フェンネル氏の奇妙な生活

気付いた世界の中の小さな出来事と水彩画と時たま油絵と思いついたことを爺さんが一人語りいたします。

北の麗人

2006-08-31 21:55:16 | Weblog
ずいぶん長い間その人のことを見かけなかった。以前には、夕方アボとガドを連れて散歩に出かけるとちょうどその人が帰ってくるところに出会ったものでしたが、いつの頃かしら、急に姿を消してしまったように見かけなくなってしまい、きっと引っ越したんだなと思ってましたが、なんと今日、少し遅い目の散歩に出かけたときばったりと出会いました。なんだかうれしくなって思わず微笑んでしまいました。そしたら向こうも微笑を返してくれたような気がしました。「イカンな」と照れてしまったフェンネル氏でした。フェンネル氏は、彼女のことを密かに北の麗人と呼んでいました。いつもお城の西側の木陰の道から忽然と現れるのですけどマントのような服にチェロか、ビオラの弓が入っているような長い筒をもってベルサイユのばらのようなヘアスタイルで颯爽と歩いて来るのです。夏でも半袖じゃなく自分のイメージを損なわないようなスタイルです。だから、冬のイメージでとらえて北の麗人と名付けました。前より少し帰宅時間が遅くなってたのですね。
知らなかったから引っ越したとばかり思い込んでいました。よかった。また明日から散歩が一段と楽しくなるなと思ったフェンネル氏でした。
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寂しくて

2006-08-30 19:58:27 | Weblog
この一週間というものフェンネル氏は、プルーテルとずっと話していました。そしてあまりにも寂しくなってプルーテルの残された奥さんに電話をしたのです。「もしもし、寂しくて、寂しくて、せめて、奥さんの声でも聞きたいと思って、忙しいところ申し訳ないですけど電話させてもらいました。」というと、「あの頃が、一番楽しかったね」なんて慰めてくれた。そうだね、あの頃、歳は取ってたけどまた別の意味で青春だったから。自分達の「俺達の旅」だったと言えるもの。しばらく、二人で楽しかったことばかり話し合って、電話を置いた。目には、涙があふれていたけど、顔は、笑っていた。皆さん、お元気でと手を振るプルーテルに小さく手を振り返したフェンネル氏でした。
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ボケの薬

2006-08-29 20:33:55 | Weblog
ボケの薬があるってバナナから言ってきました。バナナのみんなは飲んでるらしい。世の中そんなに便利なものがあったのかと思って、早速、パンプにも飲ませることにしました。もちろんお医者さんから処方をいただいてですけど。なんでも妄想を少なくするらしいのです。何日か飲みました。だけど全く変わりません。パンプなんか「あのお薬はいいわ。おならが出ないもの」なんてガスを押さえる薬と思ってるくらいだから、効かないよな。といったら、「少し量を増やしましょう。手足に痺れがくるかもしれませんが」と医者が言うものですから、「手足が痺れるのなら止めときます。ボケてても元気なほうがいいですから」とその便利な薬を止めました。薬は、治すのも薬なら、廃人にするのも薬だから毎日は飲まないほうがいいんですよ。異論は、ありましょうけど。それに、パンプは、80%素質で、あとの20%がボケているだけですから、ボケのほうに効かなかったら飲ましても無駄ですね。「宝塚にはいってね」今日も楽しい楽しい一日を過ごしたパンプでした。フェンネル氏は、パンプの健康だけは、気をつけているのでした。後は、放し飼いですが・・・・・・。
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親しさ

2006-08-28 20:19:32 | Weblog
親しさって何なのでしょう?時間の長さ?いいえ。付き合いの密度?いいえ。では、何?
答えが見つかりません。親しいふりをしていることは、あります。親しいんだと感じたこともあります。でも、本当に親しいのって聞かれたら考えてしまう。そんな日常に住んでいませんか?多くの人が自分の都合でくっついたり、離れたり、それの繰り返し。親しさも自分の都合に閉じ込めて相手に親しさの要求をする。それでも、たまに、無私の親しさが生まれるときがあります。たとえ、短い期間だとしても、それは、信頼にたる甘美な時間です。そのことを思い出しながら感慨にふけるとき初めて人は、孤独ではないことを実感します。フェンネル氏もプルーテルのことを思い出していました。というより、プルーテルが死んでから、ずっとプルーテルと話してたような気がします。あの頃は、親しいなんて思っていなかったけど今となっては、誰よりも親しく付き合っていたんだなと思わずにはいられません。3年間という時間が短いのか長いのかわかりませんが毎日会って、話して、仕事して、喧嘩して、笑って、泣いて、酒飲んで、食って、歌って、また話して。
こんな感じでした。朝から晩まで、お互いに思いやりながら、共有の時間を過ごしていました。「ああ、また、大騒ぎしたいな」フェンネル氏は、空に向かって話し掛けました。
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バーベーキュー

2006-08-27 21:15:18 | Weblog
夕方、涼しい風が吹いてきたのでフェンネル氏はバーベキューをすることにしました。一番喜んだのは、アボとガドです。2番目に喜んだのは、パンプです。だと思います。庭の木の下にコンロを構えて、ベンチを出してとフェンネル氏は大忙しです。お肉を串に刺して、野菜を切ってタレを作って飲み物をだしてテーブルに置いてと一通り出来上がったところでパンプを呼びました。「今日は、私は、買い物をしました。」といいながらやってきました。「外で食べるのかい」「そうだよ、外で食べるよ。風が気持いいね。お肉を焼いてあげるね、アボ、ガド、お前さんたちにもだよ」アボとガドはうれしくて一声吼えました。フェンネル氏はココナッツミルクをコップに入れながらプルーテルとアウトドアに出かけてバーベキューをしたことを思い出していました。あの日は、一緒に食べたのに、今は、もういないだなんて不思議な気持がします。生きてるもの、仲間、家族、みんな仲良くしなければとあらためて思いました。なんだか、プルーテルが教えてくれているような気がします。「さぁ、焼けたよ。」パンプにお肉の串を渡してやりました。「おいしい」パンプは喜んでホウ張ります。アボもガドもおいしそうに食べています。その幸せそうな顔を見てフェンネル氏は、これでいいんだよねと一人自分に言い聞かせるように頷きました。ランタンの灯りが星のように輝いていました。
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お葬式

2006-08-26 20:26:07 | Weblog
プルーテルのお葬式に行ってきました。みんな真っ黒い服で葬式にも社会の序列があるみたいにエライと思われてる人が、前の席に座っています。この人たちと知り合いであった事が何か自分も偉くなったような錯覚を与えてくれるのでしょうか。結局肩書き社会なんですね死んでも。ジャックプレヴェールの詩に「葬式に行くカタツムリのうた」というのがありまして、枯れ葉の葬式に二匹のカタツムリが出かけていくのですよ。ツノに喪章を巻いて秋の日暮れに、ところが着いてみるともう春になっていて、死んでいた葉っぱは、残らず生き返ってましたとさ。二匹のカタツムリはすっかりがっかり。そこで、お日様が、話し掛けます「さぁどうぞ、座ってください よろしかったら」なんだか心和むお話だと思いませんか。いつから、セレモニーってマニュアル化されたんでしょうね。故人の意思なんか無視して形式だけで時間を過ごしていくなんて、お日様も話し掛けてくれないよ。フェンネル氏は、できるだけゆっくりと時間をかけて式場に着きました。ひょっとして春になってプルーテルが生き返るのではないかと思って。でも、今は、夏の終わり、秋のはじめでした。「さぁどうぞ、座っていてください よろしかったら」お日様ではなく
プルーテルがそう言ってくれたような気がしてフェンネル氏はプルーテルが、やはり遠くへ行くんだなと感じました。フェンネル氏のグレーのスーツの後姿が寂しそうでした。
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友人の死

2006-08-25 22:17:10 | Weblog
冥王星が太陽の惑星から消えた日、年上の友人が死んだ。プルーテルと言って大変優しい男だった。食道にガンが発見されて術後3年目の夏だった。昔の仕事仲間でもあった。社会的には、立派な肩書きを持った男でもあった。そして何より心の交流があった男だった。タウンに住んでいてハーバーヒルへいつも遊びに来ては、冗談を言っては人を笑わしているような男だった。処世術は、誰よりも身に付けている男だった。つまり、大きな組織の中での泳ぎ方と生き残る術を知っている男だった。しかし、本当の男の生き方に憧れを持っていたとしても実行する勇気をもてないで逡巡していた男だった。そんな男が、肩書きもキャリアも通用しない世界へ飛び込んできた。偶然だったけど、とにかくやって来た。初めてクライアントの前に連れて行き頭を下げない営業スタイルというのを見せた。それがひどくプルーテルには奇妙に見えたらしい。それから毎日プルーテルは、やって来て、二人で開拓という営業をやった。成功もしたし、失敗もした。そして徐々に、体中がぶよぶよした日常から、脱却していくように心の核に硬いものを持った。当たりは柔らかいままだったが、ペコペコするのは、やめた。彼もまた、どこかでハードボイルドに近づいたのかもしれない。もう大丈夫だなと思った日、男を引きずりながら彼は帰っていった。その日から8年位会っていなかった。突然の訃報。夏の空を見上げながら、彼の笑顔を思い浮かべるフェンネル氏でありました。合掌
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ピース

2006-08-24 20:37:55 | Weblog
パンプは、毎日誰かと戦っています。5人を相手に大立ち回りする時もありますし、何十人何百人を前に演説をする時もあります。あんまり怒って夜も寝れず睡眠不足から風邪をひいてしまいました。近くのオーク先生のもとへ今日連れて行きました。開口一番「私は妊娠してません」と大きな声ではっきりと言いました。これにはオーク先生もびっくりして「ハイハイ、分かりました。それでは、レントゲンを撮りましょう」と言って人差し指を立ててレントゲン室を示しました。「えっ1ヶ月、私には覚えがありません」とブツブツ言いながらパンプはレントゲン室へ。生きる力と言うのでしょうか。生命を暗示しつつ
自分の命のバトンタッチをしているのでしょうか。人は、一人一人にその人だけの正義があって、他人に気に入られるためにだけ生まれてきているのではないから、必ず反発と衝突がある。どちらにも言い分はあるだろう。国と国なら戦争。友達同士なら絶交。恋人同士なら破局。その結果に満足する人はいない。取り返しのつかないことを人は何故やろうとするのだろう。それは、人が避けて通れない道だろうか。互いに傷つき、疲弊し、初めて人は、人を許すのだろうか。そういった生き物だろうか。初めから、許しあう精神で物事をはじめれば、平和が約束されていると分かっていても、理屈じゃない、硬いものが芯にあるからだろうか。フェンネル氏は、勝者の平和と、敗者の平和とを考えていました。
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パンプ警察を叱る

2006-08-20 10:53:04 | Weblog
パンプは、家の外にいました。夏の朝早くのことです。耳元で隣町へ行け行くんだと誰かが囁きます。パンプは、周りを見回しました。誰もいません。でも確かにパンプには聞こえます。起きたばっかりで、パジャマに変てこなシャツのようなものを引っ掛けて足にはサンダルと言ういでたちです。それでもパンプは頭の中の言葉に従いました。
フェンネル氏は夕べ少し飲みすぎてその朝は、寝坊してしまいました。起きてみると日は少し高く、何時もワーワー言っているパンプの声が聞こえません。パンプもまだ寝ているのかなと思って部屋をのぞいて見ても姿がありません。ここかな?あそこかな?と見てもどこにも姿がありません。外に出てみるとマータンがいたので声をかけると「パンプ?みなかったよ。」との返事。スミレフの家にも行って見ましたが居ませんでした。それでみんに協力してもらってハーバーヒル中を探してもらいましたけど見つかりませんでした。がっくりと肩を落とすフェンネル氏の元へ隣のまた隣のそのまた隣の大きな町の警察署から電話がありました。「パンプさんのご家族の方ですか、今、こちらでパンプさんを預かっていますので引取りにきてください」「それで、母は元気なんでしょうか?」「まぁはやいとこご自分の目で確認してください」
フェンネル氏は、早速車に乗って引き取りに行きました。警察署に行くとパンプの元気な声が聞こえてきます。何やらおまわりさんが謝っているようです。「ここのトイレは、汚いわよ、できやしないわ、もっときれいにしてちょうだい!」パンプはいつもの絶好調です。おまわりさんがペコペコしています。フェンネル氏は、お礼も早々にパンプを連れて帰ってきました。それにしてもなんと言うパワー何でしょうあんなに遠くまで歩いて行っておまけにおまわりさんまで叱って。でも、皆さんの優しさに感謝するフェンネル氏でした。
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ウィスキーを放り込む

2006-08-19 01:06:37 | Weblog
フェンネル氏はお酒があまり飲める体質ではありませんが、お酒は好きなほうです。つまり、量を飲むのではなく、種類を飲むというのでしょうか。気にいったらそのジャンルの酒を追いかけて飲むというのがフェンネル氏のスタイルです。ウィスキーと言えばウィスキーをワインと言えばワインをつまりワインもウィスキーもということはないのですけどそのときに応じて一種類のカテゴリーから旨い酒を探し出して飲むというのがもっぱらです。そして今はウィスキー。シングルモルトの少しそっけないヤツをストレートで飲んでいます。ショットグラスは、愛用のドクホリデイも使ったのではないかと思われる薬用のものです。西部の男のまねをしてウィスキーを放り込むように飲んで見ましたが、とても真似できるものではないと思いました。
でも、今日は、ノビルのことを思って飲んでいますから、何故わからないのだろう、どうしてそんな軽率なことを言うのだろう、信じられないな、と、はや3回も放り込んでしまいました。オイラーの法則のようにウィスキーを水で割ってまだ交わらない世界にマドラーという+1が加わってかき回すと水割りが出来上がるなんてそのような解決を考えているフェンネル氏でした。
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