
春昼や魔法瓶にも嘴ひとつ 鷹羽狩行
季語は「春昼」。「嘴」は「はし」と読ませている。なるほど、魔法瓶の注ぎ口は鳥の「くちばし」に似ている。「囀り(さえずり)」という春の季語もあるように、折から小鳥たちがいっせいに啼きはじめる時候になってきた。そんな小鳥たちの愛らしい声の聞こえる部屋の中では、ずんぐりとした魔法瓶がいっちょまえに「嘴」を突き出して、こちらはピーとも啼きもせず、むっつりと座り込んでいるのだ。それが春の昼間のとろとろとした雰囲気によく溶け込んでいて、暢気で楽しい気分を醸し出している。魔法瓶の注ぎ口に嘴を思うのは、べつに新鮮な発見というわけではないけれど、春昼とのさりげない取り合わせの妙は、さすがに俳句巧者の作者ならではである。ところで、この魔法瓶という言葉だが、現在の日常会話ではあまり使われなくなってきた。魔法瓶で通じなくはないが、「ポット」とか「ジャー」と言うのが一般的だろう。考えてみれば、「魔法」の瓶とはまあ何とも大袈裟な名前である。登場したころにはその原理もよくわからず、文字通り「魔法」のように感じられたのかもしれないけれど、いまや魔法瓶よりももっと魔法的な商品は沢山あるので、魔法を名乗るのはおこがましいような気もする。西欧語からの翻訳かなと調べてみたら、どうやら日本語らしい。1904年に、ドイツのテルモス社が商品化に成功したことから、欧米ではこの商品名テルモス(サーモス)が現在でも一般的であるという。「俳句研究」(2006年4月号)所載。(清水哲男)
春昼】 しゅんちゅう(・・チウ)
◇「春の昼」
長閑で、眠気をさそうような春の昼間。夏、秋、冬には言わず、春だけが季語として熟している。春の日中の駘蕩の感じをよく現しているので、よく使われる。
例句 作者
七いろの貝の釦の春の昼 山口誓子
天地音なし春昼に点滴す 野見山朱鳥
春昼の鏡の中の鏡かな 足立幸信
春昼のすぐに鳴りやむオルゴール 木下夕爾
妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る 中村草田男
春昼の指とどまれば琴もやむ 野澤節子
みりん干しあぶる香のあり春の昼 草間時彦
春昼の匙おちてよき音たつる 桂 信子
土積んだまま春昼の猫車 菅原鬨也
春昼の絵皿より蝶出でて舞へ 朝倉和江