1つには、交渉参加国が貿易高の小さな国ばかりだったからだ(日本が参加すれば事情は大きく変わる)。アメリカ以外の8力国ーブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール、オーストラリア、マレーシア、ペルー、ペトナムーを合わせても、アメリカの貿易高の5~6%程度でしかない。
これでは、議会や国民に対して、TPPでレベルの高い合意に達することがいかに重要かと納得させるのは難しい。もっとも、米政府としてはTPPを土台に、日本やカナダ、韓国、ブラジル、さらに将来的には中国などの主要貿易国も参加する大掛かりな通商協定を打ち立てたいと考えている。
「WTO2・0」への道? アメリカでTPPの影が薄い理由のもう1つは、通商協定そのものが一般的に不人気だという点にある。労働組合や世論全般、そしてかなりの議員が通商協定に拒絶反応を示しやすい。
ジョージ・W・ブッシュ前大統領時代にアメリカがコロンビア、パナマ、韓国とそれぞれ2国問で署名した3つの自由貿易協定(FTA)は最近になってようやく議会で批准された。自動車産業の労働組合や議員の反発がそれだけ強かったのだ。
オープンな通商協定を結べば双方の国に大きな経済的メリットがあると、ブッシュもビル・クリントン元大統領も国民に納得させようとした。相手国にアメリカ市場を開放し、それと引き換えにアメリカ企業のために相手国の市場を開放させるーそうすれば、輸入品の価格が安くなる上、輸出産業に雇用が創出される、という筋書きだった。
そのもくろみは大きく外れた。問題は、近年アメリカの雇用状況が悪化していることだ。製造業を中心に、中流層の雇用が安定しない。特に08年のリーマン・ショック以降、失業率は10%近くまで上昇し、その後も9%台で高止まりしている。「上位1%」の高所得層がアメリカ全体の所得の4分のIを得るような社会になった。4分の1という数字は、25年前の約2倍だ。
「ウォール街占拠デモ」を全米に拡大させた怒りの大きな要因は、グローバル化か中流層を痛めつけているという認識だ。単純化すれば、自由貿易は大企業を潤わせ、中流層を苦しめるというイメージが定着している。こういう状況下でTPPを声高に訴えることは、政治家にとって得策でない。
では、オバマはなぜ、猛烈な逆風の中でーしかも、再選を目指す大統領選を来年に控えたこの時期にーTPPを推進するのか。理由は複数ある。
第1に、オバマ自身も述べているように、アジアは「動きがある場所」だからだ。ヨーロッパが経済危機に直面し、アメリカも景気が低迷し続ける恐れがある以上、アメリカ企業としては成長著しいアジア市場への参入を最大限拡大したい。
アジア開発銀行(ADB)の黒田東彦総裁によれば、アジア・太平洋地域の途上国の経済成長率は、今年も来年も共に7・5%に達する見通しだ。
世界を見渡しても、アジアほど成長見通しが明るい地域はない。向こう5年間でアメリカの輸出を倍増させるというオバマの公約を達成しようと思えば、拡大するアジアの中流層の消費に大きく頼らざるを得ない。
米政府がアジア市場をこじ開けることに熱心な理由は、ここにある。ただし、協定の内容を公平なものにし、しかもアメリカの雇用が破壊されるという印象を世論に与えないようにしなくてはならない。
…後略。