武内 ヒロク二

このブログは、武内ヒロクニの絵の紹介や、家での出来事を妻が語ります。
日々、徒然。

一つの輝き(色鉛筆作品787)と ブログのお休み期間のお知らせ

2024-09-29 16:37:54 | Weblog

この絵は、1996年作の色鉛筆画になります。

この頃は、色鉛筆で小さいモチーフをギュッと圧縮した感じの絵を描いていました。

この絵を描いていた頃は、大阪や神戸の都会をよく散策していたのが思い出されます。

ビルの隙間を抜け出て、広い通りに出た記憶や、

夜のライトで照らされている並べられた靴、

照明から、店内の見えるカフェや、色とりどりの服、シャツやズボンの並んだ様子が浮かびます。

そして、画集。

古本屋で安くなっている画集で気に入ったものが見つかると、

重いのに買って帰り、気になる絵のページを切り取り、家の壁に貼ります。

長く貼られている絵を眺めているうちに、

思うことがあったりして、2人で話をします。

このタイプの色鉛筆画は、空想だけで出来ているものではなく、

散歩したあの角とか、歩いた道のあの部分とか、実際の場所も織り込まれているらしい。

わたしには、「ここか・・。」というふうには、分かりませんが。

しかし、この絵を見ると、その頃流れていた気分や時代の空気を思いだします。

29年前か・・・。

月日は流れ、絵のスタイルも随分変化しました。

この絵を見た時、29年前の流れていた時間を思い出し、

今現在が瞬間ならば、当時の瞬間も同等であっただろうと思い、

瞬間、瞬間を生きていることに思いをはせます。

つまり、瞬間が数珠繋ぎになっているのが時間なのだと思います。

当たり前のことですが、この絵を見て痛感しました。

 

 

やっと朝夕に涼しい風が吹くようになりました。

どれだけホッとしていることか・・・。

2階の屋根が日で焼けて、部屋がホカロンになることがなくなって嬉しい。

今思うことは、宝塚の家では庭があったので、ガーデニングをしていましたが、

今の家では、春夏に花が育たない、植物にはいい環境ではないようで、花と戯れる時間がなくなりました。

それが、寂しい。

秋のビオラの種をまき、「さて今年はどうなることか・・」という気持ちで蒔きました。

今から思うと、精神上とても良いことだった。

「美しい!」と思うことが、とても良かったのです。

また、「ああ、やっぱり陽射しというのは、凄い。」と畏怖の念を覚えたりした感覚は、素晴らしかった。

そんなことを思い、少し寂しい。

違った楽しみが、今の住まいにはあります。

買い物(食料品)が、楽しく、選ぶ店や行く所が多い。

しかも交通の便がとてもいい。

知らない所を散策したいのだが、

ヒロクニさんの「さほり、どこ行くの?」とか、

「早く帰って来てね。」の一声で、かなり気持ちが沈む。

「たまには、ゆっくりしておいでといったらどうなの!」といつも言うのが常。

「家族が心配して、こういうふうに言うのは普通だ。」と言われ、そうかなぁと。

こう書きながら、私たちは延々とこうゆうやり取りをしているなと思う。

一生するに、違いない。

わたしにとっては、悪い因縁のように思えるが、どうなんでしょうか。

しかし、その反面、絵が好きなので絵に近しい位置にいて、

いろんな画家に出会えたりもして、それはとても楽しいことだったりするので、とてもいい。

良い事、悪い事は、相殺しあっています。

 

わたしのブログは、書き始めてから16年書いてきました。

元々、書こうと思っていなかったのです。

周りのある人から強烈に何度も言われて書き始めたもので、

最初は、「そんなの嫌です。」と一決していました。

それがこんなに長くなった。

2008年の9月から始まっています。

始めは短かった文面も、何故か長い文章になっていったりして、

武内が読まないことをいいことに好き勝手に書いていました。

夫婦喧嘩をしたら、ブログに書いたりとして、「大丈夫ですか?」と電話をかけて下さった方もいた。

時々、露骨に書きすぎたかな?と反省したり。

しかし、そのままにしました。

また、絵に対しては、わたしの考えや思う事を書いてきました。

絵を楽しんで見ることの足がかりになれば良いという思いがありました。

正直に言って、武内の絵は一般的には難しいところがあると思います。

古い戦後の洋画家達が好きでありながら、前衛に身をおこうとする。

この前衛のあり方が、独特なので「理解不能」になる。

わたしも作品によっては、「理解不能」な人であります。

このブログに来て、「理解不能」な作品を見て下さった方、本当にありがとうございました。

下記に画歴を書きましたが、わたしは1990年の牧神画廊の個展から、登場する妻です。

実は、結婚する時、離婚することもあり得るかもしれないな・・・、と思いながら結婚したんです。(笑)

芸術と生活は、時々対峙することもあるだろうとの思いから。

しかし、思いのほか長く続いてしまい、自分でも驚いています。

武内も「こんなに長くいた人初めてだ。」と言い、歳月を数えて楽しんでいるという・・・。

今日はちょっと心苦しいことが・・・。

このブログが好感を持って読まれているとしたら、申し訳ないのですが、

ブログを一旦、お休みして、

一年後に再会したいということをお伝えしたいと思います。

私達2人は元気にしていて、病気はしていません。

私の充電期間と言った方がいいでしょう。

最後に武内のプロフィールの詳しい詳細を載せておきます。

武内ヒロクニの絵は、長い画家としての生活の中で今の絵があります。

理解の助けになるかもしれないと思い、付け加えました。

以下

■武内ヒロクニ 画歴ープロフィールー

1937年 徳之島で生まれる

1962年 第8回神戸二紀展 委託賞受賞、神戸京美堂画廊個展

1963年 神戸ナショナルギャラリー個展、小西保文、知念正文、武内博洲 拓展(大阪画廊)

1964年 島太郎、酒井銀河、武内博洲3人展(洲本市公会堂)

    新構造社会員となる   ←ここまで油絵時代

1965年 グループ位 第一回展(神戸国際会館)

    グループ位 非人称展(ダイワ画廊)

    アンデパンダンアートフェステバル グループ位(岐阜)

1966年 E・ジャリ展 グループ位(大阪ヌーヌ 画廊)

    寄生虫展 グループ位(大阪信濃橋画廊)

    現代美術祭典 グループ位 無感覚思考宣言(堺市)

    岡山市芸術祭参加

1967年 神戸コトブキギャラリー個展

    ワッポオペレーション展 (大阪信濃橋画廊)

    オール関西新人抜選展(大阪信濃橋画廊)

1968年 次元68展(京都市美術館)

    第一回タカ展(神戸 安田ギャラリー)

    第二回タカ展(大阪 あの画廊)

1969年 第一回兵庫美術家祭典(兵庫近代美術館)

1970年 兵庫美術祭出品

    京都美術館ニルバーナ展種出品

    第一回京都アンデパンダン展出品  ←ここまで現代美術

    VOXヒコーキ堂経営(ロック喫茶) ←ここはロック喫茶経営

1977年 臀部展(神戸)            ←ここから色鉛筆

1978年 画廊レンガ舎個展(姫路)

1979年 凡画廊個展(加古川)

1980年 凡画廊個展(加古川)

1981年 ギャラリーパルパローレ個展(神戸)

1983年 凡企画展、凡画展

1985年 武内博洲、鴨下葉子二人展(アートサロン・ロロ)

1986年 神戸明泉寺壁画完成   

1990年 牧神画廊個展(東京)

1992年 武内ヒロクニの世界展(神戸・海文堂ギャラリー)

1993年 DEATH IS CANDY 武内ヒロクニWORKS 画集出版記念展(神戸・海文堂ギャラリー)

1994年 武内ヒロクニの世界展(神戸・海文堂ギャラリー)

1995年 武内ヒロクニの世界展(神戸・海文堂ギャラリー)

    CitiyギャラリーI.M個展(大阪)

1997年 武内ヒロクニの世界展(神戸・海文堂ギャラリー)

1998年 武内ヒロクニの世界展(神戸・海文堂ギャラリー)

2000年 アメリカ村 モンスーン・ティールーム個展(大阪)

    カンテ・グランテ中津店個展(大阪)

2001年 ギャラリーDEN個展(大阪)

2004年 武内ヒロクニ個展(神戸・ギャラリー島田)

2005年 武内ヒロクニの部屋“DAHOMAY”展(神戸・ギャラリー島田)

2006年 毎日新聞夕刊 東京版「しあわせ食堂」4月から連載

    アトリエの武内ヒロクニ展 毎日新聞夕刊 挿絵連載記念(神戸・ギャラリー島田)

2008年 武内ヒロクニ展(神戸・ギャラリー島田)

2009年 しあわせ食堂原画展(神戸・ギャラリー島田)

2010年 武内ヒロクニ鉛筆画の世界展(神戸・ギャラリー島田)

    しあわせ食堂&色鉛筆画の世界展(ギャラリーゴトウ、ギャラリー枝香庵 同時開催)

2011年 武内ヒロクニ展 (神戸・ギャラリー島田)

2013年 武内ヒロクニ展 (神戸・ギャラリー島田)

2021年 武内ヒロクニ展 (神戸・ギャラリー島田)

以上

 

個展のお知らせは、お休み中であっても、お知らせしますので、

よろしくお願い致します。

コメントの返信もしますので、何かあれば書いて下さると嬉しく思います。

ブログのページは、1054項目あります。

始めは、短いのに「書いた~。」と、ドキドキしていました。

後半は、短いと書き足りないような気がして、長くなっていた模様。

こんなブログですが、暫しのお休み、よろしくお願いします。

来年の10月1日に、また!!

2025年の10月1日から再開します。

 

 

 

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いたずらもの(作品紹介786)と 「もしも・・・、・・・したらどうなる?」

2024-09-14 17:47:37 | Weblog

子供が描いた落書きのようだ。

そして、楽しげである。

これが絵を見た時の印象。

モチーフには顔があり、その顔はみな、何をいたずらしようかと笑っているように見える。

わたしには、「イッヒィヒヒヒ・・・。」と声が聞こえるのだ。

この絵は、「関西粋人・170武内ヒロクニ」と書かれているので、

これは、サンデー毎日でのカットの絵になります。

十年以上前の仕事です。

小さなカットだったので、その仕事に慣れた頃になると、

時々ハチャメチャな絵を描いていました。

それがこの1枚になると、思います。

時々、羽目を外す。

「やりすぎじゃない?」と思う時は、わたしは無口になり、不穏な目つきで武内を見たものです。

しかし、時間が経ってから久しぶりに見て、

カット云々から解放されて見てみると、

この絵のモチーフ(変キャラみたいなの)は、宇宙のような空間に漂い、

フワフワと浮いているような感覚は楽しく、変な可愛さがあって可笑しい。

ラフな線が自由に伸びているのも、堅苦しい気持ちをほぐしてくれる。

カットは白黒だったが、

色も認識され、それがアクセントになりお洒落な感じだ。

わたしのことだから、

「白黒のカットの仕事なのに、どうして色を使っているのだろうか・・。

 ピンクとか緑の中間色は、印刷でどうなるんだろう・・。」と、生真面目に見ていたに違いない。

こういう時は、最終的に「し~らない。」「どうとでもなれ。」「編集者が何とかいうだろう。」と、

共犯者ではない!という立場に自分を移動させる。

そして、野放しにする決意を固めるのです。

私自身は、仕事などの時は、

「相手の意向と自身の意向とをどう摺り会すか?という視点に立つ」ので、

武内のように、全面的に自分の意向で「いっちゃへ!!」的なことをされると、

非常にハラハラし、心臓に悪い。

今、絵を見直して、わたしは堅苦しい性格だな、と思う。

しかし、絵を見て、このカットは、文章に全く沿ってなかったのだろうと思う。

わざわざ、文字を書き込んでいるところから伺えるのだ。

「これは、関西粋人のカットデス。」と主張を添えるところがねぇ・・・。

しかし、現在は、カットの意向から離れているので、

絵として見て下さると嬉しいです。

絵は、黒のマジックと鉛筆を使用。

下書きなしで描かれた絵になります。

可愛い、もしくはキュートな感じが全開しているように、思います。

 

 

 

朝には、やっと涼しさが感じるようになりましたが、まだまだ暑い。

夏の前半は、それでもあちらこちらと歩きましたが、

夏の後半に入り(残暑の頃、今現在)、外出は最低限にしました。

そのせいか、気分が悪くなったりせず、無事過ごしています。

家の中で、主にすることを3っ決め、その3っを適当に交互に回し、シンプルに過ごしています。

絵についての上記の文章で、自身の事を

「生真面目」「堅苦しい性格」と書きましたが、さらにそれを感じさせる読書をしていました。

こんなストーリーと異様な展開、初めてだという児童文学。

「イギリス人って、やっぱり凄いな。」と、思いました。

ユーモア、特異な発想、ブラックジョーク、可笑しみのセンス、辛辣さが、満載。

その本は、こちら。↓

七人の魔法使い [書籍]

こういう本を、図書館で、たまたま手に取る。

わたしは、ダイアナ・ウィン・ジョーンズは、何冊か読みましたが、これが一番面白い。

始めに「作者の覚書」があり、

「この本は、以下の十の命題を証明するものである。」と冒頭に書かれている。

1 ゴロツキとは、背景にとけこむ代わりに前景にでしゃばり、そこに居すわる存在である。

2 ブタには羽があるので、つかまえるのはたいへんだ。

3 権力は人をだめにする。しかし、電力は、ないとこまる。

4 どんなものでもつらぬく矛が、どんなものでも防ぐ盾にぶつかると、家庭不和がおこる。

5 音楽は、つねに悩める心を静めてくれる、とはかぎらない。

6 英国人の家は、彼の城である。

7 人類の女は、男よりも恐ろしい。

8 黒あざに報いるには、黒あざをもってせよ。

9 宇宙は最後の辺境である。下水道もまたしかり。

10 言葉の力をみがいておいて損はない。

この10の覚書を読んで、「この作者には偽善は通用しない」と思ったわけだ。

始まりの1行から、この“ゴロツキ”なる人物が登場し、ある家庭に非常にじゃまな存在として登場する。

もう、それからは、強烈な性格の家族とゴロツキの付き合いが始まり、

謎が謎を呼び、スピードを持って、どんちゃん騒ぎの喧騒でもって、ストーリーが展開する。

疾風のよう。

まだ、読んでいる途中なのですが、

ダイアナ・ウィン・ジョーンズの本では、これが1番好きかもしれないと、また思う。

他の本では、良さがはっきりわかりませんでした。

常識を打ち破る破壊力により、

「わたしは・・・、本当に融通の利かない頭なんだ・・・。」と、自分の頭の固さのことを思い知った。

ヒロクニさんの絵を見て、「ガーン!」となるのと似ています。

この本の作者は、幼少の頃、両親が貧窮院のようなものを運営するようになり、

その中で育つのですが、そこに集まった人達は、変人ばかりだったそうで、

自身では異常なことが普通だったと語ります。

そして、その貧窮院の傍らに住み、三姉妹は不幸な状況だったらしい。

しかし、そういう変人を話のタネにして、姉妹で笑い飛ばすことを覚え、状況を突破したと彼女は語る。

そして、「不幸と馬鹿騒ぎが極めて密接に結びついている」と気づいたと。

この本では、その気づきが生かされているらしく、

シェークスピアの喜劇の如く、笑って読んでいました。

滑稽味もあって、これぞイギリス人の感覚という感じ。

わたしも本の感想で“疾風”という言葉を使うとは思いませんでした。

また、彼女は、「もしも・・・・・、・・・・・したらどうなる?」といつも考えているらしく、

これが、平凡な状況においての想像力であり、

「想像力は精神の成長にほかならない」とも言う。

そこで私もやってみた。

「もしも、わたしが蒸発したらどうなる?」

「もしも、わたしが猫語を話せるようになったらどうなる?」

「もしも、わたしが億万長者になったらどうする?」

もう、思いつかない・・・。

低俗で幼いことしか、思い浮かばないのが悲しい。

最初の思いつきは、時々現実に思い浮かべたことがある内容だ。

ただの現実逃避でお恥ずかしいかぎり。

彼女は、「もしも・・・、・・・・したらどうなる。」で、一杯になるらしく、

そこがアイデアや創作に繋がっていると言う。

そこが、作家なのだろう。

アニメにもなるらしいが、本には本の面白さがあり、

決して子供だけのものにならない面白さもあるので、

ダイアナ・ウィン・ジョーンズの中で、文字で読んで欲しいお勧めの一冊。

読書中ですが、終盤に近づいているにもかかわらず、どんな結末になるのか想像出来ません。

実は、こうやって、わたしは人の才能に気づく時、とても楽しいのです。

「ここが、才であり、この人の能力であり、素晴らしさなんだ。」と思うと、気持ちが湧きたつのです。

そして、頭がエキサイトする。

と、同時に冴えた感じもある。

こういうのを感動というのか?

これには、相性があるようで、好みとかがあり、偏っているみたいなのですが、

こういうことがあるのは、とても嬉しい瞬間なのです。

こういうことは、それぞれの人がそれぞれの分野で、体験していることだと思います。

どうでしょうか?

 

 

夕方、ホームセンターに行くのを兼ねて、海を見てきました。

↑船が動くのを見ていました。

白い船は、旋回し始めていました。

後ろからは、赤い船が向かって来ています。

肉眼で見ていると、とても近づいてきているように見えたのですが、

写真を見ると小さく映るのです。

目と写真では、見え方が随分違うのです。

やっぱり、目で見る方が躍動感がある。

そして、海を見ると、独特の気持ちになる。

これ、不思議ですね。

 

 

今日は、たまたまダイアナ・ウィン・ジョーンズのアイデアの持つ素晴らしさについて、

驚いたことを書きました。

彼女は、考えられない変わった人達が集まり、それが普通の世界に幼少の頃いたのだと思います。

普通、普通でないが逆転している世界・・・。

異常が普通という世界・・・。

そういう奇妙な感覚が、読みながらします。

それと、わたしの固い頭というか、生真面目もほどほどにということも。

肩が凝るのは、当たり前か?と思わずにはいられません。

今日も、子どものようなことを思う、わたくしの文章をお読み下さった方、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

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太陽・雨の日(色鉛筆作品785)と 「マチスのみかた」猪熊源一郎の著書から

2024-09-05 16:34:57 | Weblog

この絵は額装されていたもので、タイトルが「太陽・雨の日」という札が裏にありました。

台所でライトアップされているスペースに飾られ、台所に行く度に目にした絵になります。

タイトルを知らずに見ていると、赤い線で描かれた丸の部分が、

台風の目のように見えてきます。

大型台風が来ていたからそう思ったのかもしれない。

すぐに思ったことは、「やっぱり、男と女が登場している」ということ。

このパターンの絵は多く、男ばかりいるというような絵は皆無だ。

芸術家には、ミューズが必要なのだろうと思う。

わたしがミューズであるとすれば、嬉しいような悲しいような・・・、複雑な気持ちに陥ります。

ミューズは、こき使われていますから・・・。

これがミューズなのかえ?という体たらく。

女性の胴体には、四角が描き込まれているので、街の絵かな?とか、

右側に枯れた木が2本見られるので、高台にあるマンションのようだとか、

左上の建物らしきものは、学校か?と。

いろいろ身近なものにあてはめて考えているうちに、

抽象とはいえ、完璧な抽象画とも違うということに気がつき、思わず武内に言った。

「あなたの絵って、抽象のようで抽象ではないよね」と。

すると、すんなり言葉が返ってきて、

「結局は、地上のなにか、そうなるだろうねぇ」と。

ふ~ん、とうなずき、わたしは目線を上にしながら、宙を見た。

そして、「わたし達は、地球から逃れられないわけだ。」と言うと、

変なことを言う女だな、という顔でわたしを見ていました。

わたしは変な発見をした自分に感心していて、良いこというわねぇ~と悦にいながら、

また、絵を見返すと、

今度は、男の人の顔を見ているうちに、“蟹”に見えてきたりして、

「やっぱり、地球から離れられないな。」と1人で呟きました。

そして、気持ちが落ち着いたところで絵を見ながら、

使われている薄いブルーが、不思議な効果を出していると思い、

薄い黄色の部分には、雨が描かれていることに気がつく。

振り出したばかりの雨で、小雨のように思いました。

それとも、狐の嫁入りの雨でしょうか。

晴れているのに、雨が降っているような感じがします。

台風の目ではなく、太陽だった赤い丸。

意外でした。

 

 

今週は、猪熊源一郎氏の著書、「マチスのみかた」という本のことを。

ヒロクニさんと、四国にある「丸亀市猪熊源一郎現代美術館」へ行ったことがあります。

猪熊源一郎の作品は、私達二人とも好きで、その時の感動は忘れられません。

そういう人が書いたマチスの本が、

図書館へ行くと、新刊のコーナーに置いてあり、

すぐ手に取りました。

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マチスに会った時の事や、マチスからの絵のアドバイスを受けた事、

それを評論家ではなく、生身の若い画家の視点で書かれているのが、

面白く、画家にとっては為になる本だと思いました。

わたしは、マチスも好きで、学生の頃展覧会を見に行って、

感激と同時にいろいろ思ったことがあり、その部分を解きほぐすことも出来たのです。

猪熊源一郎氏の作品を少し紹介。

猪熊弦一郎作品 | 大内山雑記帳

↑《自由の住む都市》1980年

 

猪熊弦一郎展「いのくまさん」 - デザイン・アートの展覧会 & イベント情報 | JDN

↑≪顔、犬、鳥、≫1991年

このような作品を描く画家です。

パリ時代、ニューヨークの時代、ハワイ時代と作風に変化がありますが、

ニューヨークからの以降の作品が、断然良いというのが、私達2人の共通の意見です。

ヒロクニさんが、「猪熊源一郎氏の先生は、マチスだからね」と言っていたのを思い出し、

これは借りなくてはと、手に取ったのでした。

猪熊氏は、マチスから、「君は、絵がうますぎる。それが良くない」という趣旨のことを言われ、

痛い所をつかれたが、意味が良くわかったそうです。

絵を上手く描けるように努力して、上手くなり、それがいけないと言われるとは、それ如何に?

「素直にものを見ていなかった」と、猪熊氏は、反省したそうです。

物を見る敬虔さ、物に対しての深い親しみと謙虚さが足りなかったと気がつきます。

マチスのアドバイスもさながら、受け取る側にも力量がいることだと思いました。

そういうマチスの作品は、日本には意外と親しまれていると思いますが、いかがでしょうか?

どこかで、目にしていると思うのです。

代表的なものを紹介します。

アンリ・マチス : なんとなくアート

↑「赤の食卓」1908年 エルミタージュ美術館

作品解説】アンリ・マティス「金魚」 - Artpedia アートペディア/ 近現代美術の百科事典・データベース

↑《金魚》は1912年

アンリ・マティスの切り紙絵展、英テート・モダンで開催 国際ニュース:AFPBB News

英ロンドンのテート・モダン美術館「Henri Matisse: The Cut-Outs」展での切り絵の展示

 

日本初! アンリ・マティスの切り紙絵に焦点を当てた展覧会が開催 | Vogue Japan

↑アンリ・マティス「ステンドグラス、『生命の木』のための習作」1950年  ニース市マティス美術館蔵 

こちらは、日本の新国立美術館で開催されていたマティス展から。

ステンドグラスになった切り絵を小さく再現したそうです。

 

楽天市場】絵画 複製名画 キャンバスアート 世界の名画シリーズ アンリ・マティス 「 ダンスII 」 サイズ SM ~ 6号 : 絵画 掛軸 額縁屋  TOUO

↑「ダンス」油彩 1910年 エルミタージュ美術館

ena美術ブログ | ena美術の今を伝えます | ページ 407

↑上記の「ダンス」の油彩のデッサン

 

マティスの初期を代表する「ダンス」の為のデッサンを

美大生だった頃、マチス展で見ました。

「ダンス」の油彩も実物を見て、不思議に思ったのは、

あまりにもさっと絵の具が塗られていることでした。

当時は、油彩とテンペラ画を描いていましたので、塗り重ねがとても大事でした。

しかし、マチスの絵は画布の表面を感じるぐらい薄く塗られているのに驚いた記憶があります。

近くで見ると、鉛筆で描かれた鉛筆の跡が見えていました。

その上、塗られている絵の具が細部にまで塗られていないところもありました。

洋画で塗り残しというのは、あまり見られないので、

「いいのか?」という単純な考えを持って見ていました。

マチスの絵の伸びやかさや色の美しさに参ってしまったわたしは、

「もし、この画風を真似て書いたとしても、それはあまり意味がないだろう」と思い、

マチスの模倣はしませんでした。

マチスの絵を見る快楽は、マチスの絵でしか味わえないと思ったのです。

そんな学生時代のことを思いながら、この本のページを紐解いてみました。

すると、マチスは非常なるデッサン家だというのが分かり、

デッサンのやり方にも独自のスタイルを持っていたのが伺えます。

普通より、非常に近い至近距離で描いていました。

モデルを前にして、見て、そして、くるりと反対の向きになって描きます。

(普通は、見ながら描くことが多い。反対を向く人はいない)

対象をまず見て、それを頭に記憶し、その記憶を描きつけます。

まず、最初にリアルにデッサンをします。

次のデッサンでは、単純化が始まります。

次のデッサンでは、さらに単純化が増します。

その間、消したり描き足したりが繰り返されます。

そうやって、形の本質をつかんで、最大に単純化される。

このことを知って、単なる模倣では近づけないのがよくわかりました。

果物を描いた絵でも、デッサンがたくさん展示してあり、

木炭が消されて灰色になった紙の上から、太い線で描かれている意味がわかってきました。

単純化の過程だったのです。

単純化と言っても、マチスの感性で昇華された形と言った方がいいでしょう。

マチスも時代と共にスタイルの追求があり、

点描画、フォービズム、キュビズムと経て、独自のスタイルを築きます。

形と色、独自の空間の追求です。

そして、晩年には切り絵のスタイルが出来上がるのです。

塗り残しの疑問については、作品を描く過程で重要視していることの優先順位があって、

そうなっていると思いました。

その作品に対しては、形や線の在り方が重要で、それ以外はかまわないのだと思い至りました。

そう思って見ていた美術館で出会った作品は、下の絵です。

1940年の夢(Le rêve de 1940):マティス、色彩の魔術

↑「1940年の夢」

白いカンバスが見えていることによって、かえって躍動感があったりします。

きちっと塗ったからといって、たいして変わらない、

また、筆の勢いの気持ちがいい伸びを殺してしまうとか、

マチスの中では、精密な感覚があって出来上がっているのだと思いました。

今回の一番の発見は、マチスは素描家であるということ。

色の美しさばかりに感激していましたが、素描が土台になってそれが可能なのだと。

だから、マチスは、物凄い量のデッサンがあり、鍵の掛かった引き出しに、

それもたくさんの引き出しに収納しているそうで、

あっちの入れ物、こっちの入れ物の引き出しの鍵を開け、

取り出しては、アドバイスもしくは、マチスの考えを述べたそうです。

マチスは、素描を極めていった、究極まで行った人だから、

こういう絵が描けるのだと納得しました。

また、作品の収納は、どの画家も頭を痛めていることなので、

マチス先生は、引き出しに入れているのだなぁと興味深く読みました。

 

この本は、ヒロクニさんの方が先に読んでしまい、

「巨匠だねぇ。だけど、私はピカソの方がいい」と言われ、

読んでいる最中に言うなんて、と思い、

「わたしは、どちらかと言えば、マチスの方が好きだ」と答えました。

「ピカソの“動”の部分がいいのでしょ。マチスも穏やかなようで、主張も激しい人なんよ。

 ピカソの奥様のフランソワ―ズ・ジロ―にモデルになって欲しいと、こともなげに誘ったりして、

 ピカソは、激怒してたのよ。

 二人はいい勝負するのよ。」と、反抗気味言う。

言い足りないから、「あなた、もっと美しい絵を描いてよ」等と言うと、

「俺は、きれいな絵なんて描かないんだ。そんな絵は真っ平御免だ!」と言われ、

少し悲しくなった。

攻撃的な絵を描くつもりなのかもしれない・・・。

最近、攻撃的なものを見ると、疲れる傾向にあるわたし。

反対に夫は、歳をとっても、肩ひじ張って生きていくみたい。

まあ、元気が一番ということにしておこう!

 

 

最後に、ヴィクトリアケーキを作ったので、

その途中経過の写真を。

↑この度は、スポンジケーキを焼いて半分にせず、

パウンドケーキの硬さの生地を二枚焼いて作ってみました。

本格的なイギリスのレシピで作ってみました。

育てているラズベリーから、ジャムを作ったものを頂いていたので、張り切りました。

イギリスのバタークリームは、バターと粉砂糖を練って作ります。

卵を入れず、とてもシンプルなもの。

味は、プレーンなパウンドケーキにバタークリームとジャムをはさみます。

写真に中央の方にバタークリームの上からジャムをのせ、

もう1枚のパウンドケーキを押し付けました。

パウンドの端から、クリームやジャムが垂れてこないようにしてみたのです。

そして、もう一度クリームが固まるまで、冷やしました。

このラズベリージャムが市販のものより、とても美味しくて、

いいヴィクトリアケーキが出来ました。

ヴィクトリア女王が好きなケーキだそうで、イギリスではポピュラーなケーキです。

フワフワしていなくて、かっちりしているイギリスらしいケーキになりました。

 

今日は、マチスの絵について書いてみました。

好きな画家が、わたしも好きなマチスの絵について語るというのが、

ポイントでした。

これからマチスの絵を見るのが楽しみになったということであれば、嬉しい限り。

少し分かってきた。

また、少し分かってきた。

と、少しずつ分かっていくというように、その分かる楽しみを私自身がしている最中です。

至らない部分は多いと思いますが、

わたしがなるほどと思った部分は伝わっただろうか。

今日も、最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。

 

 

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朝の珈琲(作品紹介784)と 引き継がれる“焼きそうめん”

2024-08-26 14:58:33 | Weblog

この絵が、朝の絵だというのが分かるのは長きにわたり暮らしてきた賜物です。

右上には、黒い線で歯ブラシが描かれています。

歯ブラシというのは、武内にとって、朝の象徴のようなモチーフで、

コップと歯ブラシのスケッチなどもあります。

これが転じて「歯ブラシ女王」というものを考え出し、

歯ブラシがたくさん登場する絵を描いていた時期もあった。

歯ブラシでサーフィン、またはスケートボードのように駒がついているものに、

一つ目の四角い人物像が立っている様子が、個人的に好きでした。

それはさておき、朝の珈琲を愛する武内の心情が現れていて、

今日も元気でやってみよー!という意気込みが感じられます。

今日も爆発するゾ!そんな予感。

いや、しかし最近は老体に鞭打っているようで・・・、苦しい日があるみたい・・・。

画材は、鉛筆とクレヨンになります。

 

 

そろそろ夏バテするか?と思いながら過ごしていましたが、

思ったとおり、暑さに疲れております。

さすがのわたしも、料理をする前に躊躇します。

食欲はあるのですが、作るとなると「今日は休みたいな・・・」と思うわけです。

そんなときに、弟の訃報が入って、21日はお葬式にいっていました。

あまりにも突然だったので、信じられませんでした。

実は、4年ぐらい前に妹を亡くしていたので、4人兄弟だったのが、半分になって2人だけに。

弟は優しい人柄。

わたしたち兄弟は、家のものが皆働いていた為、

幼い頃、兄弟4人で過ごすことが多く、4人で濃密な子どもの時間を送っていました。

わたしは長女なので、一番下の弟のお世話は、よくしたと記憶しています。

せざるを得なかったということもありますが、一番下の弟は小さくて可愛かった。

弟をおんぶしていて、そのおぶい紐で弟をくくり、兄弟揃って写っている写真を見ると、

いつの時代の貧民か?という様子です。

亡くなった弟は、上の弟で、小さいながらそっとわたしを手伝ってくれるようなところがあり、

子ども心に、そういう優しさを感じさせるような弟だったのです。

下の弟達は、兄弟げんかをしたりしながら、とても仲が良かった。

下の弟は、母が「孤児院にいれてやる!」(このしかり方、いつの時代?)と怒鳴ると、

「僕、お兄ちゃんとならどこでも行く」と答え、ぜんぜん悪びれる様子がなく、

「そんなにお兄ちゃんが好きだとは・・」と残りの家族一同で呆れた。

また、親が許してくれない要望などは、兄弟で話し合ってから一致団結して、嘆願したものだ。

だから、子ども議会なるものがあって、親が家にいない時によくやった。

不愉快なことも議会で話し合われ、何故それが嫌なのかという理由と共に、

止めて欲しいと嘆願するのです。

だから、お互いが何に対して、どういうふうに嫌かということを知る機会にもなり、

結束力がますます高まる。

だだ、親との話は、かみ合わなかったり、通じなかったりといろいろで、

難航し、お互い感情的になったりすると、一番下の弟が、

「お姉ちゃんもお母さんも皆、やめてよ!」と大声を上げ止めるのです。

意外な横やりに、皆驚き、弟を見つめるその他一同。

言い争いは終わる。

わたしは、「家族が争ってあんなふうだと、弟は気持ちが荒れるんだ」と思い、納得した。

そんなふうに、祖母、母、兄弟姉妹の人間模様があって、

とても楽しいく、笑った日々が思い出され、子どもの頃の時間がオバーラップされる。

そんな私達も大人になり、それぞれの家庭を持ち、時々顔を合わせることも減ったが、

会えば冗談をいい、わたしは、よくからかわれた。

競馬を楽しんでいる弟に、

「よくそんなことやるは。賭けても負けることがあるじゃない。そんなものは嫌よ。」と言うと、

「僕らは、サラリーマンだからね。ハラハラすることってないし、そこがいいんよ。」と言った後、

笑いながら、「お姉ちゃんとこみたいに、人生が賭けじゃないからね」と言われ、言葉につまりぐぬぬ・・となる。

そんなふうに思っているのか・・ということや、

「人生が賭けねぇ~」上手いこと言うと思ったが、

自分のことを考えるとトホホ・・となりながらも面白いのです。

お葬式の最中、奥さんと話す機会があり、

「お姉さんが作ってくれたと言って、そうめんを焼く料理をよく作ってくれたんです」と。

「あの焼きそうめん?錦糸卵やらハム、きゅうり、もみ海苔を乗せているやつ?」と聞くと、

そうだと。

「それは、祖母がよく作ってくれた料理で、美味しかったから今でも作るけど・・」と言いながら、

記憶を手繰り寄せる。

作った記憶ははっきりしないけれど、あれやこれやと弟に何か作っていたことはある。

なんたって、母の料理のことで、同じ意見だった上の弟と、今日の料理の怖さを語り合ったものだ。

そんな記憶と共に、そんなことを言いながら奥さんに“焼きそうめん”を作ってあげていたと知ると、

可愛い弟だという思いがこみ上げる。

その“焼きそうめん”は、油そうめんと言われるものと違い、見かけは冷麺のようなのです。

茹でたそうめんをバターで炒め、軽く塩こしょうをして、お醤油を垂らすのです。

醤油の風味加減で塩こしょうを調整したらいいというもの。

その上に、先ほど書いた通り、錦糸卵、ハムの千切り、きゅうりの千切りをのせ、

もみ海苔をふりかける。

混ぜながら食べるとバターの香りとよく合います。

ヒロクニさんも美味しいそうで、たまに作ってと言われます。

私たち4人は当時、一般的に見たら可哀そうな兄弟にも見えていたと思いますが、

そういう状況だったからか、お互いに思いやり、そして子供らしく笑い、子どもらしく何かに熱中し、

冗談や親しみをこめたからかいで、ある意味濃い兄弟でした。

1人かけ、2人かけ、寂しく思いましたが、

この寂しさというのは、ことわりなのかもしれないと思い、

楽しい思い出はそのままにしながら、自分の人生をまっとうしなくてはいけないのだろうと。

気弱にならず、生きていかねばなりません。

何やかやと、最終的に食べ物の話に流れていくのが、わたしなのでしょうかと思いつつ、

今日はこの辺にしたいと思います。

個人的な話し、それもわたしの個人的な心情オンリーの話でしたが、

お読み頂いた方ありがとうございます。

 

 

実家に帰る道のりで、撮った写真を。

今の神戸の家は、夏は植物にとって厳しすぎるのか、

トマトの苗も枯れてしまいました。

宝塚市は、ヒロクニさんの言う通り、花の多いところなのだと実感しています。

 

5月に。宝塚にて。

 

 

 

 

 

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1枚の切り抜きから(メモ紹介783)と 西暦536年の寒冷期

2024-08-15 16:14:43 | Weblog

これは、イラストの写真を貼ってから、派生したメモ(エスキース)になります。

貼ってあるイラストは、2人の人物が、ポップでハートが描かれたTシャツを着て走っている。

多分、わたしがこの絵を雑誌でみたとしても、

「可愛い絵」と思いながら、次のページをめくるだろう。

ここに貼られているから、まじまじと見て、ハートの柄だとか、細い人と太い人だとか、

黄色い色に青色とハートの赤色でポップだとかと言っていますが、

まず記憶に残さない絵柄です。

鉛筆だけで描かれた右下の形が印象に残る。

特に足が前方に出てくる感じに線が伸びているので、

力強くこちらへ向かってきている感じがして、変な迫力を感じ形が頭に残る。

すると、イラストの走る形と呼応しているのがわかります。

そして、フランスのシュールレアリストが書きそうな小悪魔的な婦人像が描かれていますが、

これが奇怪な様相。

そして、この婦人も走っているのです。

大きく描かれたこの婦人の雰囲気から、

“嵐”の到来が来る前に、走って家に帰ろうとする人が描かれているような雰囲気がします。

しかし、武内のメモは“ノンセンス”なものが多いので、理解しようとは思わず、

そこから受ける奇妙な感じだけを味わうのが一番いいでしょう。

右下の端に描かれた「マジメに。」という言葉。

わたしの解釈では、「やっぱり、ふざけていたから、マジメにやれ。」と自分に言い聞かせているのか?

と、思えてしまうのです。

しかし、このメモは大切らしく、破られることなくファイルに入っていました。

形の呼応の試し描きとして、

イラストから新しい形を作りだしたかったのかもしれません。

絵の形を生み出す、一つの方法だと思います。

メモは、実験的なものが多いので、未分化な絵が多いのですが、

思考の片鱗を見ることができます。

武内は、絵で考えたり、絵で遊んだり、絵で苦しんだり、いろんなことをしているようです。

 

まだまだ暑い日が続きます。

食料を買い足しに行きますが、道中はもとより帰ってきた家の中でも汗を拭いています。

ハンカチではなく、小さいタオルが離せない日常。

夏に強いヒロクニさんも、さすがにクーラーをかけています。

以前は見なかったテレビを見ていて、

クーラーをつけないで熱中症で亡くなる老人のニュースがあると、

食い入るように見ていて、眉間にくっきりと皺を寄せている。

事実は、説得力があるようで、

以前、わたしがクーラーを入れると、「浅ましい」と言われていましたが、

自分でクーラーの温度調整が出来るくらいに進歩しました。

季節の感覚が以前と随分違ってきて、夕立があった夏が懐かしい。

我が家は、夏の定番、スイカと濃いめの麦茶で懐かしい夏の味を満喫しています。 

クーラーという文明の利器がなければ、多くの人が死ぬような夏なのでしょうか?

怖いことだ。

こんなことを考えていたら、「人類史上最悪の年、西暦536年」という文章を見つけてしまいました。

ヨーロッパでの出来事です。

西暦536年にインドネシアのジャワ島とスマトラ島の間にあるクラカタウ山が大爆発を起こし、

吹き上げた火山灰が風に乗って地球の空全体を覆った。

それは、約1年半にわたって完全に太陽の光を遮り、その後数年間は世界各地で異常な低温が続き、

干ばつと洪水が繰り返され、飢饉(低温による作物の不作)、ペストなどの疫病が大流行し、民族移動、

そして大きな帝国の滅亡(ローマ帝国)に繋がっていく。

わたしが驚いたのは、太陽の日が差さないことで起こる不の連鎖だ。

作物が成長せず、食料危機が起こるのは思い浮かぶが、

光を浴びないことで、人にビタミンDが不足し、免疫不全になり、病気への抵抗力が失われるということだ。

そこにペストが流行りる。

弱り目に祟り目のように、疫病によって次々と人が亡くなっていく様は地獄だっただろうと想像する。

なんと、その上この寒冷化は10年続いたという。

この火山の爆発の影響は、南米のペルーや中国、韓国でも起こり、日本でも起こっていたらしい。

ペルーでは、モシェ文明が消滅し、中国では夏に雪が降り、日本でも凶作が起こったと。

「日本書記」には、

当時の宣化天皇の言葉として、西暦535年には豊かな恵みに感謝するといったようなことが書かれているのに対して、

翌536年には一変して大凶作に陥ったことが書かれているそうです。

ただ、日本はそれ以前から凶年に備えるため、収穫した穀物を収蔵し、食料を蓄積してきていたようで、

その年はさほどの大混乱にまでは陥らなかったというのが幸いだ。

日本の時代は、聖徳太子が登場する頃にあたります。

こういう事実を照らし合わせ、太陽の光が差さなくなると、

人類には災いが蔓延し、大きな変化を強いられる因果があるのだろうか?と思い、神妙な気持ちになりました。

太陽というのは、命の源でもあり、前向きな存在なんだと思いました。

やはり、天照大御神はおられるのでしょう。

人類と密接に繋がっています。

暑ついのも限度を超すと難儀ですが、

やはり怖いのは寒冷化のほうだと思いました。

この西暦536年のことが分かったのは、最近の事らしく、2018年。

それもハーバード大学での研究で、「7世紀の貨幣の歴史」を調べていくうちに分かったそうです。

今は、異常気象の話題や、地震が世界的に多いことを思えば、これはどういう事だろうと考えます。

きっと、人類へのメッセージがあると思いますが、分かりません。

わたしには、叡智がないのでした。

占星術では、風の時代に入ったと言われます。

2025年からがその特徴が現れると言われています。

何か大きな変化があるのでしょうか。

(占星術は、日本では星占いのように言われていますが、外国では権威があってアカデミックな研究がされています。

 長い間研究され、学術的な学会もあります。

 なるべく、そういう人達の見解を見るようにすると、バカにはできないものだと個人的には思っています。)

「破壊と再生の時代」と言われていますが、

何が破壊されるのかと思うと、ぞわぞわします。

もう、時代について行ってないと思うことが多いので、変化についていけるのか?

これが、問題です。

 

今日は、暑さよりも冷夏のほうが怖いのでは?ということを垣間見ました。

しかし、身近に不可解なことで驚かしてくれるのは、夫です。

お茶漬けではなく、“水漬けのご飯“作ってと言われました。

わたしの常識と夫の常識は、違うのです。

今日も、最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。

536年のことについては、『西暦536年の謎の大噴火と地球寒冷期の到来』という著書があるようです。

歴史家ではなく偶然、科学者が発見したというのが、不思議ですね。

前表紙
 

↑本の表紙

 

 

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ネズミの蜃気楼(色鉛筆作品紹介782)と ネズミの物語あれこれ

2024-08-03 18:11:31 | Weblog

暑くて、私は、こんな表情をしてるかも?と思う時がある。

そして、右には蜃気楼。

そんなことを思い浮かべ、今日はこの絵を選びました。

その蜃気楼が、水色の鼻からヒゲを生やしたネズミの顔に思え、

ひとりで受けて笑っていました。

以前、「ヒロクニさん、あなたはネズミと結婚するのよ。」

と、意味不明なことを言い、

大きなネズミに世話をされている武内の姿を思い浮かべ、爆笑していたのでした。

ついでに、ネズミと夕飯を食べている姿も想像し、可笑しくてたまりませんでした。

「ヒゲを俺に当てるな!」とか、言っていることも想像し、

事細かに細部や、会話、その様子を思い浮かべていると、滑稽で可笑しかったのでした。

大体は、ヒロクニさんの唐突な行為や変な行動に驚かされるのであるが、

時にわたしが、狂う時があるのです。

何がそんなに面白いのか、と思う人は多いでしょう。

普段はわたしがしていること、身の回りのこと、食事の用意、会話(話しを聞いていることが多い)は、

女性であるわたしがしているから当然で当たり前に思えるし、

人間が、人間を世話をしているから、なんだか武内が偉いような感じだと思うのです。

ところが、大きなネズミがエプロンなどをして、

かいがいしくヒロクニさんの世話をしている姿を想像すると、

ぜんぜん偉そうではなくて、悲しい感じすらしてきて、哀れな感じがするのが可笑しい。

ヒロクニさんが、怒ったりすると、

ネズミ奥さんは、エプロンの裾で目頭を押さえ、涙したりする。

わたしは新婚の頃は、泣くときもありネズミ奥さんのような感じになったこともあります。

ある意味、今から思うと新鮮な行為。

今では、「それだから、どうだっていうの?」と口答えすることを思えば、

初々しかったと言える。

ネズミ奥さんとヒロクニさんの姿を思い浮かべるに十分な月日が経ち、

数々のシーンを当てはめると、今までのことがママゴトのような生活に思え、

客観視されるのです。

何故ネズミに置き換えるのか?

それは、わたしの読んできたネズミが主人公の読物にある。

●『ナルニア国物語』C.S.ルイス著 (シリーズもの)

 リープビーチというネズミが登場する。

 ネズミの族長で優れた剣士で騎士道精神の持ち主。最後は、1人未知の世界へ旅立つ。

 

       こちらがリーブピーチの挿絵↑

ナルニア国物語は、子供向けに「聖書」を語るという内容なのですが、

寓話で哲学が語られる部分もあり、大人にもファンが多い。

わたしもそのひとりという分けです。

●『ミス・ビアンカ くらやみ城の冒険』マージョリー・シャープ著(シリーズもの)

  ミス・ビアンカという上品なネズミが登場。金の鎖を首にかけ、なんと!ネズミなのに詩を書く。

  その他に、バーナードという勇敢だが食べ物のことが頭に離れないネズミ、

  ニルスというアイルランド訛りのある荒くれものネズミがトリオになって、囚人を救い出す。

 ↑ミス・ビアンカとバーナード

●『ハードウッドホテル』 ケイリー・ジョージ著(シリーズもの)

  孤児になったモナというネズミが、ひょんなことからハートウッドホテルで働くことになる。

  そこでの動物従業員とホテルの客が繰り広げるドラマ。

  

      ↑これが、ねずみのモナ。ホテルの扉をノック

●『ネズミ女房』ルーマー・ゴッテン

  ネズミの奥さんが、鳥と話をしているうちに外の世界に憧れる話しなのですが、

  読む者は、少し身につまされるのですが、滋味深い読後が残ります。

   

   ↑奥さんネズミが鳥と話している様子

●『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』斎藤敦夫著

  これは、アニメにもなっているけれど、本で読むとまた違う面白さがある。

  ガンバをはじめ15匹のドブネズミ達が、イタチに挑みます。

  わたしは、“イカサマ“というネズミがお気に入り。

  「ぐだぐだ言うより、俺はこのサイコロの決めたことに従うぜ。」というノリが好きだ。

  

  ↑これは、ガンバが危機一髪というところで登場するシーン。いいシーンだな、と思う。

●『フレディ 世界でいちばんかしこいハムスター』ディートロフ・ライェ著(シリーズもの)

  初めてネズミものを読んだ本。フレディというパソコンで文章が書けるハムスターと 
  エンリコとカルーソというモルモットが出てくる。エンリコとカルーソは即興劇をよくする。
  その劇が面白い。これを読んでから、ネズミに虜になり読むようになった。
  
   ↑フレディは、怒りっぽい性格でもある。
 
●『野ねずみハツラツ 六つの冒険』ジャン・ウォール著
  ハツラツという野ネズミが、広い世界を見てみようと船にのって旅をする。
  いろんな動物や、音楽、そして人間に出会い、故郷へ帰る。
  そのハツラツを通して、世界の不思議を感じました。とても詩的に思いました。
  
   ↑挿絵も独時の雰囲気があります。
 
後は、『ニューヨークのネズミ 10万ドル大作戦』というのもあった。
芸術心があるネズミ一家がいた。その一家はネズミの中では、何故か異端者扱い。
その息子で絵を描いていたネズミは、それが何故なのか気になるが分からずじまい。
10万ドルが必要だ!という時に、息子ネズミの絵を人間に絵を売った。
今度は、有名人扱いだが・・。そして、また運命は狂う。
そんなネズミ家族の一家の物語。
 
もう、まだまだあって、ネズミの本収集家みたいなのです。
書ききれません。
だから、あらゆるネズミが想像できるのです。
挿絵なども頭に入っているし、ネズミのタイプも。
だから、ネズミなのです。
 
そして、今日の絵は、そんな理由で選びました。
 
画材は、色鉛筆になります。
 
それに、絵の大きさは小さく、13㎝×18㎝。
 
 
 
実は、この絵は、裏にも絵が描いてありまして、それは下のものになります。↓

どうして裏にまで絵を描いてあるのか、分かりません。

鉛筆で描かれていて、その上に透明なメディウムがしっかり塗られています。

畑の畝のように思えるのですが、穴倉のようにも。

わたしは、上部に描かれた雲の形が気になります。

なんとも言えない形をしていて、武内らしいと思いました。

もう一度書きますが、どうして裏にまで絵を描くのかさっぱりわかりません。

好きな方を見ればいいということなのでしょうか?

相変わらず行動に謎が多い人です。

 

 

それでは、最後に神戸散策を。

今や、買い物と言えば、「神戸の台所」という東山商店街へ行く。

そして、ちょっとした楽しみがあります。

↑冷やし飴、と“レモン”と書かれた飲み物が楽しみです。

とても懐かしいというか、レトロ感が一杯なお店。

この店で初めて頼んだのは、“あめ”のほう。

生姜が効いていて、飴の甘ったるさが歩き回った身体にちょうど良く、美味しい。

次の時は、“レモン”のほうを。

レモンの爽やかさと甘さの加減が良く、溶けかけた氷が表面に浮いていて、

飲むとシャリシャリとした氷が口の中で溶けます。

これも病みつきになりそうです。

3回目は、どっちを頼もうか無茶苦茶悩みました。

本当に悩んで、苦しかった。

こういう苦しみを久々に味わい、子どものような感じに。

50円だから、2杯飲んだらいいと思うかもしれませんが、

楽しみに一杯というのがいいと思うのです。

思い込みなのですが・・・。

そして、結局、“あめ”の方にしました。

これで納得して、岐路についたのです。

買い物の仕上げの儀式になりそうです。

 

今日は、1枚の絵からネズミの話になりました。

わたしネズミの物語が好きなのです。

夏の暑さで、頭のネジが弛んでいるような気がします。

今日も、このような内容を最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

今年は、酷暑ですよね。

毎日、「あつ~!」と言って過ごしています。

 

 

 

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太陽のエネルギー(作品紹介781)と 奇妙な夏の暑さ対策

2024-07-26 12:54:42 | Weblog

暑い日が続く中、正しくこういう感じの日差しが照り付けていると、思いました。

ファイルをめくりながら、目が留まった絵になります。

「太陽のイメージがする」と思って見ていましたが、

石のようなもの、何かを産み落としているようで、生物的な感じもします。

宇宙というのは、非情な世界と思っているわたしは、

この絵が宇宙だとしたら、“情”があり過ぎるのではないかと思う次第。

この絵をスキャナーの上に置きっぱなししていると、

それを見た武内は、「俺、こんな絵描いていたのか・・・」と言いながら、

階段を下りていきました。

パソコンは、階段の上り框の所に設置しているので、

階段を上がってきたら、必ず机の上が見えるので、こういうことが起こるのです。

年齢が86歳という高齢者なので、

「自分の絵も忘れていくのだろうか?」という不安がよぎります。

しかし、今朝は80代の方のことを、

「俺より若いのに、そんなに元気を失くしてどうする。

 本人にも問題がある。」と怒っていたので、大丈夫だと思い胸をなでおろしました。

この絵、変な迫力があります。

太陽のギラギラだとしたら、効果満点といったところ。

作者当人も、今でもギラギラを失くしていない。

そういう意味では、武内らしい作品です。

発表はしていないので、メモのようなものかもしれません。

石と書いた、何かを生み出しているのが、拍子抜けで可愛らしい。

そんなことを書くと、「何かを生み出すのはエネルギーがいるのだ!!」という意味にとれるかも。

それは、考えすぎかもしれない。

絵は、色鉛筆とクレヨン、マジック(黒い線)を使用。

 

 

毎日、暑い日が続きます。

2階にいるわたしを心配しているらしいが、とても迷惑な行為をします。

1階でクーラーをかけ、戸を解放して、

「2階にも空気が行くようにしてるから、2階の戸も開けっ放しておくんだ。」と言われた。

冷たい空気が2階上がってくるはずない!

少々、イラっとくる。

ヒロクニさんが、科学、物理にまったく関心がなかった事実が浮かび上がる瞬間です。

どうせニュートンの万有引力の法則も知らないと見た。

それよりもわたしの頭の中は、電気代のことが・・・。

無駄に冷やした空気のことが気になるわけです。

意味のない行為に腹立ちも感じるが、「頭ごなしに叱ってはいけない」と思い、

「冷たい空気は重くて、下に溜まるから、上には上がってこないのよ。

 反対に温かい空気は、軽くて上に上がるでしょ。ストーブの上はだから熱いでしょ。」と諭すように言う。

なるべく、ストーブでの体験を思い出して納得してもらおうと、暖かい空気の場合も言ったのです。

「空気の密度が変わるから・・・」と言うと、

「それだとどうして軽くなったり重くなるの?」と聞かれそうだ。

もう、子どもに説明するような感じで、

「子育てしているみたいだ。」と思う。

周りの人にヒロクニさんの数々の行動のことを言うと、

「先生は、子どもと一緒だね。」と言われることもしばしば。

小学生の子供がいる女性と話していて、妙に“うんうん“とうなずき、

「話が合うわねぇ~。」と思っている最中に、何でだ?となり、

ヒロクニさんは、子どもと同じか?と小首を傾げたこともある。

今回、夫はわたしの為に、子供のように無邪気に涼しくしてあげよう!と思っていたのでしょう。

しかし、大人だと思うと・・・・・、辛いものが・・・。

この境目を判断するのが、難しい。

大人か?

子どもか?

どちらの扱いをする?

 

もう1人、いやもう1匹、暑さに加担してくれる猫のピーちゃんというのがいる。

ピー、ピー鳴いて、おねだりをします。

何をおねだりしているかと言うと、「抱っこして、撫でて」という欲求。

もう、ブラシは大好きで、ブラシについた毛を取っていると、

ジャジャという音がするのですが、それを聞きつけたとたん、目の前に現れます。

それぐらい身体を撫でられるのが好き。

無視をしていると(わたしも用事があるので・・)、

わたしの周りでうろつき、ピーピーとうるさいぐらい鳴く。

しまいには、すり寄ってきて噛むんです。

それもいかにも気づいて欲しいという感じで、何か所もこちょっと噛む。

その噛み方がいじらしい。

それで、「来てごらん。」というと、膝の上に顎をのせ、ドベ~と力を抜いて太ももに寝る。

撫でていると、嵐のようにゴロゴロといって、喉を鳴らしている。

いつまでもして欲しいようで、動かない。

膝も熱くなってきたし・・・と思い、撫でるのを止め、身体をゆするのですが、

液状化したピーちゃんの身体はぴったりと膝に張り付いている。

もう終わりというしるしに抱き上げると、厳しい顔でこちらを見ます。

抱っこしながら、「お前は、赤ちゃんか?」と言い、目を見た。

「そんなものよ。」という顔をしています。

そして、不服そうな感じの表情を浮かべている。

 

最近、ヒロクニさんも、猫のピーも同じように思えてきて、

ヒロクニさんに向かって、「ピーちゃん」と呼んでしまい、

「いや、ごめん。つい言い間違えてしまって・・」と言い訳し、

「いや、だって、あなたもピーもよく似ているからね。2人ともかまってちゃんでね。」と言い、

「似たようなものなのよ。」と、本心を言ったのでした。

あまりにも暑いと、つい本音が出る。

頭の中で、言葉や意味の分類しているはずの境界線が、

暑さによって曖昧になっているのを感じます。

怖い夏ですね。

 

最後は、愛猫のピーちゃんこと、ピピの写真を。

↑鼻とか口がどこにあるのか、分かりにくい猫です。

いつも布団周りにいます。

昼間は、お昼寝タイムらしくここで寝ています。

ピーのために布団は、引いたまま。

↑顔がわかりにくい猫なので、アップで。

無理やりカメラのほうに顔をむけました。

↑こうやってお尻をやたら上げる時は、撫でて欲しい時なのです。

いったいいつから、撫でられる快楽に目覚めたのやら。

ヒロクニさんと一緒で、あきらめが悪くしつこいんです。

ピーちゃんは、ヒロクニさんに似たのかもしれません。

今日は、暑いせいか暑苦しさ吐露。

うまくことの夏を乗り切りたいものです。

今日も最後までお読みくださった方、ありがとうございます。

 

 

 

 

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白昼夢(色鉛筆作品紹介780)と 東山商店街散策・神戸の市場

2024-07-15 15:01:01 | Weblog

今日の絵は、ファイルから選びました。

この絵のページを広げて、ファイルを横に置いていたら、

階段から上ってきた武内に、このファイルの絵が見つかり、

「お前、俺のいい絵をお前が持ってんじゃねぇだろうな?」と、言いがかりをつけられまして、

「今、なんとおしゃった?」という具合で笑いました。

自分で、この絵をいい絵だと認識しているんだ・・・、というのが分かった。

わたしはページを開けた時に、薄い明るいブルーと、

このとぼけた牛?に魅入られた。

それだけで、良いとか悪いとかは全く考えていません。

何故ファイルに入れているか、という事をこの際言っておこうと思い、

「あなたは、紙袋に絵を入れて分類しているけど、それで紙が折れたりして、

 中でぐちゃぐちゃになってしまっているのもあるじゃない。

 わたしは出来上がっているようなのは、

 きれいな状態にした方がいいと思ってファイルに入れてあげているの。

 分かった?」

と、恩着せがましく言う。

(半分、説教かも)

すると、階段を下りて行って目の前から消えた。

都合が悪くなったら、階下に吸い込まれるように下降する様子は、

穴倉に引っ込む“うつぼ”のようである。

階段を下りる時、顔を上にあげ後ろ足で下りていくので、いっそうそういう感じがする。

わたしから見ると、顔が遠くへいくというか、だんだん小さくなっていく。

この降り方は、階段から落ちないようと、考えてのことらしいが、

しかし、奇妙。

ヒロクニさんの行動のことで、話しがそれそうなので、絵の話に戻ります。

この絵は、「お尻」がメイン。

クレヨンしんちゃん的なお尻なわけです。

クレヨンしんちゃんは、アニメですが、こちらは芸術ということで、どかしら高尚な雰囲気をがある。

奇妙な感触と言ってもいい。

わたしは“牛”と第一印象で思いましたが、よく見てみると、

武内が描く例の「髪の毛がカールした女の子」なのです。

顔が青ざめているのもいい。

「お尻を突き出し、振りかえる女の子」と、この色合い。

この淡いブルーのせいで、儚げなで、白昼夢を見ているような気がしてしまう。

妙に脳にくる刺激があるわけです。

普通の絵では得られないと思います。

この絵の色使いはポップな感じですが、やはり形而上学的でシュールな作品と言えるかもしれません。

画材は、ノートの切れ端に、色鉛筆を使用。

絵って面白いな、と思います。

 

 

わたしは、このところ「東山商店街」という市場へ通っている。

スーパーマーケットで買い物するより“お安い”。

徒歩で行くと、家から22分。

地下鉄を利用しても22分ぐらい。一駅の距離です。

写真を撮ろうと思うのですが、並んでいるものを見ているうちに、声をかけられたりして撮れずじまい。

なので、写真は他から借りました。

東山商店街はこんなところ。↓

瀬戸内の旬魚を買う、味わう。〈東山商店街〉で魚三昧|「colocal コロカル」ローカルを学ぶ・暮らす・旅する

瀬戸内の旬魚を買う、味わう。〈東山商店街〉で魚三昧|「colocal コロカル」ローカルを学ぶ・暮らす・旅する

市場へ行くと、6000歩以上歩いているようで、あちこちをフラフラと歩いている模様。

まず、行きながらどの商品がいいかな、と目星をつけながら見ていきます。

商店街の端まで行ったら折り返し、ピックアップした商品を思い出しながら買い物をする。

時々、「どれだったけ?」となることもありますが、

そういう時は、また戻ってみたりする。

その中でこのようなお店もありました。↓

東山商店街 に対する画像結果

↑ここは、結構人が並んでいて、「そんなに美味しいの?」という疑問を確かめる為に、並んだ。

醤油風味の味付けのスルメイカを専用のプレス機で焼く匂いが、立ち込めていて、

それにも購買意欲をかきたてられました。

待っている間に、どんなふうに作っているのか観察しました。

箱から、味付けされたイカが取り出され、焼きながらプレスされる。

そのプレス機は2台で、かなり年季が入っている。

黒光りしていました。

プレス機を開けると、ぺらぺらになり焼きあがったスルメイカは不思議な輪転機のようなものに貼り付けられ、

裂かれて出てくるのですが、裂かれ方は中途半端らしく、

軍手をつけた人がさらに細かく裂いています。

この状態だと熱く、すぐに袋詰めにする事が難しいようで、待たないといけない。

1時間近く待ちました。

10袋とまとめ買いする人もいて、ますます「美味しいのかしらん?」と思いを募らせて帰ったのでした。

家で味見をしてみると。

一口目は、硬くて口の中でもごもごして、イマイチだったのですが、

嚙まないで口にしばらく入れておいて、柔らかくなったら噛むと香ばしい香りとイカの味がよく味わえます。

酒のあてより、おやつになると思いました。

けっこう長い時間並んで待つので、時間のことを思うと買うのはなかなか難しい。

意外なことに、愛猫のピーちゃんが好きらしく、パクパク食べます。

 

東山商店街 に対する画像結果

↑これが輪転機のような機械から出てきて、裂かれた状態。

焦げた醤油味がいい。

東山商店街 に対する画像結果

↑魚屋さんは、店が多くてそれぞれに特徴があります。

きれいに小魚まで下処理して売っている店や、貝ばかりの店、皿にドンと盛っている店、

干物が多い店、握りの寿司と刺身ばかり置いている店といろいろ。

上記の写真のような感じのところで、「岩屋で捕れた鯛の塩麹漬け」を半身買いました。

450円でした。

こういったらあれですが、スーパーの魚の漬けたものは魚が良くない。

ここでは、輸入品はありません。

魚の身がしまっていました。

東山商店街 マルシン市場 に対する画像結果

↑折り返し地点でもある端に、もう一つ市場があります。

左に「マルシン」と書いた看板がありますが、こちらは「マルシン市場」。

少し薄暗く、寂れた感じがしましたが、意外なことに、気に入った店があります。

ここにある漬物屋さんの漬物がとてもいい味。

美味しい白菜のぬか漬けで、リピート間違いなし。

また、美味しい大豆で作った豆腐の店も。

美味しいシラスもありました。

総菜屋で作った“魚のつみれ“がいい味で、私好み。

意外と好きな味のものに出会っています。

雰囲気だけでは、分からないものだと思いました。

野菜は、スーパーのようにパックではないので、値段が同じでも入っている量が多いし、

100円安というところ。

青果のほりえ -東山商店街-

財布からお札が減らないような気がします。↑

帰りは、キャリーバックに荷物がパンパンに入り、「なかなか良かった」と思って帰ります。

しかし、自分のことを思うと、つくづく食べ物に関心があるという性分なんですね。

宝塚に住んでいた時は、万代スーパーが好きでしたが、

神戸に住み始めてからは、東山商店街が好きになりそうです。

夫は、高尚な芸術に励んでいますが、妻は現実に勤しむ。

これがバランス的にいいと思うのですが、

「女は、目の前にあるものしか見えない」的なことをよく言われます。

最近は、「それでいいと思うのよ」とうそぶく。

夫は絵画に精神性を求め、妻は生命の維持なる食料調達。

うまくしていると思います。

ヒロクニさんは、不満なんだろうけどね。

今日もブログを最後まで読まれた方、ありがとうございます。

ローカルな話題でした。

 

 

 

 

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荒波を越えて(色鉛筆作品779)と 失敗続きの日常

2024-07-04 16:56:42 | Weblog

飛行機は、武内がよく描くモチーフだ。

過去に営業していたロック喫茶も「VOXヒコーキ堂」と名付けられていました。

この絵は、昨夜アトリエに居た武内から、「この絵どう?」と声をかけられ、

見た絵になります。

パッと目に映ったのは、“波”の形。

この“波”のありようが、心に動きをもたらしました。

海の波の躍動感を感じたのです。

嵐の中、荒れる海の上を飛んでいる飛行機。

野太い線と動き回る線が緊張を高めていますが、

それと同時に力強く、半抽象の良さがあります。

画像を見ていると、珍しくパソコンを除きに来て、

「絵がさかさまなんじゃないか?」と言う。

わたしは、「反対だと飛行機の後ろの翼が下向くから、こうだと思ったんだけど・・」と言いながら、

画像を反転させてみた。

すると、「いや、この絵はこっちの方がいいのじゃない?」と言ったかと思うと、

「この絵は、どこから見てもいいように描いたという意図があったからな」と意味不明なことを言い出す始末。

「あなた、今それ思いついたでしょ。後付けの理由だと思うけど」と問い詰めると、

「好きに見たらいい」と言って、去っていきました。

描いた後は、野となれ山となれ的なものがあるようで、

「好きに見ればいい」とよく言われます。

画材は、色鉛筆の黒。赤の二色。

 

 

小さな失敗を多くする日々。

「よりによって・・・」と思うが、失敗の原因はわたしが主体。

それは、outlookにエラーが発生し、メールが見ることも出来なくなった時からである。

使っているWindows7のものから、新しいパソコン“Windows10“に変えてから、

物事がうまく行かない。

新しいパソコンは、無線LANなので移動させている時に、

ノートパソコンにマウスをのせていると、落とした。

シマッタ!と思ったと同時に、「まだ新しいから大丈夫よね」と言いきかせたが、

使ってみると壊れていました。

クリックパッドを使うが、使ったことがないので時間がかかる。

それに、ちょっと触れただけで反応されたりして、

汗をかく。

この汗というのも不思議で、おでこ、つまり額からのみ流れ、

更年期障害か、顔面多汗症か?という感じなのです。

最近気がつきました。

なんで雨も降ってないのに、前髪がいつも濡れているのだろうと。

そんな状態で、パソコンに取り組んでいました。

説明を読んでも、新しいパソコンでのメールの手続きが出来ず、

しょうがないから、Gmailでメールアドレスを取得するが、

新しいメールアドレスで変わったことを知らせようと、送っても送っても返ってくる。

「どうしてかな?」と悩んで、老眼鏡を拭き見てみると、

勘違いしていてアドレスに“3”を加えたのを忘れていた。

先の設定の段階から入れると、半日ががり。

目が見えてないことでの過失は、近頃増えていて、

こういうことが歳を取るということなのかなどと思ったり。

視力は良かったので、老眼がきついわけです。

廊下に置いてある額に足の小指はぶつけるし、

市場で試しに買って帰った寿司は、パックの中で隅によっているし、

ヒロク二さんは、わたしが菓子を入れていた皿に、たばこの吸殻を入れる。

お葬式に行ったら、数珠を忘れているし、

その道のりでは5分で行けると思っていたのに15分かかり、靴の中の足は痛み、悲鳴を上げる。

黒い靴でないと・・・、と長く履いていない靴を取り出したのだ。

足の痛みのせいか、また汗が流れる。

もう、転んだりして怪我をしていないからましか・・・、と思い、

前向きな気持ちを押し出しました。

もう1つ、ちぐはぐになって頭を悩ませていることがある。

洋服のこと。

以前着ていたものが、似合わなくなっていること。

年齢と共に似合うものが変わってきているのだが、どんなものを買えば良いのかがさっぱり分からないのです。

ネットでいろいろ見ていましたが、同じような服に反応する自分がいました。

「花柄」のトップスが好みのようで、柄ばかり見ているのです。

それも派手なヤツ。

自分自身の姿を40代~50代の想定で考えているようで、

今のわたしには、冷静に考えると似合わないもの。

そうかといって、おばさん風の落ち着いたものを見ても、納得出来ない。

おばさんではなく、お婆さんに一直線に向かいそう。

ヒロク二さんの意見も聞こうと、どうかな?と思う服を見てもらいました。

大きな花柄のブラウスを見せると、

「色が重過ぎる」と。

それは、黒字の生地にゴージャスなユリとかバラの花がプリントされていました。

(趣味が悪い?)

カラシ色のチェックのシャツを見せると、

「悪くないだろうけど、丈が長すぎるのじゃない?」と。

色味が気に入って見ていました。

その他のことは考えていませんでした。

インド風だけど、白が多くて爽やかなプリントのブラウスを見せると、

(インドぽいものも好き)

「同じようなの持っているじゃない」と。

そう言った後、「欲しけりゃ、好きなものを買えばいい」と言って去って行きました。

長時間でなければ、女性の買い物にも付き合ってくれるヒロクニさんなので、こうやって答えてくれます。

普通、「女性の買い物」に男性は苦痛に感じる人が多い中、希少価値の人といえる。

絵と同じように、色の配色や、服からするイメージを感じるせいか、

「こんなのを着ろ!」と服を手にとってくれることもあります。

こういう時は、好みのものでないことが多いですが、

スカーフや小物は活用しやすいものだったりするので、

画家というのは、どこか女性的な要素があるのだと確信している。

ヒロクニさんのアドバイスで、選んでみた洋服はすべて却下しました。

なるほど、と納得したわけです。

そうやって、服は買ってなくて、見ているだけ。

パソコンのメールが見れなくなってから、

新しいものを取り入れる、または今までの自分を変える節目というメッセージかもしれないと思う次第です。

パソコン関係はリニュアールすることになったし、服のことを考え出したのも今日この頃。

変えるということも、めんどうで難しいものですね。

Windows7に慣れすぎていて、Windows10の仕様もひどく変わっていて難しい。

分からないことが多すぎるのです。

攻略本も買ってこないといけません。

変化には努力も必要なんですね。

(苦笑)

 

では、最後に公園でいつも見かける猫ちゃんを。

↑いつも二匹が一緒にいます。

薄いベージュの色と黒色の二匹。

ベージュの猫ちゃんは、毛づくろいをしています。

いつも同じ場所で見かける。

↑木の葉で黒猫の顔が隠れています。

こうやっていつも寄り添っている二匹。

↑今度は、黒猫の顔が分かるように撮ると、

ベージュの猫の顔が写りません。

この二匹はいつも一緒で、決まった場所で会います。

二匹が並んで歩いていると、とても微笑ましい。

ヒロクニさんは、「この猫達はきっと夫婦なんだ」」と言います。

わたしの見立てでは、身体の大きさと顔の感じから、

メス同士だと言うと、違うとかなりの勢いで否定するのです。

夫婦仲良く的なイメージを自分達に重ねているのだろうか?と思うと、

微笑ましくもある。

理想なんだろうね。現実は違うのかもしれません。

 

今日は、女の井戸端会議のような感じでお恥ずかしい。

女どうしの井戸端会議というのはいいものなんですが、

(いい感じの人の集まりの場合)

男性には、理解しにくいものだと思います。

そんな感じの内容なので、男性の方には興味がないかもしれません。

失敗の連鎖は、どういうメッセージをわたしに示唆しているのか?

そんなことを思いながら、今日も最後まで読まれた方、本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何かを引き連れて(色鉛筆作品778)と 公園とネジバナ

2024-06-23 14:46:01 | Weblog

2人の男の顔が描かれている絵を見つけ、

「これをブログにあげようかな?エスにティな感じがいいから」と手に取ると、

「それは、ジャン・デュビュッフェの絵を模写したやつだから、やめて」と言われてしまいました。

「いくらなんでも、人の絵を真似した物は、俺の絵じゃない。

 そこまで、破廉恥なことは出来ない」と。

すっかり武内の絵だと思って見ていたので、

デュビュッフェと武内の絵の共通項というのはあるのだと思いました。

それじゃあ、どの絵にしようと思い、見つけたのが上記の絵です。

(アトリエには、絵が積まれている)

この絵は、以前ブログに載せるのに敬遠した記憶がります。

「変わった絵だなぁ」と、脳震盪を起したかのような気持ちで見ていました。

再び、この絵を見て、「変だけど可愛い感じもする」と思い、この絵に決めました。

武内の絵を乱暴に説明する時は、

「変だけど、どこかキュートというのが、主人の絵なんだよね。」と言います。

友人と電話で話をしている時に、この表現を使ったかな。

だから、この絵はそういう種類の絵と思って下さるとありがたい。

これは、スカートをヒラリとさせながら、ルンルンと歩く“女の子”だと思う。

だけど、顔の部分が変なのです。

はたして、顔なのか・・・。

足元の黒い線でおおわれたグレーの部分を、胴体としてみると、

腕を広げながら左斜め前に進んでいるようにも思え、

歩いているというシュチュエーションだけが、はっきりと感じる。

どこを歩いているのか?

それは、永遠の謎のようなものだ。

武内の絵から受ける、摩訶不思議な感覚・・・、これしかないと思う作品です。

画材は、色鉛筆、鉛筆使用。

 

 

私達は、散歩に勤しむ毎日。

公園の頂上に着くと、普段、日に当たってないと思っているらしく、

日当たりの良い、芝の上でヒロク二さんは寝ます。

わたしは、日差しを避けるように影になっている所で休みます。

横になったらすぐ寝れるらしく、長時間寝入っている。

30分ぐらい経ったら、起しに行くのですが、

起きる瞬間、家で寝ていると勘違いして「公園?」という顔をする。

熟睡していたらしい。

この速攻で寝れる体質、羨ましい。

それとも、疲れがたまっている?

たぶん疲れているのだと思います。

夕食の支度をしていると、「もう、自殺したい」と言っていました。

こういう事をよく言う人でもあります。

その後、戦争をしているロシア、プーチンのことを話していて、

「ロシアが、核を落としてみろ!多くの人間が死ぬことになる。日本だって、危ない」

と、言っているので、

「さっき自殺したいって言ってたから、核を落とされて死んだらちょうどいいのじゃない」と言ったら、

「そんな単純なことじゃない」と、怒られた。

わたしはヒロク二さんが世を憂う程、不幸ではないと思っている。

すぐ自殺だ!とのたまうヒロク二さんにムッときたので、

「あなたは、絶対自殺はしないと思うよ。

 自殺を考えるが、“やっぱり痛いでしょ”と言っていたし、

 病院の手術の前、大声で叫んだじゃない『俺を殺さないでくれって!』

 そんな、無駄なことを考えるのはやめたほうがいいよ」

「それに、自殺しなくても死のほうが近づいてきているじゃない」

ここまで、言うと今年87歳になるヒロク二さんは、

それもそうだなと言う顔になり、変な素直さが出る。

ここが変でしょ!

妻の毒舌の毒がまわって、普通になるのか?

“変な絵だど、どこかキュート“な絵を描く人は、

“変な素直さと妙に正直な資質”を持ち合わせています。

たぶん、疲れが溜まっているのだと思います。

そうだとしたら、休めばいい。

 

散歩ついでに、公園の頂上で、ネジバナを見つけました。

以前の住まい宝塚では、1本見たきり。

それが、何本かが一緒にネジを巻きながら咲いていました。

写真を撮ったのですが、outlookが具合が悪くなり、

スマホで取った写真がメールで画像を送れません。

それで、自分が撮った写真と似ている写真を貼りました。

下の写真をクリックすると、元のページが開くと思います。

自分の写真ではありませんが、どんな花かとお伝えしたかったのでした。

ネジバナ|公園へ行こう!

↑今、ネジバナの季節らしく、こういう花見かけませんか?

この花は、雑草のように思っていたのですが、ランの一種らしく、

根が球根で太目の白い茎のような根をしているのですって。

知りませんでした。

ネジバナ Spiranthes sinensis subsp. australis ラン科 Orchidaceae ネジバナ属 三河の植物観察

↑花もよく見ると、ランの形をしているそうです。

(こちらの写真もクリックすると元のページへ行きます。)

知らなかった。

宝塚で、ネジバナを見つけた奥様が、「とても、めずらしい。」と言って、

喜んでおられたのがわかりました。

その時は、ただの雑草と思っていました。

神戸に来てから、雑草に目がいくようになりました。

こういう変化、楽しんでいます。

 

今日は、意地悪な妻の一面をちらり。

ある男性の発言で「妻という字を“毒”と読まないようにします」と言ってらした方の顔が思い浮かぶ。

今日も、このような内容を最後まで読まれた方、

ありがとうございます。

 

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