武内 ヒロク二

このブログは、武内ヒロクニの絵の紹介や、家での出来事を妻が語ります。
日々、徒然。

子供のために描いた絵3 (作品紹介71、72)

2011-11-22 17:43:09 | Weblog

その4


その5

香川小児科病院のホスピタルアートの為の絵
この絵も院内に飾られます。
合計5点の作品がどんな風に飾られるのか楽しみ。

わたしも病院に入院すると、飾られている作品を必ず見ます。「見る」というよりチェックするというと言う感じの方が強いかもしれない。額が歪んでいたら、直すくせもある。入院生活は暇なので、そんな事に目がいく。

病院側は、絵にそんな気をつかっていないのが絵を見ていくと解る。絵を選んでかけるという事もされていないし、ほとんど寄贈の絵を適当に飾っているのがまるわかり。真な精神を感じる絵が少ない。
そんな中、今回のホスピタルアートへの参加は、ヒロクニさんもわたしも、そんな体験から「いいなぁ」と強く思っている。ヒロクニさんもリラックスした作品を描くというきっかけを頂いた。わたしは、それに感心したりと楽しい時間を過ごした。

絵をチエックする癖は、映画でもよくする。フランス映画はけっこう重い感じの絵を好み、アメリカ映画は看板に近しい絵が多い。最近に記憶に残った映画での絵は、アレックス・カツ。「プラダを着た悪魔」の中で、悪魔のような上司のミランダの自宅に飾ってあった「アレックス・カツ」の絵。好みの絵ではないのだけれど、アメリカの豪邸にさりげなく飾ってあったことで、特別な家に感じたのです。趣味がいいというか、新鮮だった。その家に良くあっていたのです。絶妙な組合せに拍手を送った。

どんな所でも絵のチェックをする、わたしは、絵画オタクなのかもしれない。


◆徳島在住のファトグラファーの森合音(もり あいね)さんが取り組む「ホスピタルアート」の一環の一部として、参加いたしました。
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子供のために描いた絵2 (作品紹介69、70)

2011-11-18 17:09:34 | Weblog

その2


その3

香川小児科病院のホスピタルアートの為の絵
この絵も院内に飾られます。
気分すっきり、元気モリモリ、なんとなくワクワク。
こんな絵だったら、僕にも私にも描けそうな感じ。
大人が見ても、ちょっと肩の力がぬける、ヒロクニワールド。
「自由」な精神とは何ぞや?

◆徳島在住のファトグラファーの森合音(もり あいね)さんが取り組む「ホスピタルアート」の一環の一部として、参加いたしました。

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子供のために描いた絵 (作品紹介68)

2011-11-16 18:22:47 | Weblog

香川小児科病院のホスピタルアートの為の絵
その1

徳島在住のファトグラファーの森合音(もり あいね)さんが取り組む「ホスピタルアート」の一環の一部として、武内ヒロクニも6枚の絵を描かせていただいた。小児科病院の入院している子供達に向けての絵を意識してヒロクニさんも制作にとりくんだ。

「子供ってなんだ?」
「子供ってどんな感じなんだろう、おい!!サホリ」と言う。
「さぁ~、自分の子供の頃のことを考えればいいのでは?」と返事する。
「グローブとか描くのはどうかな?」と言うので、
「最近は、サッカーも好きな子多いんだよ」と言い、
「子供って、教室(自宅で造形教室をしていた頃があったので)に来ていた子達は小学生だったよ」と言った。
「あれが、小学生か!!」ふぅむと頷く。
あ~、そうやね、教室していたころねぇ~、頭の中をいろんな出来事が思いだされ、ある一日の授業風景が頭の中でオーバーラップした・・・。そうそう・・・・・

教室をしていた頃、やたらとヒロクニさんの嫌いな事をする生徒がいた。
まず、その○○君は、やたら所かまわず「ちゃあ~しゅう~め~ん」と大声で叫ぶという特徴を持っていた。
ヒロクニさん専用のおやつを欲しがり、ヒロクニさんにうまいこと交渉して食べる許可を得たと思ったら、おやつを食べる頃には他のはしこい低学年の子におやつを奪われ、その低学年がおやつを食べている姿を見ているという有様。その生徒とヒロクニさんは、お互い反目している様に思うのだが、ヒロクニさんは、その子に特別な許しを与えたり、教室が終わると「あいつも、俺もにたようなもんだ」と言う。

ある日、手伝いの先生が急に休んでしまい、慌てたわたしは、急にヒロクニさんに手伝ってもらった事がある。
授業は、織物だった。
○○くんが、一番苦しむ課題だった。
「ヒロクニさん、お願い!!今日は手伝って!!」と、拝み倒した。
「俺はそれは無理、俺も○○と同じなんだ!!」とむりむりと何度も言う。
それでも、拝み倒し承諾させた。

その日の授業は、わたしは○○くんに付っきりになり、ヒロクニさんは、横で「サホリ先生、どうしたらいいのですか?」と聞くし、はしこい低学年は、わたしの身体を机や椅子の足に何本もの毛糸でつなげてあるし、一生懸命課題もしているのだけど、一生懸命いたずらにも熱がはいり、授業が終わったら、わたしの身体は糸くずまみれ・・・。ほんま、蜘蛛女な状態。飽和状態になった時、わたしは動いて毛糸引きちぎり、その糸の端を生徒にもくくりつけ「お前は、今からわたしのもんじゃ!!」とのたまい、皆「先生がそんなことをするなんて!!」と驚いてから、浮かれてしまい、さらにいたずら合戦に白熱!!相手にわからないように糸を結ぶ合戦が・・・・。

ヒロクニさん織物を教えても全然解ろうとしません。
しかし、その日は皆楽しかったろうと思う。○○くんも一生懸命、糸のいたずらに参加しておりました。


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あ~暑いよ!!

2011-11-12 18:17:21 | Weblog

去年の年賀状。
2013年もストーブで熱い日を過ごしそう・・。

急に風邪を引いてしまった。
なまちょろい身体になったものだと思い、ストーブを恨めしく思う。
ヒロクニさんがつける石油ストーブとガスストーブ。

温室育ちになってしまい、情けない!!
猫ちゃんと寝ています。
(しかし、猫には嬉しい温度のようです)

ヒロクニさんは、快適らしく「子供の病院のための絵」を製作中!!
健康は、健康食品より、質実剛健の精神の生活の中で保たれると確信しています。

「あ~暑いよ。」

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年の差婚で、年の差を感じた瞬間

2011-11-06 20:38:48 | Weblog

堺正章、加藤茶「年の差婚」パラダイスか?P142~p143に私達夫婦の年の差婚の様子が載っています。

妻の家族から「ヒモ」と呼ばわりされたという画家の武内ヒロクニさん(73)と幸穂里さん(47)の頭の中は、結婚生活二十一年のいまでもなお、行き先の不安でいっぱいだ。<続く>・・・

このインタビューで色々答えたのです。
「暮らしていて年の差を感じたことはありますか?」の質問に、ヒロクニさんとわたしは同時に同じ言葉で答えた。
「感じたことはない!!」と2人ともきっぱりと胸を張って答えた。わたしは、あまりの意気投合さに驚いた。

ところが、その後、年の差があるがゆえに起こる喧嘩をしてしまったのだ。
原因はCD。わたしが夕食を作る頃になると、古い演歌をかける時がある。そういう類の音楽を聴く時、ヒロクニさんは台所でじっとして、伏し目がちになり、なんか辛気臭い感じになるのが目に入るし、わたしは、料理をしている時はリズミカルな音楽の方がいいのです。
わたしは、なにげなく「今は、その音楽はやめて」と言った。

わたしがやめてと言った音楽は、古賀正男のインストメンタルだった。
ヒロクニさんの猛攻撃が・・・・・。
「君は、日本人の心がないのか?」
そのCDに付いている歌詞を読み出して「この詩の心が解らない人間なのか?」
「詩を解さないとは。好きな詩人をあげてみろ」
「中原中也、萩原朔太郎、高村光太郎」と口を尖らせて言った。その反撃がまた・・・。
「詩を解さないような、そんな恐ろしい人間と俺は暮らしていたのか!」と目を丸くして大げさに言い、
「君って、無味感想な神経で生きてるの?」と軽蔑のまなざしでみる。

次は、わたしの反撃である。
「だって、ゆっくり詩の鑑賞する気持ちのゆとりも時間もなかった。次々くる現実に生きるのが精一杯で。」
「感傷的になるより、苦しい時こそ笑顔で頑張ってきたのよ。そんな感傷的になっているひまはないのよ」
「毎日、悲しいとか、わたしが浸っていたら、あなたも困るでしょうが!!」言いながら、「風邪と共に去りぬ」のスカーレト・オハラのような気持ちになった。

今度は論理的な攻撃に変わった。
「その歌は、いつごろよく聴いていたの?」
「18歳ぐらい」とヒロクニさんは答えた。
「あなたが、18歳の時は、わたしは生まれてないの!あなたが25歳の時に、わたしはオギャアと生まれたの。」と言っても年代の差を理解しないようだから
「あなたは、今現在98歳の人のこと、良く解る?」
「全然、解らん」とヒロクニ。
「わたしは、多少の学習と想像力で、あなたの話を吸収出来るように努力しているのぉ!!」と嘆願した。
(これは、本当に努力しています。)
ヒロクニさんは、理解した瞬間「すまなかった」と言って、「なあ~んだ。僕達は、年の差があるんだよね。そうだよね」とニコニコ笑顔。しかし、辛気臭く感じたヒロクニさんもわたしの勝手な見方で、台所で古い歌を聴きながらくつろいでいるというのが解った。人を理解するって難しいことだなぁと思いました。

ヒロクニさんは、古賀正男の他に、ディック・ミネ、鶴田浩二、高峰美枝子をよくかけます。

スーパーベスト
クリエーター情報なし
インディーズ・メーカー

鶴田浩二は、このCDをよくかけてます。

武内ヒロクニの画像を見たい方は、HPのヒロクニマンダラを御覧下さい。

http://www.hirokuni.com/mandara.html

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我が家の食卓・ビーフシチュウ

2011-11-04 22:45:27 | Weblog

小いさめの玉ねぎをビーフシチュウの固形の素を入れる前に取り出しておき、
花に見立てて見ました。小さい玉ねぎを見ているうちに、やってみたくなったのです。

我が家では、4年ぶりのビーフシチュウでした。

風邪をひいてしまい、唇には熱の華が出来て口に物を入れる度に痛みが・・・。
そして、注文のTシャツを刷って、発送してやっとホッとした。
そうしたら、ヒロクニさんのいつもよく言う言葉が、

「俺はもうダメなんじゃないか・・・」わたし→「全然、だめじゃないよ」
「こんなに疲れていて・・・もうおしまいなんだろうか?」わたし→「疲れたときは、寝なさい。いつも、たまに休憩しなさいと言っているのに休憩しないじゃないですか!!」

「俺は、そんな単純な男じゃないんだ」わたし→「疲れていたら、寝るしかないじゃやない。他にどんな方法がある?」

「今度の東京の個展止めたほうがいいのかな?冬は嫌だと言っているのに」→「そこまで嫌だったら、断ってあげようか?」「たぶん、これで最後の東京展になると思うよ。もうそんな話しはこないと思って覚悟して決めたら?」(この辺は、追い詰めていくのがコツ)

そんなに寒くないのに、ヒロクニさんは台所でもうガスストーブをつけています。
シチュウを作っている時の音楽は、ジミー・ヘンドリックス。ガスストーブで熱くなった部屋。
まだ風邪も完全に治ったわけでもないに、なんかストレスでビタミンCが消耗されて、また風邪を引くのだろうか?

もうダメと言うわりに、皿一杯のビーフシチュウを平らげ「うまい」というヒロクニさん。
ご飯が美味しく食べれているのなら、大丈夫と確信している。
本当は、話を聞きながらなぐさめて欲しいのだろうと知っているが、それをすると、3時間ぐらい話を聞かなくてはならなくなるからしないようにしているのだ。わたしも結構忙しいのです。
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