読書日記

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アイヒマン調書 ヨッヘン・フオン・ラング 岩波書店

2009-08-02 13:37:42 | Weblog

アイヒマン調書 ヨッヘン・フオン・ラング 岩波書店



 ナチスの親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンは戦後アルゼンチンに逃亡したが、1960年、イスラエルの情報機関モサドに拘束されイスラエルに連行された。裁判の前段階としてイスラエル警察は八ヶ月、275時間の尋問を行った。本書はその記録である。
 ユダヤ人絶滅という狂気の計画をヒトラーが実行するその命令を忠実に実行したのが、アイヒマンである。絶滅収容所へユダヤ人を移送する計画を綿密に立ててこれを実行した。ハンナ・アーレントはアイヒマンの小役人ぶりを「悪の凡庸さ」と表現したが、彼がこの調書で主張するのはまさに上からの命令を忠実に実行したまでで、拒否することは不可能だったというものである。悪いのは狂気のナチ幹部で自分ではないという言い回しを一貫して使っている。時には卑屈に調査官に媚びる姿勢を見せるなど、その卑屈さは犯した犯罪の大きさと大きな落差がある。悪人を捕まえてみればただの人という感じが、先述のアーレントの言葉に表れていると思う。
 巨悪が実行されるには組織が必要で、ナチはまさに狂気の指導者の手足となってユダヤ人やヨーロッパ各国の人民のホロコーストを実行した。民族浄化はその後の民族対立紛争の常套手段となり、現在に至っている。アイヒマンはそのような悪の官僚制を支える人材として有能だったのだ。自分のやっていることがどのようなことかを理解できないあるいは理解しようとしない想像力の欠如は組織の悪を助長する。巨悪が小人によって実行されるそのメカニズムを我々は詳しく分析して、将来に禍根を残さぬようにしなければならない。
 アイヒマン裁判については、ハンナ・アーレントの「イエルサレムのアイヒマン」(みすず書房)を読まれると良い。