近鉄残りの乗り潰し旅行、第3回です。
大阪阿部野橋から吉野まで26000系「さくらライナー」に乗車し、未乗車区間の1つだった橿原神宮~吉野の吉野線を踏破した後、帰りの特急まで1時間ほどあったので、時間つぶしにロープウェイに乗ってみることにしました。
吉野山は、千本桜で知られる観光名所ですが、3月の初旬ではさすがに咲いていません。しかもまだ朝の8時台とあって、ほとんど人影もなく、吉野駅前の土産物店も開いていない状態でした。というわけで、ロープウェイが動いていることを確認して、駅に行ってみたものの、乗った便の乗客は私だけでした(動いていたと言うことは、前の便に誰かが乗っていたんですけどね)。
吉野駅前にあった案内札。吉野山・高野山から熊野にかけての霊場と参詣道はユネスコの世界遺産に指定されている
降りて来る吉野ロープウェイ
山下側の千本口駅への通路
千本口駅
停車中のゴンドラ。ケーブルカーのように、内部が傾斜している珍しい物
近鉄特急の塗装になっているが、近鉄グループではないそうだ
しかしゴンドラは近鉄グループの近畿車輌製。昭和41年と言うことは今年で45歳である
吉野ロープウェーは、吉野大峯ケーブル自動車が運営する、現存する最古のロープウェイです。駅には「ロープウェイ」ではなく「ケーブル」と表現されていますが、ケーブルカーではありません。ゴンドラは28人乗りですが、傾斜がついているのと、車体や設備が古いこともあり、乗っているとちょっと怖いかも。私一人しか乗っていないので、重量バランスとれてないから車体が傾いてましたしねえ・・・。余談ですが索道であるロープウェイは鉄道法上の乗り物ですけど、全線乗車の対象にはしていませんので。今回は、時間が余ったために、特別に乗ったものです
千本口駅をゴンドラ内より撮影
反対側のゴンドラとすれ違う。扉開きっぱなしで無人だ
吉野山駅の改札へ繋がる階段
吉野山駅の入り口
上に上がってみたものの、観光地はここからバスで行くところにあるので、そこまでの時間も余っていない物ですから、ちょろっとだけ歩いて、黒門という山門だけ見てきました。
吉野山中腹あたりになるのだろうか。桜は咲いていない
黒門。右側は陶器屋さん
吉野駅に戻って、ここからは近鉄名物の特急乗り継ぎで行きます。まずトップバッターは16400系「ACE」。標準軌の22000系「ACE」の狭軌版と言うだけで、内装などは一緒です。これで橿原神宮まで戻ります。
これは急行の6020系。通勤電車の第三世代狭軌仕様車
乗車した16400系「ACE」。吉野ではがらがらだったが、途中駅で徐々に人が乗り込み、橿原神宮到着時はほぼ満席だった
橿原神宮では狭軌線に別れを告げ、標準軌の橿原線へ乗り換えます。近鉄は特急に車両愛称はあっても、列車名に愛称がありません。このため、一般に「京阪特急」だとか「名伊特急」だとか「吉野特急」などと呼ばれます。橿原神宮で乗り換えたのは「京橿特急」("きょうかし"なのか"けいかし"なのかはわからんが)で、京都行きの12410系「サニーカー」でした。これにわずか4分だけ乗車し、大和八木で再度の乗り継ぎです。阪伊特急で伊勢中川へ向かいます。
橿原神宮で撮影した8000系?と12410系「サニーカー」
12410系「サニーカー」は12400系のマイナーチェンジ車。そういや、今回の旅行中最初で最後の「サニーカー」だった
大和八木からの大阪線は22000系「ACE」2両+12200系「新スナックカー」4両の編成による阪伊特急。乗車したのは22000系だった
伊勢中川駅到着寸前、名阪特急用の短絡線が見えた
とりあえず、ここまでの特急券を買ってあったので、伊勢中川から先は急行で近鉄四日市まで行く予定だったんですが、急行の前に特急が来ると言うので、どうせならと急いで特急券を追加購入。やってきたのは22000系「ACE」4両+12200系「新スナックカー」4両の編成による名伊特急でした。乗車したのは12200系側でした
伊勢中川で撮影した12200系「新スナックカー」。後方に22000系が連結されている
近鉄四日市到着後は、四日市発着の3つの線に乗りに行きます。以下、次回。
大阪阿部野橋から吉野まで26000系「さくらライナー」に乗車し、未乗車区間の1つだった橿原神宮~吉野の吉野線を踏破した後、帰りの特急まで1時間ほどあったので、時間つぶしにロープウェイに乗ってみることにしました。
吉野山は、千本桜で知られる観光名所ですが、3月の初旬ではさすがに咲いていません。しかもまだ朝の8時台とあって、ほとんど人影もなく、吉野駅前の土産物店も開いていない状態でした。というわけで、ロープウェイが動いていることを確認して、駅に行ってみたものの、乗った便の乗客は私だけでした(動いていたと言うことは、前の便に誰かが乗っていたんですけどね)。
吉野駅前にあった案内札。吉野山・高野山から熊野にかけての霊場と参詣道はユネスコの世界遺産に指定されている
降りて来る吉野ロープウェイ
山下側の千本口駅への通路
千本口駅
停車中のゴンドラ。ケーブルカーのように、内部が傾斜している珍しい物
近鉄特急の塗装になっているが、近鉄グループではないそうだ
しかしゴンドラは近鉄グループの近畿車輌製。昭和41年と言うことは今年で45歳である
吉野ロープウェーは、吉野大峯ケーブル自動車が運営する、現存する最古のロープウェイです。駅には「ロープウェイ」ではなく「ケーブル」と表現されていますが、ケーブルカーではありません。ゴンドラは28人乗りですが、傾斜がついているのと、車体や設備が古いこともあり、乗っているとちょっと怖いかも。私一人しか乗っていないので、重量バランスとれてないから車体が傾いてましたしねえ・・・。余談ですが索道であるロープウェイは鉄道法上の乗り物ですけど、全線乗車の対象にはしていませんので。今回は、時間が余ったために、特別に乗ったものです
千本口駅をゴンドラ内より撮影
反対側のゴンドラとすれ違う。扉開きっぱなしで無人だ
吉野山駅の改札へ繋がる階段
吉野山駅の入り口
上に上がってみたものの、観光地はここからバスで行くところにあるので、そこまでの時間も余っていない物ですから、ちょろっとだけ歩いて、黒門という山門だけ見てきました。
吉野山中腹あたりになるのだろうか。桜は咲いていない
黒門。右側は陶器屋さん
吉野駅に戻って、ここからは近鉄名物の特急乗り継ぎで行きます。まずトップバッターは16400系「ACE」。標準軌の22000系「ACE」の狭軌版と言うだけで、内装などは一緒です。これで橿原神宮まで戻ります。
これは急行の6020系。通勤電車の第三世代狭軌仕様車
乗車した16400系「ACE」。吉野ではがらがらだったが、途中駅で徐々に人が乗り込み、橿原神宮到着時はほぼ満席だった
橿原神宮では狭軌線に別れを告げ、標準軌の橿原線へ乗り換えます。近鉄は特急に車両愛称はあっても、列車名に愛称がありません。このため、一般に「京阪特急」だとか「名伊特急」だとか「吉野特急」などと呼ばれます。橿原神宮で乗り換えたのは「京橿特急」("きょうかし"なのか"けいかし"なのかはわからんが)で、京都行きの12410系「サニーカー」でした。これにわずか4分だけ乗車し、大和八木で再度の乗り継ぎです。阪伊特急で伊勢中川へ向かいます。
橿原神宮で撮影した8000系?と12410系「サニーカー」
12410系「サニーカー」は12400系のマイナーチェンジ車。そういや、今回の旅行中最初で最後の「サニーカー」だった
大和八木からの大阪線は22000系「ACE」2両+12200系「新スナックカー」4両の編成による阪伊特急。乗車したのは22000系だった
伊勢中川駅到着寸前、名阪特急用の短絡線が見えた
とりあえず、ここまでの特急券を買ってあったので、伊勢中川から先は急行で近鉄四日市まで行く予定だったんですが、急行の前に特急が来ると言うので、どうせならと急いで特急券を追加購入。やってきたのは22000系「ACE」4両+12200系「新スナックカー」4両の編成による名伊特急でした。乗車したのは12200系側でした
伊勢中川で撮影した12200系「新スナックカー」。後方に22000系が連結されている
近鉄四日市到着後は、四日市発着の3つの線に乗りに行きます。以下、次回。