読書日記

いろいろな本のレビュー

誰も書けなかった石原慎太郎 佐野眞一 講談社文庫

2009-02-05 20:36:59 | Weblog

誰も書けなかった石原慎太郎 佐野眞一 講談社文庫



 評伝の第一人者佐野眞一が石原慎太郎に挑戦したもの。副題に石原慎太郎への「退場勧告」とある。最近の石原を見ていると、老残の身を晒しているという一言に尽きる。新銀行東京への追加融資、我が子に対する溺愛からの公私混同等々。引き際を考える時に来ているのは確かだ。
 本書によると石原は、「男が惚れる男」だった父・潔と、「日本で最も愛された男」と言われた弟・裕次郎へのコンプレックスに悩まされ続けたようだ。あの、頻繁に瞬きを繰り返すチック症状はそこに原因があるのだ。自己紹介するとき「石原裕次郎の兄です」と言った話は有名だ。「太陽の季節」で芥川賞をとって時代の寵児になったが、そのネタは弟・裕次郎の不良生活の断面を切り取ったもので、裕次郎がいればこそ作家になれたといえる。あの暴言に近い発言もそのコンプレックスの裏返しと見ることができる。実際は真面目な小心者なのだ。
 本書は石原のルーツを探った第一部が圧巻だ。父・潔の人となりや経歴の調査は探偵並みの詳しさで佐野の実力が大いに発揮されている。潔は旧制中学中退で山下汽船という船会社に入り、たたき上げで出世した人物だ。その父の遺伝子は裕次郎に色濃く継承され、慎太郎には伝わらなかった。そのことがその後の彼を縛ることになる。作家としても政治家としても一流になれなかった理由もそこに淵源がある。この事情を把握すれば彼の言動が手に取るように理解できる。あまりにも人間的、人間的すぎる。「太陽の季節」から「落陽の季節」へという本書のコピーは秀逸だが、本人がこの本を読んで、一刻も早く花道を飾ることを希望するものである。早くしないと花道から落っこっちゃうよ。