守田です(20210902 13:30)
NHKスペシャルの文字起こしの4回目をお届けします。なお小見出しは守田がつけました。
● ソビエトも被爆実態をつかみながら恣意的に情報を操作していた
NHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」-4回目
2021年8月9日放映
ナレーション
広島・長崎以来、最悪の放射能汚染問題に直面したソビエト。
ロシア国立社会政治史文書館
実は、ソビエトも76年前に、原爆初動調査を行っていました。
ロシア国立社会政治史文書館職員
「これは共産党中央委員会の対外政策関係の資料です。」
ソビエトが被爆地(広島と長崎)に調査員を派遣し纏めた報告書です。
「ソビエト原爆調査報告書 1945年9月~46年9月」
「被爆地は報道されていたほど、恐ろしい状況ではないようだ。放射線で多くの人が亡くなったのは、医療支援を行わなかったためである。」
原爆の被害は殆ど無い・・と報告していたのです。
私たちはウクライナで、当時報告書を纏めた人物の遺族(ラリーサ・トロヒーメンコさん)に会うことができました。
クズマ・デレビヤンコ(対日理事会ソビエト代表)。
当時の指導者スターリンに高い外交手腕を買われ、日本に派遣された人物です。デレビヤンコは手帳を残していました。
手帳
「ヒロシマでの原爆の被害がすさまじい。」
手帳には、報告書とは異なる原爆の被害の凄まじさを物語る内容が書かれていました。
ソビエトの調査団が撮影した被爆地の映像です。(1945年9月)調査員は地元の人から残留放射線の被害と見られる実態を耳にしていました。
「被爆地で目にしたのはひどい被害だった。警察官から『街中では恐ろしい疫病が蔓延しているから行かないほうがいい』と言われた」
デレビヤンコは帰国から4年後、膵臓ガンで死亡しました。
遺族ラリーサ・トロヒーメンコさん
「脱毛が始まって、他にも不調があるようでした。原爆投下から間もない時期に、被爆地で調査したことが原因だろうと思っています。こんなことになるなんて。」
● スターリンのアメリカへの対抗意識から原爆の威力を否定。チェルノブイリ事故でも情報操作が行われた
何故、ソビエトの原爆調査員は、実態とは異なる報告をしたのか?スターリンの政策を研究する歴史学者のニキータ・ペドロフさんです。
当時、スターリンはアメリカへの対抗意識から、原爆のあらゆる威力を否定していたと指摘します。
ニキータ・ペドロフ
「報告書は、ソビエトが原爆を恐れていないことを示しています。これはスターリンが当時、個人的な会合で「原爆は報道されている程恐ろしくない」と語った政治方針に沿ったものでした。
調査員には、報告書を読む側の政治的な要求を満たすことが求められたのです。」
ロシアの核政策に長年携わり、チェルノブイリ事故の医療対策責任者を務めたレオニード・イリイン博士です。
イリイン博士は、科学が政治に左右される状況は、今も変わっていないと言います。
レオニード・イリイン博士
「私たちがチェルノブイリの大惨事を調査した時もそうでしたが、放射線の値を引き上げたり引き下げたりする問題は、かなり恣意的なものでした。例えば、ストロンチウムの汚染度など、全て恣意的に決定していたと非難されたものです」
そして2011年。東京電力福島第一原子力発電所で水素爆発が発生。今も、世界は放射線を巡る難題に直面し続けています。
● 残留放射線の影響を日本も無視し続けてきた
アメリカとソビエトが否定的する残留放射線の影響に、日本はどう向き合ってきたのか?
原爆投下直後から降った放射性物質を含む「黒い雨」。「健康被害を受けた」と訴える住民たちは、長年、国と争ってきました。
国は「住民が主張する黒い雨による健康被害の科学的根拠は無い」とし、一定の条件が認められた人以外は、援護してきませんでした。
先月(2021年7月)、広島高等裁判所は住民の主張を認め、国が指定する区域以外でも健康被害が及んでいると判断。国も上告を断念しました。
しかし、未だに被爆したことを認められない人もいます。西山より遠い、爆心地から7.5キロに位置する間の瀬地区です。
この地区に暮らす鶴武(つるたけし)さん(84)です。黒い雨に当たった姉は、ガンで亡くなったと訴えています。
鶴武さん
「喉の首が腫れてて胃がんにもなっとったけえ。腹がこう、大きくなっとった。人間もあげんなってしもうとやろかって思うごた、辛い目におうとっとじゃもん。」
鶴武さん
「政府の人も認めてもらえないちゅうことで 誰に頼ればよかでしょうかっちて。言いたいことが全然通じないっちゅうことで、情けなかですたい」
国は、「間の瀬では健康に影響を及ぼすような放射性物質は降ったとは認められない」としています。
● アメリカも被害を受けた元兵士の訴えを無視
一方、アメリカでも残留放射線による被害を訴える人がいます。ジェームス・スネレンさん。94歳です。
原爆投下から五週間後、長崎に駐留していた時に被爆。帰国後に皮膚ガンを発症したと主張しています。
ジェームス・スネレン
「異なる2人の医師から、私の皮膚ガンは放射線による被ばくの可能性が50%以上であると診断されました。同じ部隊の上官は白血病で亡くなり、砲術将校も胃がんで亡くなりました。仲間の多くが放射能で亡くなっているんです。」
アメリカ政府もまた、スネレンさんの訴えを却下しています。今も、核兵器の開発を続けるアメリカ。
トランプ政権で、国防次官補代理を務めていたエルブリッジ・コルビーさんです。アメリカの核戦略と残留放射線の認識について聞きました。
エルブリッジ・コルビー
「アメリカは中国と覇権争いをしており、戦争を抑止する”準備”が必要でした。その為の選択肢として小型の核兵器の配備が議論されようとしています」
NHKスタッフ
「それは残留放射線を出さないのですか?」
エルブリッジ・コルビー
「地中で爆発させたら多くの残留放射線が発生しますが、空中だと最小限で済みます。爆発させる高度が非常に重要です。」
高い地点で爆発させれば、放射線の影響はほとんどない。その論理は76年前と変わっていませんでした。
● 真実を語らなかった科学者の苦悩
76年前のあの日、原爆初動調査に携わった人たちは残留放射線の実態を把握しながら、国家の大義を優先し沈黙しました。被爆地を調査した医師や科学者たちはその後、どんな人生を送ったのか・・?
ジェームズ・ノーラン医師の孫のノーラン教授
「これが私の祖父です」
ジェームズ・ノーラン医師。マンハッタン計画に参加し、その後広島で調査を行った放射線の専門医でした。
ノーラン教授
「祖父に『日本はどうだった』と聞くと『想像を絶する惨状以外の何ものでもなかった』と答え、それ以上何も話しませんでした。祖父は生涯、深い苦悩にさいなまれていました。」
残りの人生を、患者のいのちを救うことに捧げたというノーラン医師。真実を言えなかったという負い目があったと、遺族は考えています。
ノーラン教授
「グローブスは『医師たちがこう言っています』などと言うことで、医師の専門性を利用していました。ある意味では祖父たち科学者も共犯者になっていたのです。
祖父は戦後、核実験が行われたという記事を読むたびにこう嘆いていました。『あいつらは核の恐ろしさをわかっていない』。」
長崎西山地区で、白血病の為に命を落とした松尾幸子さん。亡くなってから54年が経ちました。幸子さんが亡くなる年に家族に宛てた手紙です。原因解らないされた病に苦しむ無念が綴られていました。
松尾幸子さんの家族宛の手紙
「私の病気は、今の医学ではどうすることも出来ないものです。どんなに立派な薬を飲もうが名医であろうが同じことです。くれぐれも体に気をつけて下さいね。さようなら。」
原爆初動調査。そこで解った事実が明らかにされていれば、救えた命があった筈でした。何故、調査は隠蔽されたのか?そして何故、痛みは放置され続けるのか?被爆地からの訴えです。
~資料提供~
広島平和記念資料館
長崎原爆資料館
広島市公文書館
理化学研究所
東京大学総合研究博物館
資料映像バンク 主婦の友社
共同通信社
朝日新聞社
毎日新聞社
中国新聞社
中国放送
長崎放送
岸田貢宜
岸田哲平
尾糠政美
松田弘道
ロシア連邦国立公文書館
ロシア国立社会政治史文書館
Getty Images atom central
Buyout Footage NC State University
US Army Heritage Education Center
Yale University Medical Historical Library
National Museum of Nuclear Science and History
National Archives and Records Administration
UCLA Library Special Collections
McGovern Historical Center
Texas Medical Center Library
Atomic Heritage Foundation
取材協力
高橋博子
港区立郷土資料館
Dr.Janet Brodie
Paul Liebow
David Holloway
声の出演
小林勝也
菅生隆之
今井朋彦
久保田民絵
大場泰正
佐古真弓
清水明彦
田中明生
斉藤志郎
語り:広瀬修子 濱中博久
取材:喜多祐介
撮影:三好学
照明:富田弘之
音声:落原徹 土肥直隆
CG作成:倉田裕史
映像技術:横山良一
コーディネーター:エテリ・サコンチコワ イーゴリ・ヘラスコ
リサーチャー:渡辺秀治 ナタリヤ・ゴリャーチェヴァ
編集:河野達則
音響:日下英介
ディレクター:佐野剛士 大小田紗和子 水嶋大悟
制作統括:佐藤稔彦 小口拓朗
終わり
素晴らしい番組を提供してくださったNHKのスタッフのみなさん、番組協力者のみなさん、またいち早く番組を文字起こしして下さった諸留能興(もろとめよしおき)さんに深い感謝を捧げます。
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続く
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