償いの書(24)
また東京に戻り、日常の業務に追われている。それらを、完璧に行おうとすれば、時間はいくらあっても足りず、手を抜こうとすることは自分の性格が許さなかった。それは、根源的なことなので、自分の気分で変えようという簡単なものでもなかった。そのことで、あることは二の次になり、休日になるまで一時的に忘れることにした。そのことは、悲しいことだが、裕紀のことも含まれてしまうことが過分にあった。
その日は、待ちに待った休日であり、ひさびさに上田さんと智美にあった。そして、ぼくの横には裕紀がいた。彼女らは、だいぶ前になってしまったが旅行に行ったときの話しをした。時おり目配せをして意味深な表情をしたりした。自分も、その内容に興味があったが、そうした楽しげな様子をみているだけで、ぼくのこころは暖まった。
「この前、地元に帰ったんだな。親父に聞いたよ」と、上田さんは言った。
「そうなんだ。楽しかった?」と、智美もぼくに対して尋ねた。
「仕事だからね。楽しいばかりでもないし、緊張しましたよ」
「良くやってくれてるって、親父も誉めてた。仕事以外にも休暇を与えたようなことを言ってたけど」他人からきく誉め言葉というものは嬉しいものである。
「実家に泊まったみたいだし」と、裕紀も付け足した。ぼくは、その後で家に急に犬がいた話をしたが、それ以降は、ぼくの家族の話を智美が受け継いだ。彼女はぼくと幼馴染なので、ぼくが知らないことも話に含め、もちろん情報として知っていることも多かったので、ぼくはあの時代の古びることも感じなかった自分や家族のことを懐かしさをこめて聞いている。だが、みなのこころの中にぼくと雪代が、もしかしたら会ったのかもしれないという心配の気持ちもあるようだった。それは、ぼくの思い過ごしかもしれないし、疑念を持ち込みすぎている杞憂かもしれなかった。だが、幾分かはその気持ちがあったのは事実だろう。
しかし、何があっても休日にこのような友人たちと会うことの開放感のほうがずっと多かった。それらのひとを悲しませたり、心配させたりすることは、もうぼくにはどうしてもできなかった。それで、ぼくは自身のこころのなかに閉まっておけるものはきちんと密閉してしまい、出すまいと努力した。
「他になんか変わったことがあった?」と、智美は好奇心で訊く。ぼくは、いろいろと頭のなかで話題を探した。しかし、どうやっても、自分が雪代の女の子を抱いたときの印象がいちばん、強かった。だが、それを払い除けるようにして、会社の性格(そのようなものがあればだが)が変わってしまったようなことや、町並みや自分の東京での暮らしを通じてよそよそしくなってしまったことを話した。
ぼくらの会話が停滞したところで、ぼくの頭のなかにはまたもや、あの小さな存在が浮かび上がってくる。ぼくは、その重みを忘れることができず、覚えていた。それは、記憶というよりひとつの経験だった。ある日、それは雪代の子ではなく、自分と裕紀の間のものとして抱かない以上、大切なものであり続け、忘却することは難しいようだった。
ぼくらは、4人で静寂な町並みをぶらぶらし、小粋な店を眺めたりした。裕紀は、形のかわった帽子を買い、直ぐにそれを被った。そうすると、年齢以上に子どもじみて見えた。ぼくが知らなかった時期の裕紀がそこに表れたような気がした。
それを見ながら、裕紀の父も彼女の小さなころの身体を暖かく抱き、その成長した輝ける時代を知らないまま亡くなってしまった事実を思い出す。島本さんもまた同じように広美と名付けられた小さな子を抱き、その成長を見守るのだろう、ということを考える。それをうらやましいと思う反面、責任の重さも痛感する。ぼくは、どれほどの人間のどれほどの生活を知ることになるのだろう、という答えにならない計算をするが、この場面を大切に記憶に留めておこうということで解決を出したことにした。
静かな道でぼくと上田さんは、以前のようにラグビーの真似をしてじゃれついていた。ふたりともむかしのような身体は有していないが、それでも、知らないひとが見れば勢いのある風景だったかもしれない。笑い転げる裕紀の身体が、うしろを通りかかったベビーカーにぶつかりそうになって、ぼくと上田さんは動きを止めた。そして、平謝りをしながら、そのお母さんに頭を下げた。ぼくは人生というものが、デジャブではなく、一直線につながっているのだなと実感した。
そのベビーカーの進むべき道をさえぎったのは裕紀の身体であり、ぼくの揺れ動く思いでもあった。ぼくは、通り過ぎたそれらのひとびとを眺め、自分の人生のある部分がきちんと終わったことを感じた。それは悲しみというより、新たなものを構築するための準備された時間だったかもしれない。
ぼくらはそれから夕飯を済ませた後、裕紀と連れ立って帰った。ぼくらの前には架空のベビーカーがあって、そのなかを覗いている裕紀の姿をぼくは頭のなかで追おうとした。むなしい努力だったのか、それとも、期待の実現を待つことへの予測だったのか、自分の休日の脳は、とことん突き詰めて解決することをし忘れてもいた。
また東京に戻り、日常の業務に追われている。それらを、完璧に行おうとすれば、時間はいくらあっても足りず、手を抜こうとすることは自分の性格が許さなかった。それは、根源的なことなので、自分の気分で変えようという簡単なものでもなかった。そのことで、あることは二の次になり、休日になるまで一時的に忘れることにした。そのことは、悲しいことだが、裕紀のことも含まれてしまうことが過分にあった。
その日は、待ちに待った休日であり、ひさびさに上田さんと智美にあった。そして、ぼくの横には裕紀がいた。彼女らは、だいぶ前になってしまったが旅行に行ったときの話しをした。時おり目配せをして意味深な表情をしたりした。自分も、その内容に興味があったが、そうした楽しげな様子をみているだけで、ぼくのこころは暖まった。
「この前、地元に帰ったんだな。親父に聞いたよ」と、上田さんは言った。
「そうなんだ。楽しかった?」と、智美もぼくに対して尋ねた。
「仕事だからね。楽しいばかりでもないし、緊張しましたよ」
「良くやってくれてるって、親父も誉めてた。仕事以外にも休暇を与えたようなことを言ってたけど」他人からきく誉め言葉というものは嬉しいものである。
「実家に泊まったみたいだし」と、裕紀も付け足した。ぼくは、その後で家に急に犬がいた話をしたが、それ以降は、ぼくの家族の話を智美が受け継いだ。彼女はぼくと幼馴染なので、ぼくが知らないことも話に含め、もちろん情報として知っていることも多かったので、ぼくはあの時代の古びることも感じなかった自分や家族のことを懐かしさをこめて聞いている。だが、みなのこころの中にぼくと雪代が、もしかしたら会ったのかもしれないという心配の気持ちもあるようだった。それは、ぼくの思い過ごしかもしれないし、疑念を持ち込みすぎている杞憂かもしれなかった。だが、幾分かはその気持ちがあったのは事実だろう。
しかし、何があっても休日にこのような友人たちと会うことの開放感のほうがずっと多かった。それらのひとを悲しませたり、心配させたりすることは、もうぼくにはどうしてもできなかった。それで、ぼくは自身のこころのなかに閉まっておけるものはきちんと密閉してしまい、出すまいと努力した。
「他になんか変わったことがあった?」と、智美は好奇心で訊く。ぼくは、いろいろと頭のなかで話題を探した。しかし、どうやっても、自分が雪代の女の子を抱いたときの印象がいちばん、強かった。だが、それを払い除けるようにして、会社の性格(そのようなものがあればだが)が変わってしまったようなことや、町並みや自分の東京での暮らしを通じてよそよそしくなってしまったことを話した。
ぼくらの会話が停滞したところで、ぼくの頭のなかにはまたもや、あの小さな存在が浮かび上がってくる。ぼくは、その重みを忘れることができず、覚えていた。それは、記憶というよりひとつの経験だった。ある日、それは雪代の子ではなく、自分と裕紀の間のものとして抱かない以上、大切なものであり続け、忘却することは難しいようだった。
ぼくらは、4人で静寂な町並みをぶらぶらし、小粋な店を眺めたりした。裕紀は、形のかわった帽子を買い、直ぐにそれを被った。そうすると、年齢以上に子どもじみて見えた。ぼくが知らなかった時期の裕紀がそこに表れたような気がした。
それを見ながら、裕紀の父も彼女の小さなころの身体を暖かく抱き、その成長した輝ける時代を知らないまま亡くなってしまった事実を思い出す。島本さんもまた同じように広美と名付けられた小さな子を抱き、その成長を見守るのだろう、ということを考える。それをうらやましいと思う反面、責任の重さも痛感する。ぼくは、どれほどの人間のどれほどの生活を知ることになるのだろう、という答えにならない計算をするが、この場面を大切に記憶に留めておこうということで解決を出したことにした。
静かな道でぼくと上田さんは、以前のようにラグビーの真似をしてじゃれついていた。ふたりともむかしのような身体は有していないが、それでも、知らないひとが見れば勢いのある風景だったかもしれない。笑い転げる裕紀の身体が、うしろを通りかかったベビーカーにぶつかりそうになって、ぼくと上田さんは動きを止めた。そして、平謝りをしながら、そのお母さんに頭を下げた。ぼくは人生というものが、デジャブではなく、一直線につながっているのだなと実感した。
そのベビーカーの進むべき道をさえぎったのは裕紀の身体であり、ぼくの揺れ動く思いでもあった。ぼくは、通り過ぎたそれらのひとびとを眺め、自分の人生のある部分がきちんと終わったことを感じた。それは悲しみというより、新たなものを構築するための準備された時間だったかもしれない。
ぼくらはそれから夕飯を済ませた後、裕紀と連れ立って帰った。ぼくらの前には架空のベビーカーがあって、そのなかを覗いている裕紀の姿をぼくは頭のなかで追おうとした。むなしい努力だったのか、それとも、期待の実現を待つことへの予測だったのか、自分の休日の脳は、とことん突き詰めて解決することをし忘れてもいた。