首都ワシントンの法律事務所に勤務する弁護士のヤスミンさん(27)は、全身白の華やかな装いで約束のカフェに現れた。自信に満ちた笑顔に、よく手入れされた爪と髪。若くして成功を手にし、さらなる野心に燃える米国の典型的な若者のように見えた。
ところがヤスミンさんは、席に着くなりまくし立てた。「この社会の仕組みはおかしい。自分は恵まれているが、それでも苦労している。未来には怒りと失望、不安しか感じない」
不満の原因は、法科大学院の3年間で背負った総額約18万ドル(約1400万円)の学資ローンだ。利息は8%。月800ドル(約6万円)返済しているが、完済には30年かかるという。
2008年の金融危機は、弁護士といった花形の職業も直撃した。ヤスミンさんの年収は希望額の半分程度で、「10万ドル(約780万円)には遠く及ばない」という。それでも職に就けただけ幸運といえる。
ワシントンの美術大学を卒業したエイリス・スラティーサンドバルさん(22)は、就職できない友人が親類宅に身を寄せ、バイトを掛け持ちしながら学資ローンの返済に追われる姿を見て、大学院進学を決めた。ローンはさらに膨らむが、学生でいる間は返済が猶予されるからだ。「大学院の2年間は、安全期間」という。
だが、その先はどうなるのか。若者の間にヽ不安と閉塞感が広がっている。
学資情報に関する専門サイトによると、学資ローンの貸付残高は今年、初めて1兆ドル(約78兆円)を突破した。大学院卒業者の7割がローンを利用し、利用者1人当たりの平均負債額は4万7000/ドル(約370万円)を超える。
米国は、条件の良い仕事や昇給を得るには、修士号以上が求められる社会だ。大学は、優秀な学生を集めるために教授の給与や施設整備にカネをつき込み、そのあおりで学費は高騰の一途をたどる。
「将来への投資」として巨額の借金をし、大学院まで進学しても、元を取れる給与水準の職は減るばかりだ。「成功の方程式」が崩れ、借金だけが膨らむ現状に、学資ローンの返済免除運動を展開する弁護士のロバート・アップルポーム氏(37)は「こんな構図は続かない」と警告する。
同氏の運動に賛同するネット上の署名は、70万人に迫る。ニューヨークのウォール街で始まり、全米各地に広がった反格差社会デモには、ローン問題を訴える多くの学生が参加した。
高等教育の機会を与える重要性を訴えてきたオバマ大統領は10月、こうした動きに押され、一部学資ローンの月々の返済額の上限を収入の10%とする新制度の導入を発表した。だが、高学歴を得るのに高いコストがかかる構造は変わらない。
弁護士のヤスミンさんは08年大統領選でオバマ氏の当選に興奮し、ホワイトハウスの前に駆けつけた。今は、すっかり冷ややかだ。
「誰が大統領候補なのかは問題じゃない。社会の仕組みが破綻しているのが問題なんだと思う」
(ワシントン 山口香子)、
学資ローン 1965年、ジョンソン大統領が、低・中所得者層に大学教育の機会を与えるために導入。連邦政府が債務を保証する公的融資と、銀行などによる民間融資がある。学生は、利率や返済方法が有利な公的融資をまず申し込み、不足分を民間融資で補うことが多い。公的・民間合わせて約1兆ドルとされる貸付残高のうち、400億~450億ドルが焦げ付いていると推定されている。