≪根拠があるわけではないが、本という形態が消滅すれば文学には深刻な、おそらくは致命的な悪影響が出ると私は確信している。名目上文学とは呼ばれても、それは今日我々が文学と呼ぶものとはまったく無縁な産物となるだろう。(中略)
国家生命において文学が果たすもう一つの重要な役割は、批判精神を育むことであり、文学がなくなれば、国民は歴史的変化やさらなる自由の行使など望むべくもなくなるだろう。優れた文学は、我々の生きる世界を根底から問い質す。≫
リョサが文学の重要な役割の第一としたのは、個人の内面への深い探究です。
かれの取り上げるヘミングウェイの小説『老人と海』は、一見単純なストーリーで始まります。不漁の続いた老漁師が、ついに大きい獲物をとらえるが、それを横取りしようとする鮫と格闘しなければならない。
やがてカジキマグロの残骸と共に港に戻る疲れ切った老人は、≪最悪の試練と逆境に立だされても、人間は行動次第で敗北を勝利に変え、人生に意味を見出すことができる、そんな希望≫を現します。
かれを心配していた少年は、≪漁を教わったこの不屈の老人にいつも感じていた情愛と慈悲心よりもっと大きな崇拝で涙を流す。≫
≪物語にこれほどのー単なる一エピソードから普遍的類型へのー変化を引き起こすためには、感情と感覚、示唆と省略を少しずつ積み重ねて挿話の地平を広げ、そこから絶対的普遍の平面に達するよりほかに方法はない。『老人と海』がこれを成し遂げたのは、文体と構成における手腕の賜物だろう。≫
リョサはこの本で一作家に一編を論じますが、ヘミングウェイについては二編(同じようにグレアム・グリーンも特別扱いしながら、作品が偉大とはいえないという)、もう一作は『移動祝祭日』この晩年の作品で回想される若いヘミングウェイが、パリのボヘミアン生活神話とは正反対の、「すべてを冷静沈着な目で眺め、体験を取捨選択して蓄える」、注意深く勤勉な意志の人だったことを示すためです。
リョサは大作家ですが、この本で世界文学の最良の教師であり、小説家をめざす人には誠実なテューターであることも明らかです。折角の出会いを逃さぬように。