劇場における一月の興業が、いわゆる「春芝居」である。
由緒ある”櫓”を新橋演舞場に掲げて初めてとなる新春興業には、昼夜とも初春らしい狂言が揃った。
江戸ではもっぱら、春芝居には「曽我」を演じることが原則とされていたという。
なかでも『曽我の対面』が代表格とされていた。
当代一の人気役者をずらりと揃えた、その『対面』が、昼の部の切狂言にある。
さて昼の部の『対面』が、祝祭劇といわれてきた。
祝祭劇とは、儀式性に加えて、洗練された歌舞伎の祝祭的要素の濃い演目のことである。
しかし今回の『対面』は、いつもとちがっていた。
従来からのカラを破って、音楽的な美学はさることながら、そこにドラマがあり、色気、品位があった。
今回初めて『対面』という狂言の本質を観たような気がする。
工藤は吉右衛門である。意外にも初役らしい。
江戸時代には初役で「工藤」をつとめることを「初工藤」といい、おめでたい正月の季語でもあった。
さて、その吉右衛門の工藤だが、まず座頭としての貫目。
平舞台へ下りてからの「高座御免下さりましょう」のにじみ出る愛嬌。
「やせ浪人の身をもって、この祐経に刃向い立て及ばぬことだ」などの適役としての手強さ。
つまりは、工藤という多面性のある役のすべてを吉右衛門は見事にクリアしていた。
しかも今後の運命を予感させるような不気味な影すら見えてくる。
終幕の絵面の見得も、厳かに、そして歌舞伎の色彩美溢れる舞台面。
見ごたえのある『対面』であった。
対する三津五郎の五郎がまたすばらしい。
平成12年1月、十代目三津五郎襲名での初役以来、2度目の五郎である。
三津五郎はこう言った。
「竹をスパッと割ったような、冬空のようにつき抜けた五郎をやりたいですね」
その通りの荒事の味を十分発揮し、「野放図」さの表現がうまい。
五郎には「子供の気持ちでやれ」という口伝がある。
そもそも工藤が、五郎十郎に討たれるのは、友切丸が出てきたからではない。
工藤が討たれる決心をさせたのは、五郎の激しい情熱のためであった。
これが『対面』という狂言の性根だと私はおもう。
十郎は梅玉である。
こちらは「何回目?」というくらいの持ち役。
襟を抜いた和事の着付け。五郎の強さに対する柔らかさ。五郎の兄だということを常に頭において演じているとか。
申し分のない手堅さである。
さいごに私事で恐縮。巳之助の大フアンなんです。
今回巳之助は化粧坂少将。
失礼だが立女形の芝雀(←大磯の虎)などほとんど見ていなかった。
難をいえば、舞台の並び位置がよくない。
途中で気が付いたのか、下手に移動したが、そこが残念。
どうしても五郎のうしろになってしまう(2,3階席ならカッコよく見えるんでしょうが、1階前方の平席ではムリ)。
しかし巳之助の成長には目を瞠るものがある。
ことに終幕の決まるところは、ナチュラルに、柔らかさと色気がある。
腰をすこしおとすところは、まことに絶品。
当代一の化粧坂少将である。
初芝居といっても中日(なかび)を過ぎれば、晴れ着姿の観客も見かけられず、いつもの月と変わらない。
ロビーに飾られた大羽子板だけが、劇場の中に、かぐわしい春の香りを立ちこめている。
(2011年1月21日 新橋演舞場 昼の部所見)
★ こんな写真も撮りました ★
幕間の松花堂弁当は「篝火」一本槍。
今回は好物のさざえのつぼ焼きがありませんでした。
耳よりの情報です!!
1階ドリンクコーナーで販売してるサンドイッチが美味しいですよ。
「ホテルオークラ特製」一箱1000円。
いつも買って、帰りの新幹線でパクつきます。
歌舞伎座の工事現場をパチリ。
現在は地下の工事中。
日比谷線「東銀座」駅までの直行地下通路ができるらしいです。
平成25年春に完成予定とか(←歌舞伎検定四級の設問に出題されていましたね)。
ワタクシ的には、歌舞伎座の完成よりも海老蔵さんの復帰がいつなのか?
そちらに関心があるのですが・・・(笑)。
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