最期まで"不幸な素振り"も見せず、突然に命を閉じた役者さんの報にふれるのは悲痛だ。
誰しも、胸に去来する想いは同じだろう。この人は、自身の幸せまでも「実は、人知れず演じ続けていたのか❕❔」と。
わたしはこの人のファンでもなければ、出演作もドラマ映画を問わず、ほとんど観た記憶が無い。
ただ、自分が人生の階段を転げ落ち、ニート街道が目前に拡がり、東京へ仕事で行くのに初めて(新幹線でなく)格安の高速ツアーバスを使ったとき、道中のタレ流し映画でバス先頭の搭載モニターに映し出されていたのが……かの邦画『いま、会いにゆきます 』のDVDだったのだけ、痛烈に脳裏に焼き付いてる。
その映画さえ、話の最初の方だけ、イヤホンを耳に入れず無音のまま、ぼんやり視界に入れてるだけだった。途中で目を逸らし、観るのさえ止めてしまった。自分の心が、いちばん枯れて荒(すさ)んでた瞬間に、たまたま彼女の出演映像が近くに在った……というだけでしかない。
だからこそ、その後の自分の長~い貧困ライフとは無縁の「雲の上の満帆人生」を、この人には(せいぜい勝手に)歩んでいってくれ。オレはオレで、小汚いドブの中を流れてゆくから……と達観してたのだ。そんな彼女が離婚、再婚、出産するなり自殺。わたしより早く逝くなどと想ってもいなかった。自身の「達観したつもりの思い込み」にまで裏切られ、つかのまアタマん中も真っ白になった。
(自殺の)理由は分からない。
ただクローゼットの中で妻が首吊り、というとどうしても思い出してしまうのが少し前の、文京区の母子4人無理心中だ。このとき自死した妻は(年上だけど精神的に幼稚な)夫への恨み節が多分に募っていて、死に顔を(誰よりも一番に)夫に拝ませてやろう、という意図が❔死に場所の選び方に感じられた。
今回も(年下の)夫がクローゼットあけ、そこにパートナーの身体がブラ下がってたのを発見してる。ただし(妻に家庭が任せきられてた)文京区の心中ケースと違い、妻にも増して子煩悩な夫であるという点が違う。だから幼子は生かして逝っても「さぞ、この人が立派に育てあげるだろう」とは確信できて❔ 彼女はひとりで逝ってしまったのか。。。
まあ、不謹慎な邪推を連ねるのは無しだ。いずれにせよ自死は、遺された者をも苛(さいな)める。
短編アニメ Father and Daughter ── 父 と 娘
=了=