団塊シニアのひとりごと

定年退職して14年目になりました、定年後の生活で
日々感じたことを伝えたいと思ってます。

老後を機嫌よく暮らすには

2021年11月20日 | 老後の生き方

どんなふうに生きていけば、いつも楽しく心地よく過ごすことが

できるのだろうか?楽しかった、面白かった、嬉しかった、こん

な思いで毎日過ごせたら、日々の幸福度はアップするだろう。

 

現在がつらくても過去の幸せな出来事を思い出す、一時的でもい

気分になることで脳内に変化が起き健康にいい影響を与えるよ

うな気がする。

 

不機嫌は気分だが、ご機嫌は意志だという先人の言葉がある、だ

老後は老いていく自分受け入れ、少しでも楽しく生きられる

手探りで探していくしかないと思っている。

 


明日のことは誰にもわからない

2021年11月19日 | 生き方

生き方が難しいのはいつの時代も同じ、人間はその中でどれだけ

精神的な余裕を持てるかをいつも試されてるような気がする、又

私達はいい条件がそろえば幸福になれるという錯覚がある。

 

ある面、一理あるのだが必ずしもそうではない、苦しみの質は人

それぞれ違う、物質的には豊かで満たされていても幸せを感じら

れない多くの人がいることも確かである

 

実際100%の幸せなどありえない、幸せは常に断片として現れ

るものだ、それこそ丸ごとの幸せ、なにからなにまで幸せといっ

た状態は幻想かもしれない。

 

明日の保証を手にしている人など一人もいないし、今日は元気で

定していても明日のことは誰にもわらない、だから人の一生

最後までわからないと思って生きるしかない。

 


定年後に思う会社のこと

2021年11月18日 | 会社

40年間勤めた会社を離れて来年の3月で11年、今思うと会社と

ところは人間を勉強する場所でもあった、十人十色の人間が集

集団、たとえ人間的に通い合うものがない上司であっても生活

段として従い行動を共にしなければならない。

 

会社の目標は営利の追求、儲けること、どんなに高いビジョンがあ

っても儲からなければならない、だからこそ予算達成という目標に

むかって厳しさに耐え達成したときの喜びは格別のもがある。

 

それでも40年も勤めてれば悲哀や矛盾を感じることはいくどもあ

った、ただそれも今となっては断片的な記憶としてしか残ってない、

時間がすべて解決してくれるものだ。

 

苦悩や矛盾を感じながらも勤めあげたのはひとつの目的を共通にす

る者同士の結束で、できあがった集団での連帯感と使命感そして経

から苦難を乗り切る処世術が身についたからだと思っている。

 


生きる意味を知りたくて

2021年11月16日 | 生き方

新聞のコラムや雑誌の記事、そしてブログのなかの言葉に感銘

うけることがある、きっと自分の心の中でもやもやという感

じがあって、言い当てられたような気分になるからだと思う。

 

自分は何のために生きているのか?自分が生きる意味は?この

年になっても、いやこの年になったからこそ自分に問いかけて

みる、自分は今、納得のいく生き方をしてるだろうか?心に

いつも問いかけてみる。

 

人生に正解などない、それでも生きる意味を知りたくて言葉を

探す、時々心を打つ言葉にめぐりあうと、それだけで生きる

をもらえるような気がする。

 


老後の「きょうだいリスク」親の介護問題は深刻

2021年11月15日 | きょうだい

同じ家に生まれたきょうだいでも進む道はそれぞれ、齢を重ねる

つれて生き方や価値観の違いが大きくなるなか親の老いととも

に介護や相続という深刻な問題が生じてくる。

 

特にこじれやすい問題のひとつが介護にかかるお金だといわれて

る、在宅介護であれば介護保険料、医療費、食費、光熱費、雑費

などである、親の年金や預貯金で賄えない分をどうするか、もし

在宅介護ができない状態で介護施設に入るとなると一気に苦しい

状況になる。

 

当然話し合いで負担割合を解決するしかないが、それぞれの経済

態や結婚していれば配偶者の理解も必要だろう、いずれにして

も深刻なトラブルに発展するケースがあるだけに日ごろからコミ

ュニケーションをとることが大切だと思う。

 


居心地のいい場所悪い場所とは

2021年11月14日 | 生き方

誰にとっても居心地のいい場所、悪い場所があるはずである、学

校、職場、家庭、趣味のサークル、それらの居場所が居心地のい

い場所か悪い場所かは人によって違う、ある人にとってはよくて

もある人にとってはよくないということがあるものである。

 

それは当然人間関係が絡むことが多い、相性が悪いことだってあ

る、人間なんて個人個人が違う、みんな同じタイプで気持ちが通

じあって仲良くできると思ったら大まちがい。

 

例えば座が盛り上がってるのに、なぜか話題についていけない、

いわゆる疎外感を感じた経験は誰にでもあるのではと思う、逆に

その場にいると疲れない、しゃべらなくてもなぜか間がもてる、

要は自分らしくいられる場所、それこそ居心地のいい場所だとい

えるし、そんな場所を大切にしたい。

 


安らかにあの世に行ける健康法があったなら

2021年11月13日 | 

人間誰でも老いていく、老いていくと同時に死ぬものだ、今は亡

き作家の遠藤周作氏がエッセイのなかで「楽に死なせる研究」が

行われなかと時々夢想するという。

 

医学では少なくとも現在本人が望む、望まないにかかわらず一日

も長く生き伸ばすことを研究してる、認知症や寝たきりになりた

くない、その前に死にたいといっても許されない、

 

だから「ご安心下さい、そうなられる前に安らかにあの世に行け

ような健康法を教えましょう」という医者がいたらどうだろう

と読者に遠藤氏は投げかけてる、闘病生活が長かっただけにわか

るような気がする。

 

私の場合、両親とも晩年苦しんで亡くなったのを見てるだけに、

そんな健康法にすがりたい気持ちもあるけれど、今はとにかく生

きることだけ考えよう、いつか人生は終わるのだからというのが

偽らざる心境である。


私にとって宝ものといえるノート

2021年11月12日 | 生き方

新聞の切り抜きやコピーを貼りつけたり、小耳にはさんだ内容を

要約したり、本の一部を書き写したり、その日思いついたことを

10年前から大学ノートに「何でもノート」とタイトルをつけて

書いている。

 

当初は読書感想文の下書きでアマゾンのレビューに投稿するために

スタートしたものが途中から、思いついたことを何でも書くように

したことから「何でもノート」というタイトルになった、10年間

で15冊にもなった。

 

時々このノートを開くことがあるけど、なぜか気持ちが落ち着く、

自分と向き合う貴重な時間である、当時の関心事、健康状態などが

書かれており、もしかしたらブログを始めるきっかけになったのも、

この「何でもノート」かもしれない、そう考えると私にとってこの

ノートは宝ものであるといえる。


豊かな人生とは

2021年11月11日 | 生き方

素晴らしい仕事や業績を残すこと、社会的な名声、経済力を得て

囲の人から愛されること、会社から評価され、上司や部下から

の信頼も厚く、誰からも尊敬の念を抱かれてること、愉快な仲間

たちに囲まれ充実した仕事人生を送ること、よき妻、よき子供た

ちに恵まれて幸せな家庭を築くこと、人のために尽くすこと、知

識や教養を身につけ自分を磨くこと、挙げていけばキリがない。

 

 

確かに理想的な生き方であり豊かな人生なのかもしれない、しか

し古希を過ぎて振り返ると、こんな生き方は正直できなかった、

思いどうりにいかないのが人生、もしこれがいい生き方、豊かな

生き方というものがあるならばそれぞれの人の心にある思いかも

しれない。

 

 

私が思う豊かな人生は毎日のちょっとしたことに喜びや感動が味

えるかどうかだと思う、そのことがその人の人生の豊かさにか

かわってくるものと思っている。

 


心が折れそうになった時

2021年11月10日 | 生き方

つらいことや悲しいことがあり心が折れそうになった時、人は

自分をどのようにして支えているのだろうか?そんなとき自分

の世界を持っていれば折れそうになった心を切りかえて生きて

いくことができると思うことがある。

 

人それぞれ違うかもしれないが私が自分をとり戻す幸せな時間

は音楽と本だった好きなアーテイストの曲を聴くと胸がじん

とくるささやかな幸福感、それが毎日生きていく力のひとつに

なるし、本を読んで本のなかのひとつの文章が心に残りそれが

を支えてくれることがあるものだ。

 

考えてみると、それは昔も今も変わらない、心が折れそうにな

った時なぜか自分を支えてくれるもの、それはいくつになって

もあったほうがいいと思っている。