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HAPPY BIRTHDAY TO PIPI!!

2009-08-07 23:59:00 | 徒然なるままに
8月7日(金)

今日は末娘の誕生日。日付が変わる瞬間まで起きていて、
『お誕生日おめでとう』*(ケーキ)*
と祝ってあげた。

今日からキャンプに行くと言うので、昨日は何かご馳走を作ってあげようと思って、早めに帰宅し、娘と一緒にスーパーに行ったら、
「鯛の兜焼きがいい!アラ汁作って~!」
「鮭のハラスもいいなぁ~!」
「400g入りの特大プッチンプリンが食べた~い!」
と言うのが彼女のリクエストだった。渋い*(びっくり1)*

お腹いっぱい食べて、日付が変わるまで起きていたせいで、キャンプの集合時間にはちょっと遅れてしまったけれど、元気に出かけていった。もちろん松明も忘れずに。

日付が変わるまでの間、
「13歳がもうじき終わるけど、何か一言!」
といったら、
「ベストを尽くした!」
と言うので、
「そう言いきれるって、えらい!!本か何かで『ベストは尽くすものではなく、越えるもの』と言っていたけれど、14歳は『越える』?」
と聞いたら、
「『越える』のは簡単じゃなさそうだけど、14歳の最後の日にも、『ベストを尽くした!!』と言い切れるように頑張るしかない」
と言っていた。

中2になって、日を追うごとに生意気になってきて、一人前に『思春期』も『反抗期』も真っ只中!
でも、素直に、可愛く元気に育ってくれている。
あの子にどれだけ救われ、生かされていることか・・・。

『生まれてきてくれてありがとう。
HAPPYでLUCKYなことがたくさんありますように・・・。
お誕生日おめでとう』

今日は美術室で、昨日のトトロのランプシェードの仕上げに、背中の部分に末娘へのメッセージを貼り付けた。
末娘が小6の時に勤めていた中学校でも土器作りをやったのだが、その夏休み、娘連れで出勤し、美術室の片づけを手伝ってもらった時、余っていた粘土で作品を作らせた。
その時に、娘が、私へのバースデーメッセージを貼り付けた土器を作り、プレゼントしてくれた。とても上手にできていて、とっても嬉しかった。

今回は私から娘へ。
トトロのランプシェードの他にも、中トトロ、小トトロ、レインコート姿のメイちゃんも作った。
焼き上がりを見られるのは9月。どんな風に仕上がってくるのか楽しみにしている、*(笑顔)*

原爆の日

2009-08-07 00:01:00 | 徒然なるままに
8月6日(木)

今日は、1年生が作って余った粘土を使って、土器作りをした。
紐作りで壺を作っている内に、この丸みは何かに似ているな~と思っていたら、先日行って来たジブリ美術館の受付に座っていた、そう、『トトロ』だ!
と思った瞬間から予定変更。トトロの壺型ランプシェードを作ることにした。
午前中と午後2時間ぐらいかけて完成。なかなかいい感じに仕上がった。
盆休み明けまでかかって乾燥させた後、素焼きする。

昼、午前練習を終えた1年生が集まり、総合学習の新聞作りをした。
今日の班は『梨作り農家の1年』を調査した班で、メンバーの中にも梨農家の生徒がいる。
学区の地域は県内でもNO.1を誇る梨の産地で、栽培面積も栽培農家数も生産量もダントツ1位だ。
5月には総合学習で1年生全員でなしの摘果作業を体験させてもらった。

あの時の梨が、今ちょうど食べごろになって、市場に出回り始めた。
皆が今日やってくるので、一昨日、梨農家の生徒家でやっている直売店で買ってきた梨を昼食時に差し入れした。
今は『幸水』の収穫時。みずみずしい美味しさに、皆、ガゼンヤル気になって、5時近くまで記事のまとめ方をした。

休憩時に、
「今日は何の日だか知っている?」
と聞いたら、
「原爆の日」
と答えたのは6人中1人だけだった。
でも、その子にしても、「原爆」とはどういうものか、その日、広島でどんなことが起きたのかはよく知らないようだった。
原爆の朝の広島のこと、8時15分に炸裂した瞬間にあのきのこ雲の下ではどんなことが起きていたのか、私の知る限りのことを話してあげると、皆シンとなって聞いていた。
直下では肉体も一瞬にして蒸発し、影しか残らなかった人たち、ガラス窓が粉々に割れ飛び散って全身に突き刺さった人たち、皮膚がずるりとむけて痛くて手を前に差し出したまま、水を求めてさまよう人たち・・・。

「それっていつ頃のこと?」
と言う質問に、
「今から64年前の事だよ」
というと、
「なんだそんなに昔のこと!今じゃないんだよね」
と言うので、
「今は、あの時の何万倍の威力を持つ爆弾が、毎日のように世界のどこかで作り出されているんだよ。たった4個で地球がただの宇宙の塵に戻ってしまうぐらいすごい爆弾が。」
「何でそんな爆弾を作るの?」
「そういう怖い爆弾を持っていると、その国を怒らせないように、いろんな国が言うこと聞いてくれるし、責めてこないだろうし、脅しの意味もあるのかな。みんながお父さんお母さんになっても、おじいちゃんおばあちゃんになっても、そんな爆弾が使われなくてすむような平和な日本でいてほしいよね。」
と言ったら、皆すごく複雑な顔をしていた。
子どもたちは本当に真剣に聞いてくれた。きっと社会科でも小学生のときに習ってはきているのだろうが、具体的なことは何も知らないのだ。素直な感想や疑問が次々出てきた。休憩時間は『社会科の時間』になってしまった。
私たち大人は、ちゃんと歴史を勉強して今の日本を認識し、未来の日本や世界のことをしっかり見据えた上で、これからの未来を担う子ども達に伝えていかなければならない。

64年前のことは、『昔話』ではない。歴史の事実であり、未来の日本の姿かもしれない。
温故知新。明るく平和な未来にするために、『同じ間違い』を繰り返さないように。

今日は、末娘の親友が、子どもネット八千代を代表して、広島の記念式典に参加しに行っている。
中学校3年生の彼女がどんなことを思い、何を吸収して帰ってくるのかが楽しみだ。