「許曾志神社」参道石段。昨日の続きから・・目の前に、大注連縄が掛けられた入母屋造りの拝殿が見えてきました。
たま~~~にですが、どうしても無理だと判断したとき、鳥居の内とか石段の下から参拝をすることも有ります。その時の何となく後ろめたい居心地の悪さと違い、拝殿の前に立って参拝するのは気持ちがよいものです。
鈴を鳴らそうと見上げた拝殿額は「白髭神社」。御祭神である『猿田彦命』は導きの神であり、『白鬚明神』とも称されます。江戸時代までは社名も「白髭大明神」と称し、文政7年(1824)に「許曽志神社」と改称されました。
拝殿の近くの建物は「楽殿」と呼ばれるもの、祭礼の際などに神楽の奉納などがあるのかも知れません。
石段途中、狛鶏の先には『猿田彦命』の「神使」「親子狛猿」が奉納されています。愛おしそうに子猿を抱いているのは母猿? では徳利と盃を抱え込んでいるのは・・・もう、男って!!!(笑)
拝殿前より神域を守護されるのは、先の神猿より古そうな来待石の阿吽の狛猿さん一対。片手に葡萄の房を持ち、片手に子猿を握る阿形さん。肩に小猿をのせて片手に柿の実を持つ吽形さん。仲良く育児分担されています(笑)
すでに守護の役目を終わられた神猿さんたち。ところで、何故「猿」が『猿田彦命』の神使いなのかですが、『猿田彦命』は道祖神であり、いわゆる庚申信仰における『庚申様』とされる場合があります。庚申と言えば三猿(見猿・言わ猿・聞か猿)の彫刻が施された庚申塚などが、なじみの深いもの。とりあえずは(笑)、そうした古事により「猿」は『猿田彦命』の「神使」として認知されたようです。
「境内社:火除神社」「境内社:飯生(いいなり)神社」祀られる御祭神は不明。
「境内社:熊野神社」
鎮守の杜にすっくと立つ「招魂(おがたま)の木」は、昭和天皇即位60年を記念して植樹されました。天岩戸の前で、招魂木を杖に見立てて舞う『天鈿女命』。その姿は佐陀神社の「佐陀神能」「きりめ」の項に出てくるそうです。
深い緑に包まれた境内はとても静かで穏やか、深く吸い込んだ息が肺を満たしていくのがわかります。石段の片隅にいた先代の狛犬さんたちに見送られて・・・
参拝日:2011年5月19日
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