上手い。
フェイントの名人。
フェイントを楽しんでいるようだ。
しかし、これはサッカーの試合じゃない。
この電車の運転手は。スピードを上げると思わせてはすぐに小さくブレーキをかける。前にずっこける。
遠心力は、右カーブを告げている。姿勢をそれに合わせる、と間髪いれずに体は逆方向に振られる。 翻弄されっぱなし。
「お近くのつり革にお摑まりください」という決まり文句の言葉。これに全く説得力がない。この旧式のボロ電車には、そのつり革がないのだ。
何度も言う車掌のアナウンスが、無情に聞こえる。
「……ったく!!」と心に呟く。
ふと、
――前に後ろに左右にだけならいいが、リフティングだけは勘弁して欲しい。
そう願った今朝の電車。