この絵は、ギャラリー島田での個展で、ドローイング、すなわちメモの部類で発表した絵です。
価格は、10,000円でした。
最新作のドローイングは、ヒロクニさんが「こんな時こそ(コロナ)、皆大変なんだから、心意気だ!」
という気持ちで付けた値段でした。
私は、お上さんなので、「そんな!あなた・・・。どうやって霞を食べていくつもりなの?」と、
額にバッテン印でドヤ顔をするはずだったのですが、
どういうわけか“自分の思い通りでなくても、受け入れるわよん!”のノリが私を包んでいたので、
「その、心意気いいわね。あなたらしいわ。」と、思い、意志を持って“良し”と思ったのです。
ヒロクニさんは、10万円以上する絵を買うのを考えている方が居られると、その後ろにいて、
「この人は、この絵を買ったら貧窮するのではないか?」と思っているらしく、
身体を捩じらせて、ヒロクニさんは「安くしますよ。」と口走ったりします。
その様子を離れて見ている私は、「ああ、自分のことのように心配しているのだなぁ~。」と、
哀れみすら湧くのでした。
しかし、今回はきっぱりとした口調と、ヒロクニさんの皆を心配する思いやりの気持ちを感じたので、
“前方よし、出発進行”と、運転士のような感じで、個展に望みました。
この女性の絵は、目を開けているのか?閉じているのか?そんなことが気になる
ミステリアスな女性なのです。
ミステリアスと締めくくりましたので、ミステリー小説好きのヒロクニさんの読書からの話を。
ローレン・バコールが逝去されていたのを知りました。
私達2人は、ハンフリー・ボガードとローレン・バコールがとても好きでしたので、驚いていました。
ミステリー小説の中に、ハードボイルドがありますが、
この2人は、レイモンド・チャンドラー原作(大いなる眠り)のハードボイルドの映画「三つ数えろ」の主人公です。
私立探偵とミステリアスな女。
もう、バッチリ決まっていました。
チャンドラーは、「プレイバック」という小説では、主人公の探偵であるフィリップ・マーロウに、
「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」と言わせます。
この言葉は、私でも知っていて、ハードボイルドと言えばこの言葉を思い出すくらい。
そう、ちょっと男臭さを感じる世界なのです。
キザなんですけど、キザを極めているのがチャンドラー原作の探偵フイリップ・マーロウ。
↑左がフイリップ・マーロウを演ずるハンフリー・ボガードとミステリアスな女演ずるローレン・バコール。
この映画は、2人で何度も見ました。
このシーンの少し前に、膝を意味ありげに擦るバコールに、
「掻きなさい。」と、マーロウがセリフを突き放したように言うところも印象で、
これ見よがしに、虫刺されを掻くようにカリカリと膝を掻くバコールとのやり取りも楽しい。
ハードボイルドでは、必ずフイリップ・マーロウは事件に巻き込まれて、伸されてひどい目に会う。
これは、お約束になっているようで、必ずこういうシーンがある。
しかし、そこから立ち上がり、巻き返して行く姿に惚れ惚れするのでした。
この2人の組み合わせの映画は、他に「脱出」「キー・ラーゴ」「潜行者」があり、観ました。
この2人は、結婚するのですが、ヒロクニさんと私達と同じ年齢差があります。
25年かな。
そういう事もあって、アメリカの映画俳優と女優と比べると、見劣りしすぎの私達ですが、
親近感を持っています。(比べるな!ですよね・・。)
2人で、バコールの自伝「私1人」を読んで「良かったよね。」と、ヒロクニさんと相槌を打ちました。
イメージと違い、サバサバとした性格で、よく冗談をいうことを思いつくらしく、
機転の利く頭の回転の早さや、情に熱いところなどの素顔が伺えます。
ミステリアスとは程遠く、あけすけな性格で思惑などを考えることもまるでなく、
とにかくさっぱりした性格が伺えます。
また、正直なところも。
フランス文学の話は、モアモアして聞けない私ですが、
ハードボイルド小説の話は、聞けるのです。
ヒロクニさんは、ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルド、たまにミッキー・スピレインの話をします。
ハメットは、「マルタの鷹」の話を。その“マルタの鷹”という像に秘宝が隠されているらしく、
その像を巡って、いろんな人が手に入れたり、取られたりとその像が移動する様子が面白いようで、
偽者をつかまされたりする。
その様子を語ってくれるヒロクニさんは、がっかりしたり、
マルタの鷹が来たぞ!!と興奮したりと、その様子の方が面白かった。
実際、ハメットは探偵を職業にしていたことや、ハメットが元で、ハードボイルドという分野が
確率されていったとも語る。
ハードボイルドは、イギリスにはなく、アメリカのものだとも教えてもらいました。
ロス・マクドナルドは、リュウ・アーチャ―という探偵が出てきますが、アメリカの風景の描写が
素晴らしいらしく、その街のことを語ります。やはり、街が好きなヒロクニさんなんだと納得します。
ミッキー・スピレインは、少しバイオレンスなムードがあるのが話しぶりで分かったりと。
ミッキー・スピレインの写真も見せられて、作家にしてはマッチョな男ぶりでした。
ハードボイルドには、キザなセリフというのが付きものなのですが、
ヒロクニさんが時折言う、キザなセリフ、歯の浮くようなセリフは、この下地があるのかもしれません。
会った頃よく言っていて、「さほりの中に悲しみを見た。」とか、
「送っていくから、こういうことはしておくものなんだ。後で良かったと思うことだから・・。」とか言っていました。
私にしたら、「悲しんでないって!!!」「見当違いよ。」だったし、
「送らなくていいと私が言ったら、送らなくていいのに。ひつこいなー。」だったのですが・・・・。
そう言いながらも、送ってくれるのは少し嬉しかったりと、新鮮だった。
(なんだそれは?)
私は、そういう言葉を聞くと、「言っていて恥ずかしくないのですか?」と。
そういう事を言われる度に、「恥ずかしくないの?」を連発していました。
なにはともあれ、ハードボイルドは楽しい。
ハヤカワポケットミステリの本、けっこう我家にはあります。
レイモンド・チャンドラーの小説で「長いお別れ」(ロング グッドバイ)という映画では、
フイリップ・マーロウが猫を飼っているシーンから始まります。
猫ちゃんに夜中起され、餌を要求されるが、その缶詰が切れている。
しょうがないから冷蔵庫から、あり合わせのご飯を用意するが食べてくれない。
そこで、猫ちゃんがいつも食べる缶詰をスーパーマーケットに買いにいくが、売り切れている。
別の缶詰を買って帰って、いつも食べる缶詰の空き缶に買って帰った別の缶詰の餌を詰め変えて、
猫にいつもの缶詰だよ・・と、思わそうとするが、猫ちゃんは許してくれないのでした。
そういう冒頭のシーンです。
↓ここまで演技する猫ちゃん凄いですよ。猫にどうやって演技指導をしたのでしょうか?
Marlowe tries to feed his cat
The Long Goodbye, 1973 the opening sequence from Robert Altman's ad...
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この映画は、若いときに映画館で見ました。
フイリップ・マーロウとしては、むさ苦しいのですが、この猫ちゃんがたまりません。
やはり一発ぶん殴られます。
このシーンで、マッチを壁に擦り付けてタバコに火をつけるのを見ていると、
ヒロクニさんも会った頃、こうやってタバコに火を点けていたのが薄らぼんやりと思い出された。
「マッチは、こんな風に点けれたかな?」と思い、家にあったマッチを壁に擦りつけた。
何度やっても、点かない・・。
擦った痕だけが残り、マッチの赤い部分が無くなり無残な姿になった。
急にアトリエに行き、「会った頃、マッチを壁とかで擦って火を点けていたよね?」と聞きにいった。
すると、「ああ、あれはね、ロウマッチというやつでね。」
「いやぁ、あの頃は独り身でしょ。だから、いいなぁ~と思ってやっていたの。」と。
そう言った後、急に帽子をかぶってやってきて、
(ハードボイルド風に)
「こうやって、靴底でマッチを点けたりするといいでしょ。」と言いながら、そのまねをする。
すっかり、ハードボイルドの世界に酔っている。
それより、独り身とロウマッチがどういう関係なわけ?と疑問な私。
カッコを付けて、モテようと思っていたのか・・・・・。
私は、それより言い寄ってくるヒロクニさんの年齢が一番気になっていて、
マッチの付け方には関心がなかったのでした。
ヒロクニさん曰く、「無味乾燥な女」の私なのです。
我家のピーちゃんは、朝早く私を起す時は、顔を叩くか、
布団の上でドタバタして、私の足を手で引っ掻きます。
激しいのです。
映画と現実は違いますね。
↑おじゃこの前で、厳しい顔のピーちゃんです。
おかわりの量が少ないと言っているのでしょうか?
(この写真は、以前にも出したかな?忘れてしまった)