「百貨店にたてついた男」として、富士商会の名とともに御手洗武蔵の名が全国に知れわたった。
賞賛の声もありはしたが、売名行為と受け取られた面が多々あった。
出かけた先々でのコソコソ話が、武蔵の勘にさわることも多かった。
「俺の目を見て、言えねえのか!」と、怒鳴りつけたこともある。
「余所者に冷たい所だな!」と、吐き捨てたこともある。
しかし思いもかけぬ吉事となったこともある。
「成り上がり者が!」と、なかば公然と軽蔑の眼差しを向けていた老舗の店主たちが、こぞって富士商会へと足をはこびはじめた。
取り引き云々ではなく、富士商会の七人の女侍たちを観るためではあったが。
といって手ぶらで帰るわけにもいかず、なにがしかの商品を手にして帰っていった。
そしてその内の大半は以後も取り引きがつづいた。
富士商会の七人の女侍たち、という風評はこんなことだった。
女城主である小夜子を先頭に、キラキラ輝き始めた女侍たち。
「映画スターかと思えるほどの美人が居るって話だ」とくすぶっていた噂が、ある事をきっかけに、一気にひろまった。
どしゃ降りとなったある日の午後だ。
「ごめんよう、雨やどりをさせてもらうよ」と、四十代半ばの男が、びしょ濡れ状態でころがりこんできた。
そしてその男、こともあろうに、お客用のソファにどっかりと腰をおろした。
ソファは水に濡れ、床もまた水浸しになっていく。雨やどりと言うならば、少しは遠慮して軒先に立つぐらいが当たり前のことだ。
取り引き先ならばまだ分からぬでもないが、その男、誰も見たことがない。
しかも悠然と煙草を取り出し、灰皿を要求してきた。
「姉ちゃん。煙草を出したんだ、灰皿を用意するのが当たり前だろうが。気がきかねえ店だぜ、まったく」
「あのお……。失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
恐る恐る尋ねる。取り引き先の人間なのか、あるいはこれから取り引きをと考えている業者なのか。
困惑の中、真意を探った。
しかし男は、悪びれる風もなく声を荒げた。
「はじめに言ったろうが! 雨やどりだよ、雨やどり!」
深く吸い込んだ煙を、店中に向かって吐き出した。明らかに何らかの意図を持ってのことと、みなが考えた。
「なあに、あの言い草は。失礼な男ね」
「雨やどりなら、軒先と相場が決まってるでしょ」
「そうよ。なんで、店の中に入るの?」
「見てよ、ソファ。それに、床も。水浸しじゃない?」
奥で囁き合う事務員たち。声を潜めての小声であるのに、突然男が立ち上がって怒鳴りつけた。
「なんだ、なんだ! この店じゃ、雨やどりのひとつもさせないのか! 困ってる人間に、この仕打ちかよ!」
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