読書日記

いろいろな本のレビュー

中国農民の現在 田原史起 中公新書

2024-04-03 11:12:42 | Weblog
 サブタイトルは『「14億人の10億」のリアル』で、10億とは農民の人口のことである。中国は人民公社システムを支える方策として1958年に戸籍制度を作り、農業戸籍と都市戸籍を厳密に区別して、農民の都市流入を阻止してきた。本書によると、「農業戸籍」を持つ農民が用事で都市に出かける際にも公社幹部の紹介状が必要で、食糧配布切符(糧票)がなければお金があっても食料が買えず、ましてや都市での住宅なども配分されない。つまり農民が仮に都市に逃げ込んでも生きてゆけないシステムになっていた。一方都市は「単位」(職場や所属先のこと。昔の中国語のテキストによく出てきた単語である)システムで、政府機関、工場、学校などで構成され、政府の直接的官吏と手厚い保護のもとに置かれていた。いわば農村は都市の食糧庫のようなもので、その余剰をもとに重工業化と軍部化に備えたのである。今は人民公社は解体されたが、戸籍の二元化は今も変わっていない。

 今、農民は都市に出稼ぎに行って日々の糧を得ようとしている。彼らを「農民工」と呼ぶが、都市での生活は厳しく、都市住民のような権利を与えられていないために、都市住民の犠牲になっているというイメージが強いが、それは事実かというのが本書の内容である。そのために著者は2000年以降、農村のフィールドワークを実践して、農民の生活をつぶさに観察してきた。最近の中国の情勢では外国人が農村に入ること自体「スパイ防止法」に抵触して公安に連行されてしまうだろう。そもそも入国を阻止される可能性がある。その意味で、貴重なレポートと言える。

 レポートの内容を逐一追うことはしないが、まず農民が都市住民との格差に大きな不満を抱いているのではないかという疑問については、農民の方でそれは仕方のないことという諦念のようなものがあるという著者の指摘であった。なるほど戸籍制度ができて66年。もはやこの制度がアプリオリなものとして農民階級に染みついているのだろう。農民は都市住民との確執などもはや持たないレベルといえる。彼らの日常は家族主義で、家の繁栄存続を基本とするようだ。よって男の子を生んで、家の存続を図るというのが最大の願いらしい。今までの一人っ子政策(農村は二人まで可能)で男子を設けられなかった場合、村の世話役を降りるという例が報告されている。また出稼ぎで稼いだ金で自宅を新築して他人より大きな家を建てることに注力する。都市住民とは競わないが、村の連中とは競うようである。この村に共産党は村民委員会を設置して党員をアメーバのように派遣して村の運営に当たらせている。そのリーダーは「基層幹部」というべき存在で、上のレベルの政府部門と村とを結びつけるパイプの役割を果たす。よって農民が反乱を起こして治安が乱れる可能性は低いと言える。

 自分の村とその周辺の社会は農民にとってはある種心の平安を得られる場所であり、いつでも帰っていける場所である。著者はこれを「人情社会」と名付けて大・中都市の「競争社会」と区別している。農村地帯の小都市を中核とする共同体を活性化させることで、中国の礎である農民社会の存続を習近平は図っているという。なるほど最近の文革回帰的な施策を見れば首肯できる見解ではある。その中で才能のある農民は共産党に入って、のし上がればよいということなのだろう。前首相の李克強のように。彼は農村の貧困は解決されておらず、4億人の農民の月収は2万円程度という報告をして習近平の怒りを買ったのはご承知の通り。彼の頓死もこのことと関係があるのではないかという憶測も流れた。あり得る話である。習近平は経済政策に無頓着で中国の経済はどんどん悪くなっていると報じられているが、彼は10億の農民がしっかりしていれば国は安泰だという信念を持っているのではないか。いざとなったら毛沢東時代の「自力更生」に戻ればいいと。

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