関心空域 ━━ す⊃ぽんはむの日記

元「関心空間」の日記(引っ越し後バージョン)です♪

「エコー・ズールー。若者よ、戦場へいらっしゃい♪ 」 ─ 志願兵を募るアメリカ軍の“ゲーム”感覚。

2009年12月12日 | 日記
「エコー・ズールー。若者よ、戦場へいらっしゃい♪ 」 ─ 志願兵を募るアメリカ軍の“ゲーム”感覚。の画像

米空軍のホームページにECHO ZULU》というコーナーがあります。

ネーミングから察するに、「みんな、気楽( E Z )に入隊してくれ」ってな勧誘の意が含まれてるんでしょうか?

実際にあった任務遂行のお話を下敷きにした、3種類のFLASHゲームを掲載。「戦闘ゲーム」で軍隊への関心を引こう、なんてずいぶん不謹慎な気もするんですが、アメリカ人の感覚はこうなのかなあ。

ナニよりスピードと集中力を要求される、敵兵の掃討。そこに殺傷行為への罪悪感など無用、というのはそうなんでしょうけど、だからって「今の実戦は、結構イージーなんだ。ゲーム感覚で大丈夫だよ♪ 」とでも言わんがごとく、こんなサイトを掲げられてしまうと、ちょっと興醒めしちゃいますねえ^^;
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宇宙旅行の本稼働は2011年か…にしても「宇宙ルート初就航」がヴァージン・アトランティック航空とは思わなんだわ!

2009年12月11日 | 日記
はい、正確には英国ヴァージン・グループの《ヴァージン・ギャラクティック》社ですね。承知いたしております^^; ですよ。

ただまー世間一般にゃこれまで、宇宙旅行も航空会社が大気圏突き抜けて、そのまんま乗客を宇宙観光へと誘(いざな)うもんだ、と思い込まれておりました。ですんで、「当らずとも遠からず」ってな意味を込めて、あえて同グループ傘下のアトランティック航空、と代称させていただきます。

一部の報道に、今年2009年中の「就航」目指して(シャトル艇を建造)準備中、ともありましたが、実際にゃ2010年からテスト運航を繰り返し、実用化(パック販売)に支障なし!と米国政府の認可も得られれば、2011年より本就航、との観測でございますねえ。

ここまで(宇宙の商用開発のカタチが)“20世紀人の”予想通りいかなかったのは、宇宙の開発ペースが大きく遅れたこと。アポロ計画のあと、ここまで長期に渡ってアメリカが(月や火星への)有人探査を渋ってしまう、とは誰も予想しませんでした。本当なら月に(南極のように)アメリカやロシアの有人基地が置かれ、そこへの隊員や物資の往復を支援する「乗り継ぎ駅」としての宇宙ステーションが、2000年あたりには民間人すら滞在できる規模でもって建造&運営されているハズ^^;? だったんでございます。

そうすりゃその宇宙ステーションが、ほどなく「宇宙ホテル」という“観光地”を兼ねるよーになり、そこへ往復したり、そこを経由してまた別の都市へ降りる…そんな新ルートを次々に、きっと旅客航空各社が商品化するだろう ── そうとばかり思い込んでいたのですわ。われわれは。

宇宙旅行の本稼働は2011年か…にしても「宇宙ルート初就航」がヴァージン・アトランティック航空とは思わなんだわ!の画像
 
宇宙旅行の本稼働は2011年か…にしても「宇宙ルート初就航」がヴァージン・アトランティック航空とは思わなんだわ!の画像

だけれども、いつまで経っても民間人の泊まれる“豪華”宇宙ステーションは出来ない。したがってボーイング社も(お手頃価格の)宇宙旅客機を売りださない。結局、航空会社が客を宇宙まで行ってこさせるには、自らがベンチャー精神で航空機の開発製造すら手掛けるしかない、というハメになりました。おりしも、航空業界は世界的な競争の熾烈化と経営難、統合と再編の時代へ。。。

映画《2001年 宇宙の旅》の中で、誇らしく「宇宙定期便」の雄姿を見せた《PANAM(パンナム航空)》も'91年、日本のバブル崩壊と同時期に倒産しちゃいました。この頃、かのルイジ・コラーニ氏はニッポンの日航のために、宇宙便の機体に関する提案(※添付画像2 参照)もしちょります。そんなJALにしたところで、今は雲の高さを飛び続けるのさえアップアップしてるありさま。そんな高いところまで昇っていける日はくるのか? 事業経営が昇天^^;する方が先かもしれない、と茶々を入れたくもなるのでございますね。あ~あ(溜息)
=了=

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性善説に立ってこそ、の「非常口」 ── 毎年暮れに繰り返される“攻防劇”の絵空事。

2009年12月06日 | 日記
いつものように今年も師走となり、消防当局は防火の徹底を。警察当局は万引き、無銭飲食の撲滅を訴えます。

しかし、先の見えない不況定着社会では『防災』と『防犯』── このふたつが必ずしも両立いたしません。「非常口」は常に開放された避難路であり、それこそが(増え続ける一方の)大量万引きや無銭飲食者ご用達の“逃げ道”であるからです。

デフレで薄くなる一方の利益を守らんがため、“最低限の防衛策”として店主は「非常口」の掲示を判りにくくしたり、モノで塞いでしまいたい衝動と常に闘っています。

ときに火災が起こってしまえば出口が密閉されていた、とかマスコミ連中が叩きまくるワケですが、塞がないことでどれだけの無法者が公然と盗みや食い逃げをしているのか。千歩譲って仮に警察にその分析ができていたとしても、そんな荒んだ犯罪天国の実態は消防当局に伝わらず、ただ連中は彼らなりの流儀で消防法違反だ!と言いたいことばかりヌカす。こんなんで飲食店や小売店の存立はあるんですか?と言いたいですねえ。

ナニより国民の命が大切。消防法を清々と貫徹させるなら、この種の常習犯人口を減らせない補償費(=日々ロスする売上金)を警察が順法市民に負担してくれるんですか? どこの誰が、市民生活を(ひいては命を)最後まで責任もってくれるんですか? 

お行儀のいい「法治国家」風情のニッポン(=つまるとこと、わたしたち自身)とは、その実、いかに無責任きわまる偽善集団なのか☆を痛感する一面が、こうした理不尽にも見え隠れするのでございます。どいつもこいつも、わたしも「ぶりっこ」。行き場のない憤怒を胸に、「非常口」に黙祷。
 

性善説に立ってこそ、の「非常口」 ── 毎年暮れに繰り返される“攻防劇”の絵空事。 の画像


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