読書日記

いろいろな本のレビュー

昭和の特別な一日 杉山隆男 新潮社

2012-04-07 09:11:39 | Weblog
 昭和の特別な一日とは、昭和39年10月10日の東京オリンピック開幕の日のことである。この日を境にして東京は、町から街へすさまじいまでの変貌をとげていくのだが、それを目の当たりにした神田生まれの著者が、消えゆく懐かしい東京の情景を綴ったエッセイで大いに共感を誘う。近代化はさまざまなひずみを生みだすが、これも都市の宿命と言えるだろう。この頃は日本は右肩上がりの経済発展を遂げつつあり、人々は豊かな生活を求めて懸命に働いた。例えば子どもであれば、「勉強していい会社に入り、いいポストに就く」という目標を持って苦しい勉強に耐えたという時代である。努力が将来報われるという確信があった。それが今、努力しても報われない、だから最初から競争を下りるという時代になったことはこの47年間の日本の歴史の激動ぶりを実感せざるをえない。
 一話は開会式で自衛隊の飛行隊ブルーインパルスがF86戦闘機で5輪を描いた、その秘話。パイロットの太平洋戦争での体験まで紹介されて奥行きを広げている。源田実の世渡りのうまさも紹介されて、戦後の軍人のさまざまな人生を類推させる。軍人であったことの慙愧の念を感じるか否かの問題が浮かんでくる。二話は都電が地下鉄にとって代わられる様子を、都電の運転手のエピソードとともに語られる。銀座を走る都電の運転手の晴れがましい様子が印象的。またこれに乗って銀座へ出かけるときの人々の晴れがましい様子も語られる。三話は江戸の名物日本橋が高速道路によって覆われ、空を奪われたことに対する怒りが語られる。東海道53次の起点、江戸の中心がこんなになってという筆致である。これに伴い住民の生活も大きく変化した。300年の歴史を誇る魚河岸が築地へ移転し、庶民の生業も激変した。都市化の宿命とはいえ、余りに悲しい風景である。四話は中野にできたブロードウエイビルによって、あたりが急に都市文化に巻き込まれるという顛末。閑静な田舎が都市に変貌していく姿が描かれる。
 これらの話は東京に限ったことではない。それゆえ共感できるものがあるのだ。著者は1952年生まれで、私と同年代。還暦を前に懐かしい東京へのオマージュを記したということか。