明け六つの鐘が鳴る中、吉岡又七郎が一乗寺下り松の地に着いた。
季節が春を迎えたとはいえ、まだ夜明け前では冷気で辺りを包まれていた。
「若、ここにお座りください」 . . . 本文を読む
京の地にて。
野宿には慣れているムサシだが、京の地勢特有の底冷えのする夜はこたえる。
夜露をしのげる良い場所はないかとうろつくムサシの耳に、
「だれぞ、お助けくださいましい!」
と、悲鳴まじりの声が聞こえた。 . . . 本文を読む
夕陽に映えて黄金の色に染まったススキの群生する野原に、二人の武芸者が対峙している。
「我、日ノ本一の剣士也」と書かれた幟を手にしたムサシに対して、宍戸梅軒と名乗る武芸者が、「ご指南いただきたい」と申し出ての決闘だった。 . . . 本文を読む
そう、それは晴れた日でした。雲ひとつない快晴で、人間世界がよーく見渡せたものです。いつものように遠メガネで――人間世界では、万華鏡とか言うておるようですな。いちどきに複数ならぬ複複複数箇所を見回す必要のあるわたしにとっては、便利この上もないものでして。 . . . 本文を読む
十年の余を寺で過ごしたごんすけが住職に対して「還俗したい」と申し出た。
突然の思いもかけぬことに慌てる住職だったが、ごんすけを僧侶として縛り付けぬと沢庵和尚との間で交わした約束がある。 . . . 本文を読む