読書日記

いろいろな本のレビュー

国力とは何か  中野剛志  講談社現代新書

2011-09-03 12:57:48 | Weblog
 副題は「経済ナショナリズムの理論と政策」で、構造改革と経済自由主義の批判を述べたもの。1990年代(橋本龍太郎内閣)以降、アメリカの規制緩和の要求によって日本は市場開放と構造改革を行なった。そして小泉内閣によって新自由主義思想のもと構造改革に励んだ結果、リーマンショックの余波を受けて国力は低下の一途をたどっている。著者は言う、グローバル化によって国民国家が後退するという従来の説は完全に失効し、「経済はナショナリズムで動く」ことは、もはや誰の目にも明らである。しかし、日本は、このナショナリズムの台頭という世界の激変を全く踏まえようとせず、未だに自由主義経済のイデオロギーに固執し続け、むしろ強化しようとすらしていると。その典型が2010年の菅内閣の「平成の開国」というスローガンである。具体的にはTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加するということだが、この件に関しては異論が多く、日本の産業経済が破綻するという危惧を述べる識者が多い。著者もその一人で、『TPP亡国論』(集英社新書)で持論を展開している。
 現在の日本は、政府の累積債務が国内総生産の200%近くまで達しているが、他方で長期に渡るデフレ不況と高い失業率に悩まされている状況だ。こうした中で、累積債務の規模の大きさをもって政府支出の削減や増税を唱える現政権の立場と、デフレと高失業率の方を問題視して、財政出動が足りないとする二つの立場がある。前者を健全財政論者、後者を機能的財政論者というのだが、著者は後者の立場に立つ。デフレ経済の場合、企業は投資と負債を控えるために貯蓄過剰になり、民間がマネーを過剰に保有している状態になる。これを是正するには、民間部門の貯蓄を減らし、政府が投資を拡大する必要がある。そのため政府がすべきことは国債を発行して民間に滞留するマネーを吸い上げ、公共投資として需要拡大に振り向け、国民経済の需要を調整して、物価の継続的な下落を食い止めることである。日本の国債はその9割が内国債で、他国の干渉を受ける心配はないので、赤字国債は気にする必要がない。要するにケインズ主義的なマクロ経済運営をすることだと言っているのである。この説自体は目新しいものではないが、実現のためには機能的財政論に立つべきで、国家経済ではなく国民経済にシフトしなければならないと説く。それには国民主体のナショナリズムが必要で、これがなければグローバル化という名の他国(アメリカ)による経済支配を受けざるを得なくなる。TPPはまさにその象徴で、これに参加・不参加は将来の日本の行く末を決めてしまうというわけだ。
 折しも野田内閣が成立、TPP問題は行く手に立ちはだかっているが、挙党体制ゆえTPP反対の小沢派の閣僚もおり、すぐには参加とは行かないと思われる。しかし3日の朝日新聞では鉢呂経済産業相や、はっきり反対を唱える鹿野農林水産相をあえて閣内に取り込んで、TPPを前に動かそうとするのが野田総理の狙いだと書いてある。これで思惑通りに行けば野田氏も相当のやり手ということになるだろう。こんな状況で、著者の言う非グローバル化の道を辿れるのだろうか。