なんでも内科診療日誌

とりあえず何でも診ている内科の診療記録

急性肺炎

2024年10月31日 | 呼吸器疾患

 10月29日(火)の午前8時過ぎに車で病院に来ると、ちょうど救急車が搬入されるところだった。前日の当直は整形外科医で、転倒・骨折なのかと思ったが、後で確認すると肺炎だった。

 患者さんは当院に血液透析で通院している70歳代前半の男性だった。朝に入浴したところ脱力で動けないという訴えでの救急要請だった。体温が38.5℃で(入浴後だが)、酸素飽和度も低下して酸素吸入(3L/分)で飽和度95%になっていた。

 肺炎疑いで胸部X線・CTが行われて、右中葉下葉にまたがる肺炎像があった。非区域性分布だと肺炎球菌肺炎が疑われる。

 午前8時前の救急搬入要請で、検査しているうちに内科医も透析医も出勤して来るので、受けやすい時間帯ではあった。透析医に引き継がれて入院となった。透析日だったので、透析終了後の入院・抗菌薬投与になった。

 

 透析後は血圧が変動しやすく、針跡からの細菌感染(シャント感染)を防ぐために、透析後の入浴はしないことになっている。(どうしてもの時も、シャワー浴程度に留める)

 透析前の朝風呂というのは指導の想定外なのかもしれない。患者さんとしては、透析後はできないので、透析前に入浴するということなのか。透析時の血圧変動に影響する可能性があると思われるが。

 

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肺炎の本

2024年10月30日 | 呼吸器疾患

 「診療所で診る市中肺炎」藤田次郎著(日本医事新報社)は、140ページの薄い本の中に肺炎診療をまとめている。日本医事新報社なので「診療所で診る」となっているが、「病院で診る」にも参考になる。

 画像は足りないし(胸部X線や胸部CTの本で補えばよい)、治療についても詳しくは記載していないが(治療メインの本ではない)、肺炎全体をおおざっぱに理解するにはいいと思う。

診療所で診る市中肺炎

 

 非専門医が見やすい肺炎そのものの本というのは意外に少ない。「肺炎診療」青島正大著(羊土社)、「jmed 60 最新侮れない肺炎に立ち向かう!」山本舜悟編著(日本医事新報社)、「亀田流 市中肺炎診療レクチャー」黒田浩一著(中外医学社)くらいしか思い当たらない。

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あなたも名医! 最新 侮れない肺炎に立ち向かう! ―非専門医のための肺炎診療指南書【電子版付き】(jmed60) (jmedmook)

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 患者数からみれば肺炎は圧倒的に多い疾患なので、もっと呼吸器内科の専門医が競って出してもいいと思う。

 「成人肺炎診療ガイドライン2024年」は会員限定で(購入は可)、呼吸器学会はclosedなのだった。循環器病学会のガイドラインは誰でも見られる。

 

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たぶん腸炎

2024年10月29日 | 消化器疾患

 10月28日(月)は内科再来を診ながら内科新患も診ていた。その日の内科外来に大学病院から来ている先生が、その日は12時で帰りたいというので新患が全部回ってきた。

 月曜日の再来は月曜日が祝日で休みになることがあるので、1.5から2週分の患者さんが入ることがある。その日も再来の数が多く、新患の患者さんはかなり待たせることになった。

 50歳男性が腹部膨満感と腹痛で受診した。前日の夕食はステーキのチェーン店でステーキ(牛肉と鶏肉、とサラダ)を食べていた。午後9時ごろから腹部膨満を感じて、そのうち腹痛が生じてきた。

 夜間は腹痛が断続的に続き、冷汗もあったという。普通は毎日排便があるが、その日はなかったそうだ。朝方になって排便・排ガスがあり、腹痛は軽減した。血便ではない。

 本人としては排便後に軽快したことから、便秘のための症状と思ったらしい。ただ1日くらいの便秘でこのような症状が出るのかと疑問にも思ったので、気になって受診したのだった。

 発熱はなく、バイタルも問題ない。腹部症状としては、やや違和感が残るくらいだった。腹部は平坦・軟で圧痛はない。腹部はぽっちゃりしていて、膨満感があるかと訊くと、いつもこのくらいの腹ですということだった。

 腹部単純X線では情報がないので、腹部単純CTで確認することにした。その後も再来と新患を診て時間がかかり、CTはずぐに終わったが、確認するまで大分待たせることになった。

 その間に軟便が数回出たという。水様便までではなく、泥状便だった。腹部症状はさらに改善していた。

 腹部CTでみると、CTで診る限りだが、特に異常はなかった。小腸の拡張・消化液貯留は目立たない。大腸は上行結腸から横行結腸にかけて水様便と思われる像があり、肛門側の便は便塊はなく軟便様だった。

 また数回泥状便の排出がありそうだ。ということはたぶん腸炎なのだろう。食事性だろうから、毒素型?。症状が軽快して、再受診にはならないので便培養の提出はしなかった。

 整腸剤と腹痛時の屯用薬’(アセトアミノフェン)のみ処方して、あと数回排便が続くと思います、と伝えた。好ましくはないが、お待たせしたために午前中いっぱい病院にいることになって、症状の推移をみることができたのだった。

 

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誤嚥性肺炎

2024年10月28日 | 呼吸器疾患

 10月24日(木)は皮膚科の先生が当直で、内科当番は当方だった。午後10時過ぎに連絡がきた。

 90歳代の男性が自宅で転倒して、前額部の切創と鼻出血で救急搬入されていた。軽度の外傷と思って受けたそうだ。

 搬入されると発熱と酸素飽和度の低下があり、胸部CTで両側肺炎があった。酸素吸入4L/分で酸素飽和度は94~95%になっているが、抗菌薬はスルバシリン(ABPC/SBT)でいいでしょうかという。点滴と抗菌薬の入力をお願いして、内科で入院にしてもらった。

 

 翌日に出勤して病棟に診に行った。酸素吸入3L/分で酸素飽和度は96~98%になっていた。開眼していて簡単な会話はできるようだ。同じく90歳代の妻と2人暮らしで、室内は何とか歩行器(シルバーカー)を使ってトイレまで行けるくらいのADLだった。

 聴覚言語療法士(ST)に嚥下評価をお願いしたが、少しむせるようで、来週また評価します、となった。(朝食が全粥刻み食で出されて、むせったのでやめたていた)

 介護保険申請はしていたが、要支援2ということだった。それだと認知症がなくて、ADLほとんど自立になるが、別居の家族は再申請をしようとしていたらしい。

 

 転倒して外傷として救急搬入される高齢者が最近目立つ。救急隊は軽度の外傷として搬入依頼してくるが、来て見ると発熱・酸素飽和度低下があって、転倒は感染症による体調不良の結果だったというパターンだ。

 救急隊としては軽度外傷は搬入依頼をしやすいかもしれない。救急車収容時には外傷が結果であることには気づいているのだろう。

 発熱・酸素飽和度低下といわれとる、皮膚科医は受けないこともある。翌朝の通常業務開始に近い時間帯だと(午前7時~8時半)、検査しているうちに内科が出勤して来るので受けているようだ。

 

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寝不足?

2024年10月27日 | 脳神経疾患

 10月23日(水)の昼前に、脳神経内科外来に脳出血後遺症で通院している60歳代後半の男性が、「頭がぼーっとする」という訴えて受診した。

 ふだん診ている非常勤の担当医は午前中だけなので、内科外来に回って来た。2~3日前から頭がぼーっとするという。仕事は大型トラックの運転をしていて、職場は隣県にある(住所は当地)。独身だが、同年配の知人の女性がいっしょにきていた(関係は詳しくは訊かなかった)。

 会話は普通にできるが、何となく反応が遅いように感じられる。見当識障害はない。歩行してもらうと特に問題はなかった。

 前日にトラックの左側のミラーをぶつけてしまったそうだ。また赤信号とわかっているのに、そのまま進行してしまったという。幸い事故には至らなかった。

 電柱が斜めに見えたともいうが、受診時にはなかった。複視や眼球運動の異常はなかった。頭痛、嘔気はない。

 会社から今日は休むようにいわれたという。寝不足はあったようだ。寝不足からの疲労とされたのだろうか。

 2018年に県内の別の地域にいた時に脳出血(左視床出血、軽度)を発症していた。右半身のしびれがあり、クロナゼパム0.5mg錠を3錠分3で内服していた(降圧薬はアムロジピン5mg1錠)。この薬は日中の活動に影響しないか気にはなった。

 頭部CTで脳出血はなかった。脳梗塞の精査に頭部MRIを行うことにしたが(脳腫瘍・脳炎の鑑別も含めて)、その日MRIは婦人科の造影2件などもあり混んでいた。実施は夕方になるという。朝食べないで来たというので、点滴と血液検査(異常なし)をした。病院の売店で食べ物を購入して食べていいことにした。

 あのガンガンとうるさい頭部MRIの最中に、放射線技師さんの表現では爆睡していて、これは寝不足じゃないですかといわれた。頭部MRIで新規の病変はなかった。翌10月24日も脳神経内科の外来(非常勤医)があったので、そこでも診察してもらうことにした。

 結局寝不足かもしれないということになったようだ。クロナエパムは漸減することになり、後はふだん診ている先生宛に経過をみて下さいとカルテ記載していた。

 

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マイコプラズマ肺炎のマクロライド耐性

2024年10月26日 | 呼吸器疾患

 2011~2012年の肺炎マイコプラズマの流行時には8割がマクロライド耐性だったが、その後は耐性率は低下しているそうだ。

(ほとんど忘れていたが、当方が感染症学会・化学療法学会に行っていた時期で、確かにマイコプラズマのマクロライド耐性のセッションがあった。)

 肺炎マイコプラズマはP1タンパク遺伝子の違いで、1型と2型があり、1型はマクロライド耐性遺伝子の保有率が高く、2型は耐性遺伝子保有率が低い。流行時は1型が多かったが、その後は2型が多くなったので、マクロライド耐性株の比率が低下した主因ということだった。なるほど。

 基本的に治療薬の第1選択はマクロライドで、アジスロマイシン(ジスロマック®)500mg1日1回を3日間あるいは2g/日を1日1回だけになる。クラリスロマイシンは200mgを1日2回朝夕になる。

 48~72時間で解熱しなければ、テトラサイクリン系のミノサイクリン(ミノマイシン®)1回100mgを1日2回、またはキノロン系のたとえばレボフロキサシン(クラビット®)500mg1日1回になる。投与日数はアジスロマイシン以外は7~10日間。

 マイコプラズマ学会から「肺炎マイコプラズマ肺炎の治療指針」2017年が出ていて閲覧できる。

 

 キノロンはマイコプラズマに耐性を誘導しやすい。テトラサイクリン系はマイコプラズマに対する耐性誘導が起こりにくい。

 テトラサイクリン系の使用経験のある実地臨床医は少なく、臨床研究も少なくエビデンスに乏しい、とある。当方は昔の医者なので、マイコプラズマ肺炎にミノマイシンは使い慣れていて効果も実感している。

 

 下の図はCareNetの倉原優先生の記事に載っていた。

 

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肺炎球菌肺炎の経過?

2024年10月25日 | 呼吸器疾患

 10月11日に記載した右下葉全体に広がる肺炎の患者さんのその後。

 10月15日に担当の内科の若い先生から相談された。いつもは大学病院から呼吸器外来に来てもらっている感染症内科の先生に相談する。その週だと17日に来るはずだったが、10月17日~19日は感染症学会に出かけるので休診の予定だった。

 発熱が断続的に続いていた。炎症反応の変化は、入院時の白血球10800・CRP27.9が、白血球13800・CRP27.9と横ばいだった。患者さん本人としては入院時より少しいいようだが、酸素化と食事摂取量は変わらない。

 抗菌薬はセフトリアキソンで開始していた。経過が長く、実際は入院の1週間前から発熱があったらしい。肺膿瘍化しているかもしれないので、スルバシリン(ABPC/SBT)ではどうでしょうか、とお話した。

 通常経過をみる画像検査は胸部X線で行うが、胸部CTも行ってみることを勧めた。すると、右肺下葉の陰影は軽減して良くなっていた。その代わりに。右上葉に結節状の陰影があり、左肺にも軽度の陰影があった。

 新規の陰影が出たのはよくわからないが、経気道的に散布されたということだろうか。呼吸器科の意見を訊いてみたいということになり、地域の基幹病院呼吸器内科の先生にFAXを送って(診療情報提供書と画像のコピー)ご意見を伺った。

 結果は、「通常の肺炎として治療継続」ということだった。もう少し治療を継続して経過をみましょう、ということになった。

 

 10月20日にはすっきりと解熱して、10月23日の検査結果は白血球8300・CRP6.5と改善した。新規の陰影も軽減してきているようだ。

 10月24日2週間ぶりで来られた呼吸器外来の先生に相談すると、「肺炎球菌肺炎の典型的な経過で、入院後に出現した新規の陰影は免疫反応によるもの」、ということだった。

 

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菌血症・敗血症

2024年10月24日 | 感染症

 10月20日(日)に日当直をしていた先生(別の医療機関の先生のバイト)から入院の報告がきた。(その日は内科当番だった)

 施設入所中の90歳代前半の女性が、前日に転倒して頭部を打撲した。地域の基幹病院に搬入されて、頭部CTでは異常がなかった。しかし発熱があったために抗菌薬内服を出されて、帰宅(施設)となった。

 施設といってもケアハウスなので、自力歩行できる人が対象になる。その女性はふだんは歩行器を使用して自力歩行が何とか出来ていたが、転倒打撲後は歩行できなくなった。施設におけないので、当院に入院させてほしいと連れて来られたのだった。

 社会的入院ですが、ともいわれた。当院受診時は発熱はなかった。(36℃台なので、ふだんより微熱?)白血球は正常域だが、CRPが9.3と上昇していた。

 総胆管結石で基幹病院消化器内科に2回入院して内視鏡治療を受けていた。総胆管ステントはまだ挿入されたままだが、肝機能の異常がなかった。胸部X線で肺炎もないので、尿路感染症だろうという。セフトリアキソンを入れておきます、ということだった。

 

 月曜日に本人に話を訊くと、転倒する前に顎があわあわとなったという。歯があれば、ガチガチ鳴りましたということだろう。悪寒戦慄だった。

 また前腕に皮下出血が目立ち、救急車内で血圧が80mmHgで救命救急士が点滴しようとして、何度か失敗していた。(静脈は見えるが、もろい)

 基幹病院搬入時のバイタルはどうだったのだろうか。どうも菌血症・敗血症になっていたようだ。当院入院時は血圧100ちょっとにはなっていた。(敗血症性ショックの定義は、①十分な輸液にもかかわらず、平均動脈圧65mmHgを保つための循環作動薬を要し、かつ②血清乳酸値2mmol/L=18mg/dL以上)なので、正確には該当はしない)

 入院後は発熱もなく、食事摂取良好で会話も普通にできていた。自力で両手をベット柵にかけて臥位から座位になれた。すでに抗菌薬2種類が入っていて経過が良好なので、培養は提出しなかった。

 すると、10月22日施設の嘱託医からFAXが病院に来た。血液培養2セットから大腸菌が検出されて、どうやらESBLらしいということだった。最終結果と薬剤感受性が出たら再度伝えるとなっていた。入院で抗菌薬を使用するならセフメタゾール(CMZ)かカルバペネムを、内服ならST合剤にというアドバイスも記載していた。

 セフメタゾールは尿路系のESBLに使用できるが、以前感染症の先生(感染管理指導で来ている教授)に訊いたところでは血液培養で出た時はきちんとカルバペネムを使用するようにといわれていた。

 薬剤感受性がないセフトリアキソンやレボフロキサシンが効いたような経過になるのは尿路感染症特有のことだ。

 先方の病院は抗菌薬内服だけ出してあっさり帰宅としていたが(病室逼迫の問題かもしれない)、きちんと検査は提出していたのだった。

 

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大動脈ステント感染

2024年10月23日 | 感染症

 10月13日に記載した大動脈ステント感染の60歳代前半の男性のその後。

 血液培養2セットから翌日にはグラム陽性桿菌が検出された。大学病院感染症内科から来ている先生が、鏡検してコリネバクテリウムなのでバンコマイシンで開始するようにと担当医に伝えていた。

 実際に出た血液培養の結果はCorynebacterium striatumが検出された。一般的には多剤耐性で経験的治療はバンコマイシンを使用することになっている。血液培養再検では陰性になっていた。

 今回の菌は感受性は良く、大抵の抗菌薬に感受性があり、アンピシリン(ビクシリン)に変更していた。抗菌薬で経過をみたが、発熱が断続的に続いて、結果的には炎症反応は上昇した。画像でも大動脈弓部周囲の軟部組織陰影が増大した。

 保存的には到底無理となって、手術をした大学病院心臓血管外科に転院搬送となった。

 

 担当の先生は、相談した感染症内科の先生に入院時から大学病院への紹介を頼みたかったようだ。抗菌薬で経過をみるようにといわれたのでやってみたが、最初から紹介でよかったと思う。(大学病院でもまずは抗菌薬で経過をみての判断にはなるが)

 

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COVID-19肺炎

2024年10月22日 | COVID-19

 10月18日(金)の当直の時に、60歳代後半の女性が呼吸が苦しいということで、救急搬入された。多弁であり、呼吸困難というよりは咳き込みがひどいということのようだ。(住所は県内ではあるが、まったく違う地域で距離にして100km近く離れている)

 37℃台前半の発熱があり、コロナとインフルエンザの迅速検査(抗原定性試験)は陰性だった。他の病院で肺炎といわれたが、入院を拒否した、ということだった。

 胸部X線・CTで確認すると、胸膜直下に陰影が多発していた。病変の分布からはCOVID-19 と判断される。おそらく当初はすりガラス陰影だったが、次第に浸潤影様に変化したところなのだろう(炎症期の像)。

 

 搬入時から多弁で、処置には拒否的で、何に対してもいわゆる悪態をつくという状態だった。搬入依頼が来た時に、救急隊に血圧を訊くとまだ測定していなかったが、本人が拒否したのだろう。

 といって認知障害ではない。大金を持っている、たいそうな商売をしているともいうが、実際は行政の世話になっていた。精神科医に訊かないとわからないが、あるとすれば躁状態か人格の問題なのか。(統合失調症らしくない気はしたが、よくわからない)

 

 少しずつ話を聞いて行くと、10月7日に高熱があり、自分でコロナのキットで検査すると陽性だった。通院している診療所を受診して、やはりコロナの迅速検査で陽性といわれたそうだ。処方はアセトアミノフェンだけだった(薬手帳で確認。当院受診は発症後11日目になる。)

 その後、呼吸が苦しいと居住地域の基幹病院に(本人の話では)4回救急搬入された。検査だけして帰されたというが、病院側でも対応に相当困ったのだろう。その後、10月17日夜間の搬入時には肺炎があるといわれたが、入院は拒否した(病院側で拒否?)。

 デキサメサゾンと抗菌薬(レボフロキサシン)の内服が処方されたが、本人は飲まなかったという。(個数をみると、1回飲んだ?)

 10月18日は何を思ったか、東京の大学病院を受診しようとして新幹線で向かった。商売のために行ったといったりもしたが、それは違うようだ。東京でも救急要請したのかもしれない。

 結局新幹線で当県に戻ることにしたが、途中呼吸苦を訴えて、新幹線を降りた(隣県)。そこでも救急要請して、その地域の有名病院に搬入された。肺炎といわれたが、結局トラブルがあり帰宅となった。

 また新幹線の乗ったが、呼吸が苦しいとして当地の駅で降りた。駅前のホテルに宿泊することにしたが、また救急要請した。それで当院に搬入されたという経緯だった。(本人の話なので、どこまで本当かわからないが、受診歴はだいたい本当だろう)

 採血もすぐにはできず、痛いのはいやだなどと結構揉めた。デキサメサゾンと抗菌薬で治療を開始して入院としたが、すぐにトラブルになった。

 個室入院としたが、大音響でテレビをつける、何故か個室内のトイレ掃除をするといって、歯ブラシでこすり始めた。さらにトイレにオムツ(履くパンツタイプ)を詰まらせて、何度も水を流したので、個室内から廊下まで水浸しになった。静止しようとした病棟看護師の胸ぐらをつかんで反抗した。

 これは病院では扱えないとなり、警察に連絡した。警察官数名が来たが、病室内を裸で歩き回っていた。器物損壊と暴行にはなるが逮捕には至りませんということだったが、保護扱いとなった。

 警察内ですることを訊かれたので、酸素飽和度を測定してもらうことと、デキサメサゾンと抗菌薬内服を持たせたので、それを内服させてもらうことをお願いした。(後で連絡がきて酸素飽和度は酸素なしで94%ということだった)

 精神科につなげるのも、肺炎があることから難しいと見込まれた。精神科救急を診られる、綜合病院は県内にもそうはない。一か所だけ病院に連絡してみたが、対応は無理だった。保健所の扱いとなり、対応できる病院があるか、当たってもらうことになった。

 救急隊から家族(息子さん。夫は死去。)に連絡がいったが、「縁を切っている」といわれたそうだ。警察では、そうはいっても警察から連絡がいけばしぶしぶ来るものですといっていた。しかしその後、兄弟の連絡先を病院で控えてますかという連絡が入った。警察からの連絡でも息子さんは拒否したのだろう。

 外来で内服治療でもいけると思われるが、きちんと内服するかという問題がある。地元ではさまざまなトラブルを起こして有名な人なのかもしれない。精神科の先生ならどう診断するのだろうか。

 早朝に病院の設備担当の事務員が呼ばれて、病院内の清掃をお願いしている会社から4~5名派遣したもらって、何とか廊下に溢れた水を回収した。最近治したばかりの廊下の床は木材のフローリングなのでダメージを受けてしまった。請求も難しいかもしれないので、修理は病院持ち出しになる。

 外来でデキサメサゾンと抗菌薬を点滴静注して、朝に帰宅として、後は地元の病院で診てもらうようにすればよかったのだろう。 

 

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