
ジャケットを着た人物
もちろん色鉛筆で描いている。この絵は、アトリエの柱に貼られていて、何か考えているのだろう。
ジャケットは縞模様が特徴だ。縞模様のジャケットとズボンも神戸高架下で購入したものを持っている。それを着て帽子をかぶり、ポケットにハンカチを突っ込み、革靴を履けば、一端の映画に出てくるギャングさながらのヒロクニさんだ。古いギャング映画も一緒に観ているので、その成りすましに、フフッと笑います。大人なのか子供なのか分からない人だなぁ。
ヒロクニさんとよく行くコーヒー店で、ルイヴィトンのアタッシュケースにルイヴィトンの財布、パスケースを広げている客がいた。どれも新品らしく、異様なピカピカぶりを発揮していた。30歳ぐらいの男だ。話を聞いているのは、20代になったばかりの男の子という感じ。チラッと見た机の上の書類のようなものを見たら、「ねずみ講」のお誘いをしているのだとすぐわかった。気弱そうな男の子は、ルイヴィトンの男の話を断ることができるのか?と気になった。耳をダンボ(象の耳のこと)にしていると「儲かる」「お金が入る」等と懸命である。
わたしも「ねずみ講」なるものに「話を聞くだけだから・・・」と誘われてその会場に行ってしまったことがある。何か異様な光景にわたしには思えた。テーブルがやたらあって、話がまとまったテーブルからは、拍手が起こったりしていて変な連帯感があった。「話を聞くだけ」と言われていたので、話は聞いた。洗剤ビジネスだったと思う。「人に洗剤を勧めて売って、その売った人が洗剤をまた人に売ると、君にお金が入ってくるんだよ」と最初は優しげに話してくれた。
わたしは、そこの会場の空気が異様に感じていたし、5000円もする洗剤を買いたくなかった。また、そんな洗剤を人に勧める気も起こらなかったので、「わたしは、入りません」。と言った。「エッ!君、お金は欲しくないの?」「こんないい話おしいなぁと思わない?」と金を強調する。5000円払って洗剤を取り合えず買えば、ものごとは、納まったかもしれないが、わたしは買いたくない洗剤に5000円を払う気は、もうとうなかった。「お金も要りません」「話を聞くだけということで来ました」と拒否すると、罵倒され、「金がいらないなんで気違いだ」と等々と罵られ、会場で異端視扱いを受けたのです。
今考えると、その場は欲だけが渦巻く、凄い欲得の世界だったと思います。現在、不況と若者の就職難に付け込んで広まっているのかもしれないと思ったのでした。ルイヴィトンが、軽薄に見え、薄ら寒い光景だったので脳裏に焼きついたのでした。
ヒロクニさんは、大声で「俺はブランド志向だから」「一度、ブランドで身をまとってみたい」等と公言するからか、ブランドの服を人からよく貰います。結構うまく着こなして、お洒落しています。身の丈にあったオシャレは、安心感があります。ヒロクニさんが新品ピカピカのスーツを着ている姿は、恥ずかしいなぁと想像する。チープなTシャツやマフラー、スカーフは沢山持っていて、それをアレンジして色彩感覚豊かなヒロクニさんの着こなしはピカイチだと思っています。