すずりんの日記

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小説「改・雪の降る光景」第1章Ⅱ~5

2006年10月09日 | 小説「雪の降る光景」
 「イギリスの御方には、少し刺激が強すぎましたかな?」
「私はイギリス陸軍第5編隊の、ディック・アンダーソン少佐だ。我がイギリス軍には、敵軍の中にあって怯える者など1人もいない!」
「・・・私たちにとってあなたは、ただの実験材料に過ぎません。あなたが何という名であろうと知ったことではありませんよ。あえて言うなら、あなたの名前は、“サンプルナンバー725”といったところですよ。」
「・・・サンプル・・・。」
私は、充分に彼に自分の今の立場を噛み締めさせるための間を与え、言葉を続けた。
「そう。それも、ただのサンプルではない。困ったことに、軍人は気が弱く、虚栄心が強い。また、軍隊という温室の中で育ち、その上あなたは、少佐などという肩書きまで持っている。
「イギリス軍隊は温室ではない!」
イギリス兵士は、拳を怒りで震わせていた。
「あなたたち軍人が、日頃どのような訓練を受け、健全で強靭な肉体を作り上げているかは知らないが、いざ敵に捕まると、軍人は必ず、自分の肩書きを以って死から逃れようとする。自分の率いていた部隊を敵地へと導いた、自分の作戦の失敗に対する償いを棚に上げてね。」
「我々はそんな腰抜けではない!」
私は、一瞬彼から視線を外し、改めて諭すように彼を見上げた。
「いいえ。あなたの隣でたった今死んだ老人のように、肩書きも富も無い、名も無い人間こそ、ただ純粋に、自分の運命を呪って厳然と死に臨むのです。」
「それ以上の侮辱は許さんぞ!」
「それならあなたに身を以って見せていただくしかありませんな。これ以上生きて恥をさらすよりも、自分は、死して我が過ちを償う、と。」
今までの強気な態度が、一気に影を潜めた。いや、影を潜めた今見せたあの蒼白な顔つきこそが、彼の本当の姿なのだ。もう、彼は大丈夫だろう。
「そうでなければ、愛すべきイギリスの名を汚すことにもなります。」
 彼は、目の前のロープを凝視し、ごくっと唾を飲んだ。彼が返事をせず、ゆっくりと両手を上げて、自らの力でロープをつかんだので、私は黙ってそれを見ていた。そして、私が少し長い瞬きをした時、彼は、その言葉通り、死を以って祖国イギリスへの償いを終えた。高い鉄骨の上にあったはずの彼の足が、私の目の前で、力無く揺れていた。
「実験が・・・終了、しました。」
足場の上で、力を振り絞ってサンプルナンバー725のロープを解いていた入所3ヶ月の若者は、そうつぶやくと、そのまま気を失った。


(つづく)

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