日本の株式市場がゆっくりと衰弱し始めた。株安に歩調を合わせるように市場参加者が減り、売買がじりじり細っている。企業へ成長資金を供給する株式市場の衰退は、経済成長を妨げる要因になりかねない。
しぼむ成長期待
東京駅前にそびえる丸の内ビルディング(丸ビル)。三菱UFJモルガンースタンレー証券は来年、丸ビルかう退出し、賃料の低いビルヘ移転する。「証券界はこれから冬の時代を迎える」 (秋草史幸社長)と読んでコスト削減を急ぐ。
海外勢は競うように東京市場から逃げ出している。英HSBC証券は日本株部門を閉鎖し、ベルギー系のKBCグループは日本の証券子会社を売却。外国人投資家は売買代金の約6割を占めるだけに影響は大きい。
個人投資家の日本株離れも進む。岡三証券では9月の株式売買代金に占める日本株比率が半分強にとどまった。「顧客が米ハイテク株や新興国株に流れている」という。
主要国の株価指数を2004年末と比べると、独DAXは55%上昇し、米ダウエ業株30種平均も3%高いが、日経平均株価は18%下落。東証1部の日々の売買代金は以前は3兆円か活況の目安とされたが、今や1兆円を割る日も珍しくない。
日本株が長期低迷する最大の要因は「日本企業に対する成長期待の低下」 (バークレイズーキャピタル証券)だ。日本経済がデフレから脱却できないうえ、稼ぎ頭の輸出企業は円高に苦しむ。世界の投資マネーは成長性の高い新興国へ向かいがちだ。成長期待が薄れ、投資マネーが逃げていく様子は「株式の死」と評された1979年の米国市場を想起させる。
株安の副作用は株式を直接持たない生活者にも及ぶ。公的・企業年金は合計で30兆円弱の株式を保有しており、株価が3%強下がるだけで1兆円目減りする。「企業年金が廃止や給付減額に追い込まれ、老後の生活設計は難しくなっている」(ニッセイ基礎研究所の臼杵政治主席研究員)
第一生命経済研究所の試算によると、07年以降の株安の影響により、09年度の設備投資は5兆円、実質国内総生産(GDP)は9兆円それぞれ下振れした。永浜利広主席エコノミストは「株安によるマインド悪化で経済活動が広範囲に萎縮した」と指摘する。
求められるのは、まず成長期待を取り戻すための環境づくりだろう。
「法人税率はいつ、どれくらい引き下げられるのか」 「少子高齢化を放置するのか」-。メリルリンチ日本証券の菊地正俊氏は今月中旬、欧州で現地の投資家から相次いで質問を受けた。
欧米の機関投資家は各国の政治や政策に敏感に反応する。投資する際に企業が収益を上げやすくする政策が出てくるかどうかを重視するからだ。
05年に4割上昇
日本株が直近で最も脚光を浴びた05年。当時の小泉純一郎首相が郵政民営化の是非を理由に衆議院を解散し、自民党が大勝すると、構造改革を期待した外国人投資家の買いが急増、同年の日経平均は4割上昇した。結果として期待は裏切られたが、今もなお構造改革を待望する投資家は多い。
投資家が企業の成長力を見極め、資金を投じやすくする仕組みも欠かせない。しかし、情報開示ルール見直しの一環として、収益見通しなど企業の将来情報の発信を減らすような議論もあるという。証券税制を巡っても、政府税調の専門家委員会で優遇税制の廃止論が出ており、むしろ市場に追い打ちをかけるような動きが目立つ。
市場の主役である企業と投資家が生き生きと動ける舞台をどうつくるか-。日本株を甦(よみがえ)らせるための条件は、まだ整ったようにはみえない。
…2010年10月24日、日経一面から。