守田です。(20160805 12:00)
すでに多くの方がご存知ように、7月26日に神奈川県立津久井やまゆり園でとんでもない虐殺事件が起こりました。
施設に入所している障害者の方々が、寝てる間に元職員の男性に、次々と惨殺されました。
まったくもって許すことのできないたくさんの方々に対する残虐な殺人、しかも差別心に凝り固まったヘイトクライムに、心の底からの怒りを表明します。
同時に障害者の命と人権を、すべての人の力でともに守り抜くこと、いままでよりももっともっと障害者が大切にされ、リスペクトされる社会の建設をともに目指すことを呼びかけます。
今回の惨殺事件でおさえるべきことは、犯人が人間の命に対するまったく間違った考えを抱いていたことです。
何よりも許せないのは障害者を「価値がない」と一方的に決めつけ、残忍な殺戮を肯定して今回の蛮行に及んだことです。
多くの方が指摘しているように、ナチス・ドイツの優生思想と同じ発想です。人間の間に手前勝手に「優劣」という概念を持ち込み、優れたものに生きる権利があるとして、大量の虐殺を肯定したのです。
同時に、この問題の中で見ておくべきことは、ヘイトクライム(差別的犯罪)に対する現代日本社会の批判精神の弱さが、とくに初期の報道にあらわれたことです。
報道の仕方でもっとも悪かったのは、犯人の差別に満ち満ちたさまざまな言葉を、「容疑者は××と言って殺人を行った」という具合に無批判的に流し続けたことです。
これはその後の報道の中でも見受けられる誤まった傾向です。
こうした犯人の言葉を流すなら、その都度常に、犯人のまったくあやまった残忍な思考に対する批判が同量以上で流される必要があります。
そうでないと犯人のナチスと変わらない発想を、社会に広めることになってしまうからです。
実際、インターネットのヘッドラインなどは、ヘイトデモのプラカードのような許すことのできない言辞で溢れかえってしまいました。
いやより責任が重いのは、この事件に対して安倍首相をはじめ日本政府の閣僚たちが、へイトクライムを許さない断固たる姿勢を示さなかったことです。
こうした重なりの中で、凶悪な障害者大量殺人を行った犯人の言葉が無批判的に流され続け、障害者や周りで共に暮らしている方々が、二重三重のショックを受け、多大なる不安がもたらされました。
私たちは、犯人の思考の徹底した誤りとともに、ヘイトクライムにあまりに甘い日本社会のあり方にも正面から向い合い、すべての命を守り、差別的思考のもとでの殺人を肯定する一切の発想に立ち向かわなければなりません。
もちろん多くの障害者団体からいち早くこうした点を踏まえた声明が出され、報道の中でも問題を深く掘り下げたものも出てきています。
それぞれの現場で、問題と正面から取り組んでいる人々の懸命な努力が伝わってきて共感します。
しかしそれらもまた、今回の事態が、障害者やマイノリティへの蔑視という社会的風潮、現代社会の過てる価値観の中で起きていることへの危機感に基づいたものが多いと言えます。
その中の一つに、東京新聞の「こちら特報部」の誌面に7月30日付で載った記事があります。障害者の娘さんをお持ちの最首悟和光大名誉教授へのインビューで構成されたものです。有料記事ですので、一部のみ紹介します。
記事のタイトルは「相模原殺傷 植松容疑者の「正気」と闘うために」「「社会の敵排除」の確信犯」「広がる「生産能力ない人は無価値」です。冒頭に最首さんが事件の一報を聞いて「ついに来たか」と思ったことが載せられています。
その上で最首さんは犯人を「生産能力がない者は『国家の敵』や『社会の敵』であり、そうした人たちを殺すことは正義だと見なす。誰かが国家のために始末しなくてはならないと考えている。確信犯だ」と指摘しています。
そしてその発想が、社会の水面下にあったがゆえにでてきたのではないかと問うています。
これに応えて特報部は次のような指摘を行っています。
「こうした指摘を容易に否定できない社会的素地がある。1999年9月、当時一期目だった石原慎太郎都知事は重度障害者施設を視察後、「ああいう人(入所者)ってのは人格があるのかね」と発言。だがその後、四期途中で国政に転身するまで当選を重ねた。」
また今回、被害者の名前が伏せられていることへの最首さんの次の言葉を紹介しています。
「健常者なら通常、発表して、悲しみを共有する。だが今回は公表すれば、犠牲者を知る周辺で『(あの人なら)仕方がない』という反応が出ることを恐れているのでは。だがそれは障害者が人間ではない、人間から外れていると見なすことにほかならない。」
非常に重要な指摘だと思います。
石原慎太郎元都知事は、他にも数々の差別的発言を行ってきましたが、このような障害者の人格を否定する発言を行っても知事であり続けました。それどころかその後に橋下氏率いる「維新」と合流し、政党の共同代表にもなりました。
ここにこそ大きな問題があるのです。これほどの差別発言を行ったものが、知事であり続けてしまい、なおかつ政党の代表に収まったりしている。それはこの日本社会が障害者差別への批判があまりに弱い社会であることを物語っています。
だからこそ、多くの障害者やその周りにいる人々が常に社会に脅威を抱かざるを得ないのが日本社会です。そしてその社会の中で障害者と周りの人々が重圧を感じているがゆえに、殺害された方々の名前すらが公表できない酷い状態がこの国の中にあるのです。
失われたそれぞれの方の個性が紹介され、多くの人々が涙を流し、痛みをシェアしてこえようとするという、通常の死亡事件などでは辿られるプロセスが、抹殺されてしまっています。
遺族の方たちは誰と悲しみをシェアし、嘆きや苦しみを語り合い、痛みを越えていけば良いのでしょうか。名前をすら公表できない苦しみを、私たちはもっともっと敏感に受け止めるべきだと痛切に思います。
しかも今回の事件はこうした脅威をさらに格段に高めました。だからこそ最首さんも「ついに来たか」と感じられたのだと思います。
だとするならば、反対に今回の事件をきっかけに、私たちは、障害者の人権を守る意識の低いこの社会、ないし私たち自身の意識の遅れを改善するための奮闘を何倍にもすることを互いに決意しあうではありませんか。
それはまた私たち一人一人の人権を尊重することそのものとしてもあります。誰かが不当に落し込められる社会では、いつなんどき自分がその立場になるか分からない。だから被害を受けている人々の人権を守ることは自分の人権を守ることそのものなのです。
その際、私たちは「生産能力ない人は無価値」という発想が、現代日本社会だけでなく、近代社会全般を覆っているものでもあることをしっかりと見据えておく必要があります。
この発想は「生産を右肩上がりで発展させていく」ことに最大の価値を置くこの社会こそが生んできたものです。生産力主義ともいうべきものです。
しかも1980年代以来の新自由主義の台頭のもとで、生産性をあげるための「効率化」が繰り返し叫ばれ、「生産性の低い」あり方、あるいは「生産力の低い」人々が、職場で批判され、権利を切縮められ、はては排除されることが強まってきてしまいました。
このもとで、社会の生産性はどんどんあがっているのに、その成果であるはずの富の分配の格差もどんどん広がり、億万長者が増える一方で、人類史上、もっとも生産力の高まっているこの時代に、その日暮らししかできない大量の人々を産み出してきたのです。
そのこと自身が人々の間に分断と対立を作りだし、嫉妬や怨嗟など、さもしい感情も掻きたて、差別心がさらに拡大する土壌となってきました。
この極端な生産重視のあり方、あるいは「効率」重視のあり方と対決すること、「生産」だけにまとを絞った歪んだ「能力主義」で人を差別し、分別してきた近代世界の価値観の限界と向かい合うことが私たちの課題です。
その点で、今回の問題も、原発の問題、戦争の問題と根っこで深くつながっていることも私たちは見据えておきましょう。とくに原発は生産力主義や効率主義の一つの権化のようなものです。
ともあれ「ビッグなパワーを持ちたい。そうすれば何でもできる」という発想がその基軸にあるからです。しかもビッグなパワーとは常に他者、他国、他民族との比較によるものです。より大きな力で他者よりも優位にたつことばかりが目指されてきたのです。
このもとで自由競争のもとの蹴落としあいこそが人を成長させるというまったく誤まった幻想が広げられてきました。人間的愛、慈しみ合い、協働など、人間社会にとってのもっとも重要な要素が脇に追いやられてきました。
この流れを逆転させましょう。そのためにも障害者の人権を守り抜きましょう。先にも述べた如く、そのもとで私たち一人一人の人権がより守られるようになります。
その意味で私たちは、障害者のためにというよりも、障害者を含んだ私たち全体のためにこそ、努力を振り絞る必要があります。
差別と暴力、殺人の流れに対して、人間的愛、慈しみ合い、優しさ、温かさを対置し、この世を真に豊かなものにするための奮闘を続けましょう。
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守田敏也 MORITA Toshiya
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[著書]『原発からの命の守り方』(海象社)
http://www.kaizosha.co.jp/HTML/DEKaizo58.html
[共著]『内部被曝』(岩波ブックレット)
https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-270832-4