昨日の午後に漢方の講演会(サイエンス漢方処方セミナー)を聴きに行った。講師はおなじみの井齋偉矢先生。
「サイエンス漢方処方概論」
漢方薬は病因そのものに作用するものではない(作用できない)。病因から引き起こされた身体のシステムの変調(病態)に作用して、その変調を自力で修復する応答を引き出して、身体のシステムを正常化させる。漢方薬は1種類の化合物ではなく、数十種類の化合物(個々の化合物の量は少ない)の集合体が生体の応答を引き起こす。薬が効くということは、薬そのものが病気を治すということではない。降圧薬は降圧システムが働く引き金を引いているだけで、あとは自力で降圧システムを働かせて、血圧を下げている。肺炎では、抗菌薬を使用すると細菌は死滅するが、あとは自力で炎症を修復して治っている。
現代医学は診断までは素晴らしいが、さて治療はとなると、それほど大したものはない。整形外科では、MRIで診断が高度に進歩した。ただ診断は何であっても、手術以外では治療は全部ロキソニン(今時だとセレコックスか)になってしまうという。確かに整形外科の処方は、NSAIDs・リリカ・トラムセット(・オパルモン)くらいしかない。
漢方薬は、いわゆる西洋薬が苦手とする、1)免疫賦活系/抗炎症系、2)微小循環系(血管平滑筋弛緩反応)、3)水分調節系(アクアポリン促進/阻害反応)、4)熱産生系、に効く。
1)免疫賦活系/抗炎症系。 漢方薬は、迅速な免疫系の立ち上げ、過剰になった炎症の抑制、障害された組織の修復促進、によって炎症を制御する。西洋薬で炎症を抑制するのは、糖質コルチコイドとNSAIDsしかない。両者は免疫を抑制してしまい、前者は微小循環障害、後者は肝・脳・心を障害する。漢方薬とは抗炎症薬である。
2)微小循環系(血管平滑筋弛緩反応)。微小循環の症状は、目の下の隈、しみ、皮膚の乾燥、唇・歯肉・舌が暗赤色、毛細血管の拡張、青タン、手掌紅斑など。漢方薬は血管平滑筋弛緩に関与するNO、EDHFに作用して微小循環障害を制御(改善)する。桂枝茯苓丸は程度・部位を問わず第一選択。
3)水分調節系(アクアポリン促進/阻害反応)。水分分布異常は、水分過剰(浮腫)と水分不足(乾燥)があり、それぞれ全身性と局所性がある。西洋薬では全身性の浮腫に効く利尿薬だけで、局所性の浮腫には効かず、まして乾燥に対して潤わせる薬はない。漢方薬は全身のアクアポリン(細胞にある水の出入口、13のアイソフォームがある)に作用して、細胞内に水を導き入れたり(乾燥を改善)、水の侵入を防いだり(浮腫を改善)する。乾性咳漱に麦門冬湯を使用すると、アクアポリン5を開いて細胞内脱水の気管内皮細胞が潤って咳が鎮まる。脳浮腫に五苓散を使用すると、アクアポリン4をブロックして脳細胞内への水移動を抑えて脳浮腫が消退する。
4)熱産生系。西洋薬で身体を温める処方はない。漢方薬は脂肪酸燃焼(非ふるえ熱産生)を促進して、身体を温める。どの部位が冷えるかで方剤が変わる。
「急性期病棟での漢方薬の使い方」
1)市中肺炎。抗菌薬は細菌をコントロールしても、肺の炎症自体には何ら介入せず、炎症のコントロールは患者さんまかせ。漢方薬は速やかに炎症をコントロールする。したがって、抗菌薬と漢方薬の併用で治療する。肺の炎症の第一選択は小柴胡湯で、4時間おきに2.5gを服用して最長7日間使用する。気道の乾燥(夜布団に入ると乾性咳漱)には滋陰降火湯、湿性咳漱には竹茹温胆湯、炎症軽快後の仕上げには柴胡桂枝湯を使用する。
2)急性期脳梗塞。脳梗塞に併発する浮腫と炎症に漢方薬を使用する。炎症は小柴胡湯、浮腫は五苓散で治療(併用)する。4時間おきに2.5gを服用して7日間使用する。
3)急性ウイルス性胃腸炎。現代医学ではノロウイルスなどウイルス感染には無力で、脱水には補液をして、炎症が収まるのを待つしかない。漢方薬は、桂枝人参湯を初回5gを服用して、2時間おきに2.5gを服用し続ける。ほとんどの症例で12時間以内に症状が改善して経口摂取可能となるそうだ。
4)がん治療(抗がん剤・放射線照射)による口腔粘膜炎。半夏瀉心湯を含み飲みすると改善する。
5)発熱を伴うかぜ、インフルエンザ。熱感のあるかぜの初期に(東洋)桂麻各半湯、冷えのひどいかぜに麻黄附子細辛湯、無汗の重症のかぜ(インフルエンザ)に麻黄湯、身体中が痛いかぜには、無汗(背中さらさら)では麻黄湯+越婢加朮湯、背中しっとりでは桂枝湯+麻杏甘石湯を使用する。