おっちーの鉛筆カミカミ

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710文字小説『鏡の奥を見渡す』

2014年05月23日 07時34分48秒 | 小説・短編つれづれ
 私の腕から指先を、力を入れずに伸ばす。つま先から始まり、踝、膝、太腿――脚の線を、指でなぞってみる。
 手の平を下腹部にあてる。深く呼吸をする。吸ったものが、腹から足先、手の先、脳の内部――全身までゆき届き、徐々に留まっていく感じ。
 私は、こんな世界があると知らなかった。ただ毎日仕事をして、食事をして、子供の相手をし、妻と会話する。そんな日々を、何も考えず過ごしてきた。
 努力をしなかったわけではない。会社では、重要な仕事を任されているし、家族との関係も良好だ。いや正直に言おう。私は全てがうまくいくように、人一倍努力を欠かさなかった。そう自負している。
 しかしそれは、私という人間の、100%の人生だったのか。私は人生の岐路において、とりわけ重要な選択を迫られた際に、本来の、真っ当な判断をしてきたのか。いま私は、その疑問を持たずにいられない。私はこれまで、自分と関係のない世界を、知らなかった。知る必要がない、と思っていたのだ。私の人生の台本は、登場人物も、筋書きも、もう出揃っていると思っていた。もう、大きな変化はないと思っていた。
 しかし今になって、神様は私に粋な計らいをした。
 私は今、自分というものと向き合っている。それは、私があまり本格的には経験したことのない種類の「事件」だった。
 この、自分を見詰め直す時間を過ごしたという体験。それは、こう言えばいいだろうか――私に、『自分自身を思い出す』――そんな結果をもたらした。
 「自分探しの旅」という言葉を聞くことがある。しかし、いま私はこう思う。私自身は、私自身のうちで、見付けるものだ。この場合の「旅」――つまり新鮮な、環境や他者は、そのきっかけを与えてくれるに過ぎない。