくとは言え先が長い そうであれば5年先10年先の計画をすべきだとの最近のコネリン 考えにたどり着いた そして”日常”を楽しもうとも 

ファイナンシャルも今年に入ってから特にコンサバティブにボンドを増やし続けていたが すでに充分 再度ストックのパーセンテージを増やし今まで通りの投資を楽しむことにもした

 いつも思い出すのが スコッチ ジョニーウォーカーのギフトのグラスに書いてある ”Keep Walking" この言葉 好きですね


考えが決まると自然と微笑むことができるようになるから不思議でとも子の作る毎日の食事も嬉しいし 二人でのこれまた毎日のハッピーアワーも今まで通り

毎朝のビーチでの散歩兼フィッシング 雨の日でも風の日でも出かけている なんの特別なことをしなくっても楽しめる

魚も釣れ始めたしねっ

そうそう 昨日のリトルベイでのウェイディング ヒラメ狙いで行ったのだがラッキーなことにここでの一番のゲームフィッシュ レッドドラムも釣れた(写真を撮ったあとレッドは知り合いのシティーワーカーに差し上げた)

この3日連続でヒラメは毎日 ヒラメ三昧なのである

こんな日常を楽しまない手はないーーーーーーーーーー   普通が楽しい!!




   

レッドフィッシュ(レッドドラム) 非常に引きが強い この21インチのサイズですらリールインするまでに20分かかった ヒラメもけっこう暴れる 手元まで引き寄せたのにも関わらず数匹逃している

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自分の人生への不満

2019-05-09 02:41:09 | ライフスタイル
小さいものでもないかと考えるが ”何もない”

アメリカには20代後半に日本の商社から派遣されてきて数年後にその会社が倒産 数年過ごしたこのアメリカでの自由さ 奔放さにすでにかなり感化され永住を決めた

それからというものは就職しようにも日本での学歴も職業経験も一切このアメリカでは通用せず30歳近くにもなっていたにも関わらずまともな職につけなかった ”食う” ためにだけのアルバイト的な仕事ばかりであった 当然たくさんの人びとが夢見る人生構成 結婚などは絶対できないと思っていたし まずコネリン今でもそうだが”責任感”というものは殆ど無い

まっ 能天気とでも言おうか辛いと感じたことも無かったけどね

しかし30過ぎにとも子と知り合ってからは少しの変化 当時恋愛してたとは思わないが一人でいるよりかはいいかっなって思って しかし月日が経つうちに情も出て来た お互い何もわかっていないまま生活が始まっていた

ただ無言の約束のもと 子供は絶対に作らないということ 当時コネリン文無し とも子はまだ美容留学生 自分たちが食うだけで精一杯 とてもまともな家庭設計など考えられなかった アクシデントはあったものの何もなかったことの如く済ませた

コネリン 愛情と言うものに子供の頃から薄かったせいかよくわかっていなかったが ”ものを大事にする” ということはわかっていたようだ

それからって言うものは それこそ人生なんとかしなくっちゃぁ〜 と言うような感じで 数年 朝は6時から日本の運送屋で事務員さん 2時に終わってテニスのインストラクター 夜は日本食レストランでキッチンヘルパー と働いたね

その後はトーレンスに最初の家 これがまたぼろ屋 家の中のドアも満足に閉まらない しかしこの家が2年半で3倍弱の値上がり

これがすべてのきっかけになった  まっこれ以後の ”人の上手くいったストーリー” などはどうでも良いだろうからこれで終わり



さて話は変わってアメリカのコネリンが少しだけ知っているシステム

まずソーシャルセキュリティー これはミニマムでも10年間収めると65歳からのメディケアと62歳からスタートするリタイアメントが認められる

しかしこのソーシャルセキュリティー まずマキシマムでリタイアまで収めても(今日の金額は知らないが)まず飯が食える程度 それも世間一般のインフレーションには程遠い毎年のアジャストメント

よくあるケースではリタイアメント当時の計算方法では充分に生活できるほどあるのだが数年もするとインフレーションに追いつけずジリ貧になること間違いない

  フィックスインカムでは生活にいずれ支障をきたすこと インフレーションに対応できる流動性インカムを持つべきだと思う


医療システムのあり方

 これは”システム”に乗ればかなり満足な治療が受けられる 個人的には日本のシステムはよくわからないがアメリカの最新医療技術やプロフェッショナルな担当者たちで成り立っている

ドクターも麻酔師も看護婦ですらお互い手術当日顔を合わせるだけと言うような また病院の手術室 病室というファシリティーですら賃貸しである

コネリンの言う”システムに乗る”ということは まずホームドクターがどこに所属しているか知るべき (保険会社によりドクターが選べるものと選べない保険がある ただ選べないまでもドクターにインタビューして変えることができる)その後はそのホームドクターがどのような専門医を紹介するかにかかっている

 まっ コネリン的に言ってしまえばホームドクターっていうのはドクターというよりも”医療アドバイザー”であろう
そのHDがどのような横のつながりがあるかによると思う そう すべてが紹介 紹介で成り立っている

今のところコネリンは眼の手術しか受けたことがないが あとで聞くと眼球の奥に”ガスを注入し敗れた穴を塞ぐ”というその方法は日本ではまだないらしい


っとまぁ〜 個人的にはアメリカでの人生 全てに感謝する そして少し気をつけるだけですべてがうまくいく 何の不満もない!!! 最後に一番良かったのはとも子というミリオンダラーロットに当たったことだろう



釣ってきた魚のクッキング(写真が上手く撮れていない コネリンすでにいい気分であった スコッチ3杯まではいいんだが4杯目ともなるともうダメ)

シートラウトのレモンパセリのバター焼き 始めてであったがかなり美味かった

   




シートラウトのテクスチャーと味が白マグロに似ていることから”漬け”も作ってみた
これも変わらずいけた!!

   

   

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何もかもが”臆病がベース”になって考えていた”老後”

2019-05-04 00:57:11 | ライフスタイル
あまりにも情報過多なリタイアのあり方(特に老後のトラブル ファイナンシャル ミスシップ)を参考にし過ぎたためか それに数年前の眼の手術のせいか 何もかも臆病に考えるようになっていた

しかしよく考えるにコネリン今のところ何のトラブルもない 心配事はほとんど解決したはずでもある

健康にも何の障害もないし いつも心配している眼の手術後の視力も以前に近いほど回復している 最近ではPCを見るときもほとんどメガネ無しでも差し支えないほどまでに もちろん細かい字を読まなければいけないときには必要ですが

それにファイナンシャルも問題ないポートフォリオ これはコネリンの没後20年のとも子のファイナンシャルも含めてである

今のところ人生に何の不満も文句もない あの時こうしておいたらとか ああしておいたらとかも一切ない

もちろんアクシデントはあったが今は苦笑いでその時の判断は正しかったと自負もする

アクシデントとは30歳後半だったと思うがサンクレメンテに4軒の小さなアパートを築6ヶ月のものを家賃収入のために購入したことがある テナントはペンデルトンの軍に務める人びとで家賃の支払いも保証されていた

ところが購入後7〜8ヶ月で湾岸戦争が始まりテナントはすべてムーヴアウト オーシャンサイドの街もその時はまるでゴーストタウンのようになり殆どのビジネスが止まってしまった

テナントを入れようにも人がいないわけで入るわけがない またリアルターに相談し売りに出してみるも問い合わせすら無かった

毎月のモーゲージはあるしテナントも入らないし家賃収入もないまま3年弱持ち続けた
この間にミッションビエホの家を2件手放しモーゲージにあてた

そんな中ようやく買い手が現れたが売値を20%以上落としていたにもかかわらず頭金が足りないという そこで頭金までコネリンが融資をし手放したわけです

今考えるともっと他に選択技があったのでは? と思うがその時はそれでよかったとも思うし何の後悔もない あくまでアクシデントと考える

   まっ コネリン いつもおっちょこちょいでいつも一生懸命その時は考えるのだが まぁ〜〜 賢くない!!しいい加減なところもあるしーーー 今このように振り返れば30後半でそのような大きな損ができたのも楽しい?思い出でもあるしーーー


話が一つの思い出になってしまったが ”臆病がベース”になって考えていた老後 これはこれで今考えると良かったのではとも思う


さて これからどう生きようとこの一週間ほど考えてみた

答えは意外にも簡単なものにたどり着いた

 ”今まで通りに生活をすること”

今まで通りに節約も続けるしストック市場も楽しむ 過去も振り返らず明日を見続けるし身体も臆病になることなく動かし続ける まったり ノンビリなどコネリンには似合わないことにも改めて気がついた

 なんか読み直すとかっこよく聞こえるところもあるがこれが俺の本来の姿であろうと思う これで良い!!!!



さてこのところの毎日のフィッシング まだ天候も落ちつかずウェイディングは思うようにできないがピアーからの魚釣りは毎日してる そしてこのところ毎日釣れるようになってきた

面白いことにピアーからのフィッシングでコネリンのほうが数は釣るのだがキーパーがない とも子といえば1〜2匹しか釣れないのだがそれがキーパーのサイズ 5日連続負けていた

一昨日になるがようやくコネリン キーパーぎりぎりのサイズであったが ”ついにきたぞ これで名誉挽回” と思って横を見るととも子が竿を弓なりにして頑張っている 釣り上げてみるとコネリンのより1インチ以上も大きい またしても負けてしまったのである

 っとまぁ〜〜 ピアーでの釣りも楽しんでいる


昨日のトラウトはレモンとバターで姿焼きにでも 大き目なのは”漬け”にして食ってみようかなと思っている


   


そうそうサパーのこんな”バターチキン”も好きですね クリームもたっぷり入れて出来上がり これを”ナン”で食う
ナンはとも子の自家製 ヨーグルトがいっぱい入っていて焼いているときでも良い匂い


 


 




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