車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

三尾(みお)神社 in 滋賀県大津市園城寺町

2025年02月26日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・滋賀県

大津市園城寺町に鎮座される「三尾神社」。御祭神は『伊弉諾尊』

歴史「昔、長等山の山頂に腰に赤・白・黒の三つの帯を付けた伊弉諾尊が降臨し長等山の鎮守神となり、祀られた。腰の三つの帯が尾に見えた為、三尾明神といわれるようになった。ある時、その帯が赤尾神・白尾神・黒尾神になり、さらに赤尾神が本神として卯の年、卯の月、卯の日、卯の刻、卯の方より長等山の琴尾谷(琴緒谷)に現れた。白尾神は大宝年間(701年 - 704年)に現・三尾神社の地に、黒尾神は神護景雲3年(769年)3月14日(第2の卯の日)に鹿関に出現した。三尾明神は貞観元年(859年)卯の年に園城寺初代長吏「円珍」によって、赤尾神が現れた園城寺の境内の西方・琴尾谷(琴緒谷)に鎮守として祀ることとし、社殿を建立。南院の鎮守は三尾社となった。また、白尾神と黒尾神が現れた地はそれぞれ三尾社の御旅所となっている。明治9年(1876)5月12日、神仏分離により三尾社は社地を白尾神ゆかりの御旅所である現在地に移し、本殿なども移築して新たに三尾神社として独立した。」Wikipediaより

創建時の逸話から「兎」は三尾明神の使いとされ、境内の様々な場所から参拝者を出迎えてくれます。手始めは手水舎の鉄のかごに閉じ込められた吐水兎😱!!

大切なものである事は理解できますが、鉄の檻と言うのが何ともシビアで😣・・もしや鉄の籠と言えば良かったのか・・

石段参道の両側で足元を照らしていた石灯籠。竿の根元には阿吽の狛兎。

神橋の石段参道を進み神門へ

神門の屋根の留蓋には、後ろ足で耳を掻く仕草が可愛い飾り瓦の兎さん。反対側の画像がないのは、多分撮れない事情があったのでしょう😥

三尾神社の由緒碑と、園城寺鎮守であった頃の「経の巻(きょうのまき)」。中央には御神紋「真向きの兎」があります。

拝殿前には比較的新しい奉納と思われる「めおと卯」

更に拝殿後方、透かし塀の外より神域を守護されるのは、文久2年(1862)11月建立の狛犬さん一対。大口の阿形さんと角を持つ無口っぽい吽形さん。絶妙に面白い組み合わせです。

透かし塀の内より神域を守護される狛犬さん一対・・・吽形さんの位置が見事に木々にさえぎられて、まるでだまし絵のように一体化😲

本殿の縁には木製の神殿狛犬さんもお出ででしたが、画像に残せたのは阿形さんのみ。傷みが気になりますがとてもよいお顔をされています。

社殿向かって右手に鎮座される「境内社:日御前神社」。御祭神『天御中主神・高御産巣日神・神産巣日神』。「境内社:白鬚神社」。御祭神『猿田彦命』。「境内社:夷子神社」。御祭神『えびす神』。「境内社:天満宮」。御祭神『菅原道真』。「境内社:白山神社」。御祭神『菊理媛神』。「境内社:愛宕神社」。御祭神『伊弉冉尊』。

「阪下茂畑稲荷神社」。御祭神は『稲荷神』

社殿の前左右より神域を守護される鍵を咥え神狐さん。社殿の扉の脇にも木製の神狐さんが見えます。もちろん上下いずれも反対側に神狐さんがいたのですが、位置的に画像に残せませんでした

大津市園城寺町にある天台寺門宗総本山「長等山(ながらさん):園城寺(おんじょうじ)」。一般には三井寺(みいでら)の呼び名で知られます。ここ「三尾神社」は、明治の神仏分離まで園城寺の鎮守の社として置かれていました。

参拝日:2010年6月12日(園城寺のみ2004年5月8日)

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