すずりんの日記

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小説「ある男の物語」2、老人の遺書Ⅰ②

2005年07月14日 | 小説「ある男の物語」
 私は、25歳の時、和子と知り合った。和子は、22歳だった。私が、大学を卒業して、ある食品会社に勤め始めた時、和子は高卒でその会社に勤めてすでに3年目に入っていた。和子は、お茶くみの合間に、経理やコピーなどの仕事をしているような女だったが、いつまでたっても営業成績が上がらない私なんかよりは、ずっと生き生きとしていた。
 私が入社した日の歓迎会で、私は、和子に初めて声をかけられ、和子たち女子社員の制服が半袖になる頃、和子は私を、“秀男”と呼ぶようになった。
 その後も、私が和子に曳かれるような形で、2人の仲は深くなり、和子の言う、“2人が運命の出会いをした記念日”を待たずに、私たちは結婚した。

 当時、私は、会う人ごとに『プロポーズの言葉は?』と聞かれ、そのたびに、『特に無い。』と答えていた。そして、またそれが、同僚たちが幸福な2人をより一層はやし立てるネタとなったのだが、同僚の羨ましげな視線をこちらに向けさせるためにそう言ったのではなく(私がそんな計算高い人間でないのは、城山さんもわかっていると思うが)、本当に“私の方からプロポーズをした”という記憶が無かったのだ。
 あの時、和子と結婚したのは、今思えば、和子の“結婚したい”との思いが強まった時に、彼女の目の前に私がいた、という事実と、それによって引きずられるように結婚した自分が心地良かったからに他ならない。和子にとっては、主導権を握ることが私への愛情であり、その中で漂って生きることが、私なりの、彼女への愛し方だった。私は、我慢してそうしていたのではなく、そうすることが、この上なく楽だった。・・・いや、楽というよりは、一種の快楽に近かった。


(つづく)
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