パレス座で3本立て。今回はSF特集(といえば、聞こえはいいが…)。
『未来元年破壊都市』(79)(1981.11.2.)
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以前、『世界が燃えつきる日』(77)という映画を見た時に、核戦争後の地球の描き方の甘さに怒りを覚えた記憶がある。まるでアドベンチャー風のストーリーで、核の恐怖や、核戦争がもたらす悲惨さなどは全く伝わってこなかったからだ。
残念ながら、この映画にも同様のことが当てはまる。復讐あり、撃ち合いありで、あたかも、SF風の西部劇のようで…。アメリカ人は楽観的といおうか、所詮は映画なのだから、ただ楽しめればいいと思っているようだ。
核の恐怖が叫ばれてから、いろいろな映画が作られている。古くは『渚にて』(59)や日本の『世界大戦争』(61)、最近では、『猿の惑星』シリーズや前出の『世界が燃えつきる日』、そして日本の『復活の日』(80)…。
これらの中でも、佳作と呼べるのは、『渚にて』と『世界大戦争』、またアイデアの素晴らしさも含めて、最初の『猿の惑星』(68)ぐらいだろう。ほかのほとんどの作品が楽観的なのに対して、これら3作は絶望的なのだ。
この絶望こそが、核戦争後の地球の姿だろう。この映画のように全く絶望感がないものは、逆の意味で怖いのである。
ひょっとしたらアメリカは、核戦争後も、平気で生きていけると思っているのかもしれない。そんな少々大げさな疑問も湧いてくる。そんなわけで、時代遅れ的なものを感じさせる映画だった。
映画そのものは散々だったが、アーネスト・ボーグナインのほか、いかれた軍曹役のアート・カーニー、略奪者の親方役のアンソニー・ジェームズ(相変わらずの変質者ぶり)など、脇役は面白く、しかも、あのウッディ・ストロードの姿を見た時は思わず感動させられた。随分年は取っていたが、あのスリムなボディは健在だった。彼らを見られただけで良しとしよう。
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『宇宙の7人』(80)
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タイトルを見た時から、きっとまた『七人の侍』(54)のパロディ的なものなのだろうという、嫌な予感はしていたが、その予想は見事に当たってしまった。
よく出来ていれば、「スペースファンタジー版『七人の侍』」とでもなるのだろうが、お世辞にもそんなことは言えない出来だった。多分、半分子ども向けに作られたのだと思うが、『スター・ウォーズ』(77)のようなハチャメチャな面白さも、『未知との遭遇』(77)のような哲学的なメッセージ性もない。
ただ、七人集めて敵と戦うというパターンに、個々の宇宙船に乗ったキャラクターを当てはめただけで終わってしまっている(『荒野の七人』(60)に出ていたロバート・ボーンが、この映画にも出ているところは面白かった)。
また、監督がジミー・T・ムラカミという日系人だからか、妙に浪花節的なストーリー展開がある(それ故、日本人には見やすいところもあるのかもしれない)。何と言っても、主人公のカップルを残して、あとはみんな名誉の戦死を遂げるのだから。
こういう映画を見ると、アメリカもバカな映画をたくさん作っているだなあ、という変な安心感を持たされる。
【今の一言】この映画の製作総指揮はロジャー・コーマン、脚本はジョン・セイルズ、音楽はジェームズ・ホーナー、特撮スタッフの一人にジェームズ・キャメロン…。今では信じられないようなスタッフが作ったのだ。
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『アルタード・ステーツ 未知への挑戦』(80)
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