アメリカって凄い国だね。コロナで世界で一番苦しんでいるかと思えば「can't breath」と黒人の抗議デモで大荒れの広がり。一方でWHOからの脱退、香港国安法を採択した中共への制裁と目まぐるしく社会は回転しているのに今日はNASAから民間初の有人宇宙船クルードラゴンが打ち上げられ軌道に乗ったという。アメリカの有人ロケットが打ち上げられたのは2011年以来だと。そういえばスペースシャトルが爆発したりして中止になってたものなぁ。ロシアのソユーズに頼る毎日だったものなぁ。快挙だよね。今日ISSにドッキングだってね。アメリカ人2人の宇宙飛行士が乗ってるんだよね。クルードラゴンっていうからてっきりハリウッドみたいにchina moneyにズブズブにはまった企業かと思ってたらアメリカの大企業だったね。Space Xって企業は反対に中国から市民権を与えたいと言われるくらいのceoだった。上海にもテスラって自動車会社の支店を出してるから中国とも仲いいんだって。だからドラゴンなのかなぁ。Puff,the magic doragon lived by the seaってPPMも歌ってるくらいだからアメリカでもなじみ深いのかな。おっと、オレたちの世代じゃなかったよな。民間が成功したということは、これで宇宙観光の扉が開いたということかな。と夢が膨らむ一方だね。ロケットって元は物理学なんだろう?物理なんて訳が分からいモンだと相場は決まってるのに分かる奴がいるんだよなぁ。分かる奴のおかげで夢が見られる。まぁ音楽も絵も同じなんだけど分かる奴がいて、分からないヤツがいる。このどちらも欠けてはいけない。ウマい料理を作る奴がいて客がいる。どちらも欠けてはいけない。そしてそれは対等な関係でなくてはならない。コロナの自粛で見えてきたもの、それだね。持ちつ持たれつとはこのことか・・・と雨空の彼方の宇宙を見上げる。宇宙旅行が普通になる日、オレは背中に生えた羽で宇宙の片隅にいるのだろうと思いながら。
淡竹と書いて「はちく」と読む。知らなかったなぁ。「破竹」は知っているが「ハチク」とカタカナで思っていた。タケノコというより食べられる竹なんだけどね。「淡竹」と書かれると美しいね。山の畑にね、孟宗竹の林があってタケノコを掘らないから油断してるとその竹が育って畑に進出してくる。だから生えてくると「じゃまだ」と蹴り倒していた。蹴るとポンと折れる。まるでブルースリーかジャッキーチェンになったようで面白がって回し蹴りなんかしてたんだけど一昨日市場に行った時その竹が売られているのを見た。「ハチク」と書いてあった。ウチの畑のより大きいぞとこの大きさでも食えるのかと「あれはハチクだったのか」と。さっそく昨日蹴り倒したハチクを拾って噛んでみた。「柔らかい。アクもない」。まだ半信半疑だったけどさっそく畑で青空キッチン。竹の皮をむいて輪切りに。鍋で沸かした湯の中へボチャン。ちょっと茹でて湯をこぼしてさつま揚げと一緒にだし醤油で煮た。砂糖か蜂蜜が少し欲しかったけど畑の小屋には蟻がたかるということで置いてない。残念。今日は料理する予定じゃなかったからなぁとグツグツ煮詰める。鍋が蓋のない鍋だったからアルミホイールで蓋をして味をしみ込ませる。しみ込ませるてる間に小さなウッドストーブに薪をくべて火を熾しフライパンをのっけてエリンギのソテーを作る。昼はフランスパンしか持ってこなかったからと添えにキウイと思ってとりだしたらジャガイモだった。これだから年寄りはイヤなんだよな。キウイとジャガイモを間違えて持ってきた。(;´д`)トホホ。気を取りなおしてパンを切ってエリンギと皿に並べ大きな皿に淡竹を盛る。どれどれ?「うん、旨い」なんとハチク、美味い。素朴だけどワイルド感もあってベアかエドになった気分。青空キッチンのメインシェフにかかれば、こんなもんさエッヘンと思ったがこんな美味いものを蹴り倒していたのかと反省。色はグリニッシュイエローと言うか名の通り淡い竹の色だね。クセがないし淡泊だからいろいろな食べ方が出来そう。今度は中華かなといま頭の中は89(ハチク).
Chinaがコロナのどさくさに紛れて香港に国家安全法制を導入の決定をした。また、ややこしい時に厄介なことをと思うけど中国共産党は前々から準備してたことだってね。「一国二制度」なんか許可するわけねぇ。ほとぼりが冷めたら見てろよってくらいに返還時から周到に準備されてたんだ。ここに来て決まったのはほとぼりが冷めたのと習ちゃんが自由民主主義が嫌いだから。それだけの理由、だと思う。これがChina regimeだと。これで台湾もやられるということが明確になった。それに味占めたら「尖閣」にも来るだろうね。日本政府は「憂慮している」とコメント。憂慮だけしてる場合じゃないと思うけど。この国はそんなもんだからそんなもんだろう。それで生き抜ければ御の字なんだろうけど。そうは問屋が卸さないというのが常套句だからその時が来て「憂慮してます」と言われてもなぁ。香港も台湾も世界が特別な存在と認めているんだから中国の内政の問題ではないんだ。これは「世界の問題」なんだよ。よその国にはちょっかい出してくるくせにすぐ「内政干渉」と平気で言う中国だからね。きつく釘さしとかないととんでもないことになるよ。アメリカ。オーストラリア、カナダ、イギリスがこの件に関し注文付けてるね。ナントカファイブって言ってたのにニュージーランドは組してないのかな。中国共産党とは距離を置くとコロナ騒ぎの時に世界中が言ってたのにあの熱気はどこにいったのでしょう?でもやるべき国は中国にいじめられようがなにされようがやるのでしょう。オーストラリアのように。イギリスも香港人のvisaを延長すっるってね。これってイギリスの市民権を得られやすくするってことだから香港移民受け入れ可能ってことだよ。台湾はドーンと門戸を開いて香港人受け入れだ。香港に香港人がいなくなって金融都市でもなくなりただの中国の田舎町となったら習ちゃんにはお荷物以外何物でもないと思うけど。いっそのこと日本にレンタルすればいいのに。レンタル料は入るし揉めることはないし、日本は憲法で戦争しない国だから問題ないと思うけどね。これで全て丸く収まると自分の名案にしばし酔い耽る・・。
詳しいことは知らないけどコロナで再陽性の人が日本で46人いるってね。その内80代の人は3回目の陽性だって。こう短期間に何回も罹るんだったら終息なんてできやしないと感染の心配をしてたらイギリスの新聞に再感染についての記事が出ていた。医療科学者が書いているんだけどね。再感染については「It is unlikely.」と。つまり「ありえない」と。3月11日にWHO がパンデミックを発表して以来3カ月以上経つがいまだに治療法も予防法も正体も分からない。だから100%のことは言えないがPCRはcovid-19をもってるかどうかを調べるのだから再感染とはいえないとのこと。おおむね擬陽性らしい。これも不明だが感染した1回目のウイルスがヘルペスのように隠れていて回復後にまた発症するということがあるかもしれないが再感染ではないと。もう一つ考えられるのは「delayed immune response」抗体遅延反応とでも言うんでしょうかね抗体反応が遅れることから再発症することがあるって。これも再感染ではない。がまだ研究途中とあった。こういうふうに言われると「ふむふむ」と自分の頭で考える余裕も生まれるんだけど日本のマスコミのように「再感染」って煽られるとノボセテしまって焦りまくるよね。もっと冷静な情報が出せないものかね。日本のマスコミの記事はまるっきり「広告」の手法だね。広告にはJAROって誇大広告監視機構があるけど記事にはないのかな?あっても法務省や検察の類じゃあてにならないけど。厚生省とも記者が点ピンレートで麻雀やって「煽れ」と言われてるのかな?
一日一日を無事生きるというのがオレたちの年齢から上の人たちの信条ということだがあらためてブリットエクランドなんかにそう言われると納得してしまう。ブリットエクランドっていうのはかつてのボンドガールで活躍した女優さんだ。ボンドガールってぇのも時代がかっているかな。ジェームスボンドがロジャームーアの時のボンドガールだ。これも古いかな。今77歳だって。たまたま新聞で見かけたから「懐かしいな」と思って読むと今日を一生懸命生きてるって。オレも今日を生きなくては。今日は定期の歯医者へ行く日だ。3ヶ月に1回くらいの割合で行ってる。掃除してチェックして歯垢をとってという塩梅。他のことはあまり気にならないけど歯の健康だけは抜かりがない。なんせ食う道具だからね。道具のお手入れは男は好きだからね、なんて人には嘯いてるが口臭と虫歯は嫌だと思ってるから通ってるだけ。ヒマだから朝1番の予約というのがもう何年も続いている。それでいて健康診断には行かない。病名もらうからという理由で。何が健康ナンだか分かったもんじゃないね。分かったもんじゃないと言えば賭博の黒川さんもレートが低いから問題ないってね。そういう問題かな?法の遵守の問題じゃないの?賭け事がやりたきゃ公営ギャンブルというものがあるんだから違法賭博に検察が手を出すって言うのが問題なんだろう。「これくらいは許容範囲」って前例をさっさと作っておいてカジノを作りやすくするという腹づもりだろうけど最近中国の共産党みたいに見え見えの手を打ってくるね。アベちゃんの世も末だね。もっと今日をマジメに生きといてくれよな。アベちゃんはオレより年下か。そしたらまだ今日を生きろとは言えないかとブツブツ。
朝早く起きたのでバナナケーキを南の島の女たちがやってるような感じで焼きました。つまり大雑把なネリネりした素朴なヤツです。今オーブンにはいってます。彼女たちは見た目と違って上手に焼き上げるんですが大雑把なところだけ見習ってるだけだからどうかな?アッ焼きあがったみたい。時間も温度も適当だったからどうかな?ウン、少し焦げた。まぁいいか。 味さえよければと。ゴーギャンの描くタヒチの女のように気にしない気にしないと粗熱をとる。ケーキ作りは密かな楽しみって感じがしていいね。先日山仲間のシェルパ君だったっけ。家人が留守のスキを狙ってボウル1個分のジャンボプリンを作ろうとして失敗したと言ってた。何でも家人が帰ってくる前に作って食わなきゃいけないもんだから圧力鍋で蒸したんだって。圧力釜の調整を少し間違って「茶碗蒸し」になったとさ。残念だったなぁ。あと一歩だったのに。誰もがボウル1個分のプリンって憧れるんだとわかって大笑い。実は、オレも作ったことがあるんだよね。ボウル1個分の大プリン。上手くできたからにっかり笑って大きなスプーンで掬って食べたっけ。あれは小さな器に入っていなければいけないもんだね。大きけりゃいいってもんじゃないことがその時初めてわかった。こんなこと人には言えないなと封印してたんだけどシェルパ君が同じ発想で同じことをするなんてやっぱり男には夢があるんだなぁ。とカッコつけたいところだが「いやしいジジイ」の失敗談だけのこと。シェルパ君はこのほかお菓子を家中に隠しておく癖があるとか。全部、奥さんに見つかって食べられると嘆いていた。アイツ、前世は犬だったのかな。
さぁ再開だと日本中でざわざわ。世界中でざわざわ。アクションは小さいけれど町が少しづつ賑わいを取り戻していく。そんな中で新コロナ対策の戦果を誇る国もあれば反省する国もある。一番戦果を誇ったのが中国、反省したのがスウェーデン、反省も何もしないのがブラジル。と目立ったところはこんなとこか。中国の場合と言うか中国共産党の場合外向けの発表はほとんどフェイクだから。それを鵜呑みにしてありがたく一字一句間違えずに載せるのは日本のマスコミくらいで世界の新聞を見れば実態はそうではないというのがすぐわかる。思惑通りいかなかったのがスウエーデンで一人当たりの死亡率が世界一。北欧隣国と比べても3~9倍だというからlockdown政策をとらなかったからと言われてもしかたがないか。スウェーデンは、当初、計算ではこの時期で全人口の40%以上の人が抗体を持ってるはずだったんだが実際は7.3%だったってね。誤算だといわれてもなぁ。上手くいったことを考えるより上手くいかなかったときのことを考えて戦略を立てるべきだった。ブラジルは世界第2位の感染率で死者もどんどん増え続けているがボロソナロは相変わらず「あんなの風邪だよ」とうそぶいて屋台でホットドッグなんか食べてたよね。ここまでくれば痛快というか政府の上層部は国民の命なんか屁でもないんだということがよくわかる。これはどこの国でも同じ。これが現実でみんな国家幻想の中で生きてるだけさ。はっきり分かったこと、稼がなくても生きていける人間と稼がないと生きていけない人間がいるということ。社会はこの2種類の人間で出来ている。2種類の人間が混ざり合って豊かで平和な幻想を生む。さぁ、その幻想の扉を再び開けよう。時が経てばヤツラは忘れていく。というのが為政者の思うところだろうが哀しいことに昨日のことすら忘れている自分がいる。年を取るから生きていけるのかなぁと大いなる矛盾を感じる。
デパートの入り口で熱を測ろうがユニクロの入り口で熱を測ろうがアルコールで手を消毒して店に入ろうがマスクをつけていようが全ては「不確実性」のもとにあるわけで滑稽といえば滑稽なんだがこういう決まり事が好きな連中もいる訳でその大多数によって世の中動いているんだからと長いものに巻かれるどころか包まっている自分の楽ちんさにちょっと嫌気を感じる。さりとて「目覚めよ」と叫んでみたってどうにかなるわけでも無いのだが。フランスのファッション業界が動き出したってね。消毒、フェイスガード、検温、人数制限はしてるらしいけど。まだ売り上げも来店数もさっぱりだけどファッションが戻れば経済も戻ると新しい戦略をたてようとしてるみたい。その基本戦略が「今まで以上に魅力的な服」だって。これってスゴイと思わないかい。安売りに流れるでもなく業態変化でもなく基本的価値そのものをグレードアップするという王道だもの。lockdownで彼らは気づいたんだね「本物の価値」って何ぞやと。食うや食わずで休業補償でやっと食いつないだファッション業界の人間の得たもの「ファッションは経済を取り戻す」「潤いのあるファッション」。オシャレな人が集う街角。おしゃれな店、活気あふれる都市。不確実性の中の模索。衣食住とはいうけれど食のみによって生きるにあらずと立ち上がったパリのファッション業界の人たちに光を見たような気がする。そのフランスの新聞に日本の政治家は医療関係者に拍手も送らず医療関係者の子供は保育園でも断られ公園からも追い出されるという記事が載ってた。「人間はこのような時、どうあるべきか」を思えば自ずから答えは見つかるだろうが政府やマスコミの情報を鵜呑みにして一部でこのようなことがあったと聞いている。外国の記者の目には政府が医療関係者に拍手を送れば問題は解決するのにと映ったんだろうか。それともフランスは中国と仲がいいから中国にそう言えと言われたのかな?不確実性も青い目と黒い目で見え方が少し違うのかもしれない。僕らは現象や経済で見るのではなく心情で見るからなぁ。
輝ける森の美しさを何と言おうか。
この森を通り抜けたところにある広場。
その前にある山。
ウグイスの谷渡り。
アザミの花が群生した草原。
僕らはこの中で
緑の住人になる。
野ばらの花が零れ落ちるように
太陽に舞い
その香りで僕らを包む
僕らはネズミモチの葉を
噛みしめる
その苦さに意識は覚醒し
高揚する
何をなすべきかと
この年寄りたちは青春に立ち戻り
お互いに目を輝かせる
森の力、緑の幻惑、力が甦る錯覚
人は錯覚の中で生きていくもの
と、わかってはいるのだが。
皺だらけの腕が、心臓が空へ伸びていく
今日は久しぶりに山の仲間と三密して森林公園に行ってきました。普段なら賑わっているキャンプサイトもセラピーロードも人っ子ひとりいません。森の緑はリーフグリーンからフォレストグリーンまでのグラデーションでとてもとてもきれいなんですけど見る人はいません。僕らはキャンプサイトを独占してコーヒーを沸かしたりラーメンを作ったりとのんびりとした時間を過ごしました。うぐいすが上手に鳴いて僕らを歓迎してくれてるようです。姿を見つけることはできませんでしたがやたらと低音のセミが威張って鳴いてました。自然はそのままなんですが人がいないのが嬉しいような寂しいようなちょっと落ち着かない気分でした。まぁたまにはいいかとお互いマスクをしない春を楽しみました。帰ると直ぐにクロネコヤマトが重そうに荷物を抱えてウチに来ました。何だろうと荷物を見ると「本」と書かれている。「本」なんか頼まないぞと玄関に置かれた荷物を持ち上げるとずっしりと重いこと。大学時代の友人が届けてくれたものだった。それも15冊。つい最近、断捨離で本を20冊ばかり捨てたのにと目に涙。中に手紙が入っていてペーパーにこだわって同人誌を立ち上げたので寄稿せよと書いてあった。といわれてもなぁ。「言の葉大賞」ってイベントも主催してるということでその本をめくると檀ふみさんの隣で太ったオッサンが笑ってる写真が載ってた。そいつがオレの友達の成れの果てかと気づくまでにしばらくかかった。「変わり果ててお前」と絶句。でも向こうもそう思うだろうからこの件はイーブンか。今年はコロナで「言の葉大賞」の入賞式が中止になったと嘆いていた。いろんなところでいろんな影響あるんだね。とりあえずヤツは元気だから安心ではあるのだが。コイツと話してると学生時代のバカをまたやりたくなってウズウズしてくる。友達ってそんなもんかな。